【3-27】
◆◆◆
──翌朝。
みんなでしっかりと朝ごはんを食べて早々に、マティ様は出発することになった。初めて単身で宿泊されたマティ様のことが気がかりらしい側近たちが、夜が明けるやいなや手紙を持たせた鳥を飛ばしてきて、そのそわそわっぷりを察した王子様は渋々、早めに旅立つことを決めたんだ。
お出迎えしたときと同じように、玄関ホールに三人で並んで立ち、マティ様を見送る。外で見送ろうかと提案したけれど、振り向けばいつまでも顔が見えてしまうと別れがたいから、とマティ様ご自身にお断りされてしまった。
「ミカ、世話になったな。そなたの料理はどれも美味であった。朝食の、やたら纏まっているラコイも美味かった」
僕と視線をしっかり合わせながら言ってくれるマティ様の纏う雰囲気は、到着時よりもかなり柔らかくなっている。かといって緩いわけではなく、こちらも思わず背筋を正したくなるような上品で凛とした緊張感は健在だ。とても格好いい。
「朝食のそれは、おにぎりですね。同じものを用意したので……、側近の方がいたら召し上がりづらいかもしれないですけど、よろしければ旅の道中にどうぞ」
そう言って、大きな葉に包んだおにぎりと、おまけとして昨日焼いたサブレも紙に包んだものも手渡す。側近の人も食べられるようにと量を多めに渡したし、返される可能性もあるなと思っていたけれど、マティ様はアクアマリンのような瞳をキラキラと輝かせた。
「ありがたくいただこう。心遣いに感謝する」
「いえいえ。……僕のほうこそ、色々なお話を聞かせていただけて、本当に良かったです。お持ちいただいた食材も、とても嬉しいものでした。ありがとうございました、マティ様」
お礼を伝えて頭を下げると、マティ様は荷物をカミュへ手渡し、両手を僕の肩へ乗せる。そして、腰を屈めて視線の高さを合わせてから、真剣な表情と声音で言葉を紡いだ。
「ミカ。此処で何かがあり、助けを求めたいことがあれば、すぐに私に伝えるのだ。鳥を二羽、置いていく」
「えっ? 鳥……?」
「おい、マティアス、」
戸惑う僕と、口を挟んできたジルを無視して、マティ様はカミュに渡した中から杖だけ手中に戻し、優雅に振った。
「ル・トゥーリュイ・テウォア」
杖に嵌められている石が呪文に反応して煌めくと同時に、どこからともなく羽音が聞こえてくる。思わず宙を見上げると、白い鳥と黒い鳥がこちらへ下降しながら飛んできているのが見えた。
飛んできた二羽は、マティ様が伸ばして持つ杖へ、行儀よく並んで止まる。色違いの二羽はふくふくとしていて、フォルムは鳩そのものだった。
「この鳥たちには、まだ名が無い。名をつけてくれた相手を主と認識し、主が定めておいた相手へのみ手紙を運んだり危機を報せたりする魔鳥なのだ」
「まちょう……?」
「左様。この二羽を、ミカに贈ろう。そなたの身に危険が迫ったとき、一羽は私に、もう一羽はカミュに、それぞれ報せるように魔法をかけておく」
ジルではなくカミュを選んだのは、魔王の暴走等を考慮してのことなのだろうか。そう思うとなんだか切ないし、同時に、一応は魔王の僕である僕が、そういった役割の存在を王子様からいただくというのはどうなんだろうと困惑もする。
似たようなことを考えたのか、ジルも物憂げな溜息を零した。
「マティアス。お前、一応は王家の人間だろう。魔王の僕とそこまでの繋がりを持つのは感心しないな」
「何を言うか。そなたとて、自身に何かあった際にミカを私に託したいと思っておるのだろうが。その魂胆が無ければ、いかにミカが望もうとも、私を宿泊させなかったはずだ」
「……」
言葉に詰まったジルは気まずげに溜息をつき、じきに諦めたように首を振る。そして、じっとりとした眼差しで僕を見てきた。
「……ミカ、名前を付けてやれ」
「えっ? いいの……?」
「ああ。その代わり、ミカと魔鳥と交流相手の関係を結ぶのは、俺が代行する。魔鳥との契約は、普通の人間には魔力の消費が大きい。これから単身で馬車を操るマティアスに負担を掛けたくはないからな。ついでに、カミュの分もまとめてやる。──いいな?」
誰からも異論は出なかった。魔法について分かっていない僕だけではなく、残りの二人も納得しているのだから、きっとジルの提案は良いものなんだろう。
「さぁ、ミカ。名をつけろ」
「あっ、うん。……えーっと、」
どう見ても鳩っぽい鳥たち。鳩といえば、クルクルとかポッポッポとか鳴いてるイメージなんだよね……。動物を飼ったことなんてないし、名づけをしたこともない。でも、じっくりと考えている時間も無い。
オロオロとしながら、僕はいたって単純な名前をつけた。
「白い子が、クック。黒い子が、ポッポ」
一瞬、沈黙が流れる。──あれ? 変な名前だった? シンプルだけど、鳩っぽくて可愛いと思うんだけどな……。
「分かった。……では、契約の魔法のかける」
すぐに気を取り直したらしいジルが咳払いをして、軽く指を振る。すると、小さくクルクル鳴いた鳥たちは揃って飛び、僕の両肩へ止まってきた。生憎、身体が小さめな上に少々なで肩だから止まりづらそうだけれども、クックとポッポはドヤ顔で姿勢をキープしている。とっても可愛い。
「クックがマティアス、ポッポがカミュと繋がっている。ミカに何かあれば、即座に報せに飛ぶだろう。無論、手紙を持たせることも出来る」
「わぁ、すごい。ありがとう、ジル! ……そして、マティ様。こんなに可愛い子たちを譲ってくださって、ありがとうございました。大事にします!」
深々とおじぎをすると、マティ様は僕の頭をぎこちない手つきで撫でてきた。ジルの真似だろうか。また一段とお兄ちゃんっぽい空気が増したマティ様は、ふっと微笑む。
「健やかに。どうか、健やかで、穏やかな日々を、一日でも長く送れるように。──また、会いに来る。そのときまで、三人とも、くれぐれも元気でな」
──祈りにも似た優しい言葉を残して、凛とした王子様は颯爽と旅立っていった。
あんなにも身構えていたはずの出会いは、沢山の優しい気持ちと思い出を残してくれる素晴らしいものだった。この幸せが出来るだけ長く続いたらいいのにと図々しく願ってしまうくらい、素敵な記憶になった。
どうか、また笑って会えますように。
また四人で、鍋を囲んで幸せな時間を共有できますように。
第3話はここまでとなります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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第4話は、この物語を書こうと思いついた当初、真っ先に思い浮かんだエピソードが出てきます。
次話からも引き続きお付き合いいただけますと、とても嬉しいです!




