【3-23】
◇
「よぉーっし、頑張るぞ……!」
調理場で一人きり、僕は気合を入れてシャツの袖を捲る。
ジルの許可も下りたということで、カミュは客室を整えに行って、その間に僕はホラマロバ王国の食材をよく確認しておいた。
色味や風味が若干違ったりもしたけれど、おおむね日本食によく使われるような食材や調味料が揃えられている。昆布っぽいものとかつおぶしっぽいもので出汁を取って、白菜と水菜に近い葉野菜・しめじと椎茸に似ているきのこ・たぶん豚っぽい薄切り肉のしゃぶしゃぶが出来そうだ。柚子ポン酢しょうゆ的な調味液があったから、それで食べたら美味しいと思う。細打ち中華麺のような生麺もあったから、〆に鍋ラーメンが出来そう。
カミュが戻ってこないと火が使えないから、まずは両腕で丸を作ったくらいの大きさの鍋に水を張り、昆布っぽいものを浸しておく。野菜も洗って切ったところで、カミュが戻ってきた。
「すみません、ミカさん。お待たせしてしまいましたか?」
「ううん、大丈夫だよ。おかえり、カミュ。お部屋の掃除はもう大丈夫なの?」
「ただいま戻りました。ええ、普段からある程度は整えてありましたし、魔法でささっと綺麗にできました」
「そっかぁ、魔法って便利だね」
ええ、と頷きながら、カミュもエプロンを身に着ける。アビーさんやマリオさんの手伝いをしていたときは彼はエプロンを着けていなかったみたいで、僕の手伝いをしてくれた当初もしていなかったんだけど、何故か途中から興味をもったらしく、最近は自作の黒いエプロンを使っていた。
カミュはいつも燕尾服だし(魔の者の中では一般的な服装がこれらしい)上着を脱いでギャルソンエプロンをしても格好いいと思うけれど、彼は僕と同じく胸当て付きのものを愛用している。デザインの違いは、僕がたすき掛けタイプで、カミュが首掛けタイプというくらいかな。
「さて、ミカさん。まずは何をしましょうか?」
「うん、この鍋を火にかけてほしいんだ」
「かしこまりました。火加減はいかがしましょう?」
「うんと弱くでお願いします!」
「はい、とろ火を承りました」
カミュは楽しそうに笑って指を振り、鍋を加熱場所まで移動させ、火を点ける。うん、流石の火加減! 僕が鍋の前に行くと、カミュも隣に立った。
「ここに立って眺めるのですか?」
「うん。沸騰する直前で火を止めてもらって、昆布を取り出さなきゃいけないんだ」
「えっ……、せっかく煮るのに取り出してしまうのですか?」
「そう。出汁を取るためのものだからね」
「ダシ……? トリガラの仲間ですか?」
カミュは、僕が鳥の骨から鳥がらスープを作っていたことを覚えていたらしい。初めて見たであろう昆布っぽいものから、そこまで連想できるって素晴らしいことだよね。だから僕は、カミュをめいっぱい褒めた。
「その通りだよ! すごいね、カミュ。僕が鳥がらスープを作っていたのを覚えていてくれたんだ。しかも、全然違う食材なのに応用して連想できるなんて、発想が柔軟な証拠だと思う。カミュの良いところだよね」
「わ、わわっ……、そ、そんなに褒めていただけるなんて幸せですけれど、さ、流石に照れてしまいます」
髪も瞳も紅いのに、負けないくらい頬を真っ赤にして照れているカミュは、とても可愛い。高身長だし、悪魔だし、顔立ちはクール系だし、パッと見た感じは可愛いという印象を抱きにくいのに、接してみると可愛らしさを感じるし、こちらも癒されて温かい気持ちになるんだよね。──高校時代、アルバイト先のファストフード店のレジでちっちゃい子と接したときの感覚に似ているかも?
「──ところで、ミカさん。マティアス様とは仲良くできそうでいらっしゃるのですか?」
ひとつ咳払いをしたカミュが、気を取り直すかのように尋ねてくる。僕はたいして考えずに頷いた。
「うん。自分でも不思議なんだけどね、意外と親しみやすいかもしれないって思えてきたかも」
僕にとって得意なタイプの人ではないのは確かだけれど、だからといって苦手意識がそこまで高まっているわけでもない。マティ様とじっくり話してみて、誠実で実直な人柄を感じ取れたからかもしれないな。
でも、僕を見下ろすカミュはとても心配そうだ。
「ご無理はされていませんか? 確かに、マティアス様が直接的にミカさんを傷つけたわけではないのでしょうが、それでも、あの方の御話を聞いてミカさんは涙を流された。……今度はまた違った話題が、貴方の心に刺さってしまうのかもしれない」
カミュは、本当に僕を案じてくれている。ジルとはまた違った形で、とても深く。それをよく分かっているから、僕は彼の左腕を引いて視線を合わせてもらい、笑ってみせた。
「カミュ。僕は、自分からお誘いしたりしなければ、マティ様がすぐに帰っていくって分かっていたんだよ? また傷つくかもって思うくらいなら、僕は初めからあんな提案をしたりしなかった」
「ミカさん……」
「ジルはなんだかんだ言いつつマティ様を認めているし、マティ様もジルのことを大切に思ってる。そして、カミュも、僕も、ジルのことが大事でしょ? ジルを大事に思っているみんなで、ジルと一緒にごはんを食べたかったんだ。それに、マティ様にも、せっかく届けてくれた食材の味を楽しんでほしかった。……でも、そんな僕のワガママは、カミュに心配をかけて困らせちゃうものだった?」
僕の言葉を聞いたカミュは、慌てたように首を振った。




