【3-11】
王子様の鋭い視線が何を意味しているのか分からないけれど、とりあえず挨拶しなければ。そう考えた僕は、新人研修仕込みの直角お辞儀をした。
「お初にお目にかかります、マティアス様。私は海風と申します。只今、主より話がございました通り、第一星図期間半ばに異世界より召喚され、以降、この城にて食事係を務めさせていただいております。若輩者ではございますが、よろしくお願い申し上げます」
二年くらいとはいえ、社会人経験がある。高校時代のアルバイトも含めれば、勤労経験は約五年。接客だの営業だので身につけたスキルを最大限に活かして、僕の中ではかなり礼儀正しく挨拶したつもりだ。
そう思いながら恐る恐る頭を上げた先には、魔王と王子の不服そうな眼差しがあった。──えっ? 何か失礼でもあった? 王族相手の挨拶方法なんか習ったことないし、分からないよ!
表情に出さないように意識しながらも、内心で冷や汗ダラダラの僕に対し、彼らは順番にダメ出ししてきた。
「ミカ。主呼ばわりはやめてくれ。確かにお前は立場上は『魔王の僕』だが、だからといってミカ自らにそう言われるのは寂しい。マティアス相手に取り繕う必要は無いのだし、そう堅苦しくせず、いつも通りふわふわしていてくれ」
「そうだ。そんなに畏まる必要は無い。そなた、普段は絶対に『私』などという一人称ではないだろう。その顔つきは、大体『僕』だ。そうに決まっている。そうだろう、ジル?」
「そうだ。ミカはいつも己を『僕』と呼んでいるし、俺のことはジル、あいつのことはカミュと呼んでいる」
「そうか。ならば、己のことは『僕』と呼ぶべきであるし、私のことはマティとでも呼ぶがいい。ちなみに、私は私のことを常に『私』と読んでいるので、私は『私』でよいのだ」
──何言ってるんだろう、この人たち。
うーん……、本当に、大真面目な顔をして何を言っているんだ? ジルが過保護で僕に甘いのはまぁこの際おいておくとして、マティアス様がだいぶ思っていた感じと違う。もっと冷徹で厳しい言動の人かと思っていた。
いや、容貌は大体想像通りで、綺麗に整った顔はキリッとしたシベリアンハスキーみたいで格好いいし、声も凛としているけれど、言葉の内容が……、とりあえず、流石にマティとは呼べないかな、うん。
「お、恐れながら……、マティアス様と私の立場の差を考慮いたしますと、今のお言葉にそこまで甘えるわけにはいかないかと……存じます……」
「立場の差とは、即ち、私が第三王子であり、そなたが魔王に従う食事係であるという、身分差のことだな? つまり、そなたは、私に無礼があってはいけないと気を遣い、堅苦しく面映ゆい丁重な言動で礼儀を重んじているのだと、そう申しているのだな?」
「さ、左様でございます」
マティアス様は、第三王子だったのか。つまり、お兄さんが二人いる。それは知らない情報だ。
そんなことをぼんやりと考えながら頷く僕に対し、マティアス様は冷ややかな声音での言葉をピシャリとぶつけてくる。
「では、問おう。ミカよ、王子たる私が『気楽に構えて親しげに接してくれ』と申しておるのに、その願いを無下にして己を貫き通すのは『失礼』にはあたらぬのか? そなた曰く、身分が下であるそなたが、身分が上たる私の要求を無視することは、無礼ではないのか?」
──どうしよう。この王子様、すごく相手しづらい。
確かに、良い人なんだろうと思う。初対面の、それこそこの国の王子様にしてみれば国民以下の存在かもしれない異世界人の僕に対しても、気安く接しようとしてくれている。裏の意図があるようにも、悪意があるようにも思えない。……ただ、僕が苦手とするタイプの人なのは確かだ。
以前の、というか前世での、短い社会生活の中では、目上の人から「そんなに堅くならないで」「気安く接して」と言われても、「そのお気持ちだけありがたく……」と受け流して礼儀正しくしていれば問題ない場合が多かった。でも、マティアス様はきっと、それでは納得しない。
「マティアス様、差し出口ではございますが……、ミカさんは異世界よりいらした方ですから。目上の方に対しての接し方も、我々とは感覚が異なるのかもしれません」
口ごもる僕を案じてか、真横まで歩み寄ってきたカミュが僕の肩に手を置きながら言葉を挟んできた。大きな手から伝わる低めの体温が、まるで味方だと示してくれるようで、息苦しさが少し薄まった気がする。
そんな僕たちを眺めた王子様は、ふんと鼻を鳴らした。
「彼も、マリオと同じ星から来たのではないか?マリオは私に対して友のように接してきたが」
「同じ星でも、生活圏によってだいぶ様子が違うようですよ。容姿も、使用言語も、文化も、だいぶ多様化しているようです」
「……まぁ、慣れぬ土地へ来てもらっているのだから、多少は譲歩するとしてもだ。私の好意をすべて拒まれるというのも、如何なものかと思うがな。無論、身分の差などは全く気にしていない。同じ人間同士として、の話だ」
「おい、マティアス。彼らを困らせるな」
「困らせているつもりはない! むしろ、困っているのは私のほうだ。私ばかりが折れるのは、腑に落ちぬ。ジル、どうにかしてくれ」
表情は相変わらず無表情というか、やや眉間に皺が寄っているしかめっ面だけれど、言っていることは駄々っ子みたいだ。うんざりと憂鬱そうな顔をしているジルと王子様を見比べて、カミュは優しい苦笑を浮かべた。




