【3-7】
「……ごめんね」
ジルにとっては友人に匹敵する相手を、会ってもいないうちから敵視されてしまったら、嫌な気持ちになるだろうな。そう思って謝ったのだけれど、ジルは慌てたように首を振った。
「いや、謝る必要はない、……というか、どうして謝ったんだ?」
「僕のせいでジルが嫌な気持ちになったんじゃないかと思って」
「なぜ?」
「僕が、マティアス様を警戒しているから。……大事な人を変な目で見られたら、嫌な気持ちになるでしょ?」
「それは少し違うな」
もう一度、溜息をついたジルは、手を伸ばして僕の頭を撫でてくる。
「確かに、マティアスは大切な人間だ。だが、それはミカだって同じこと。俺は嫌な気持ちになったわけじゃない。……ただ、大事な者たちが仲良くしてくれたら嬉しいんだが、と思ったまで」
「……うん」
「ただ、カミュの心配も分からないでもない。マティアスは少々不器用なところがあるし、言い方がきついこともある。本人にそのつもりが無くとも、傷つけられたように感じることもあるかもしれない」
──それだけ?
ジルはジルで心配しているようだけれど、カミュのそれとは随分と温度差があるような気がする。
魔王やこの世界に関するアレコレを変な形で僕が知った場合の弊害は、当然、魔王であるジルも懸念してるんじゃないかと思ったのだけれど。
そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、ジルは先を促すかのように首を傾ける。僕は思い切って、カミュから聞いたことも含めて疑問を素直に打ち明けてみた。ジルは静かに最後まで耳を傾けてから、わずかに口角を上げて微笑んだ。
「──なるほどな。まぁ、思いきり見当違いというわけでもないが、カミュは心配しすぎているな」
「そうなの? でも、僕はまだ色々と恐ろしい事実を知らないんじゃ……」
「まぁ、否定はしない。ミカが知ればそれなりに衝撃を受けたり、悲しんだりする可能性はある。だが、だからといってミカの精神がおかしくなるとは思っていない。お前は、そんなに弱い奴じゃない。そうだろう?」
「うん……!」
ジルの言葉は僕を安心させてくれるものだったし、信頼してくれているのも嬉しい。……でも、カミュが嘘をついているというか、大げさに騒いでいるとも思えない。
真っ黒な瞳は、そんな僕の戸惑いも見抜いたのか、ぽんぽんと頭を撫でてきた。
「カミュは、魔の者だ。それも、とびきり変わり者の」
「変わり者……?」
「ああ。通常、魔の者は人間に好意的に接したりはしない。床に散っている塵のような存在で、風で吹き飛ぼうが、どこかへ消えようが、気にしない。それこそ、こき使われていようが、殺されていようが、全く動じない。──カミュのように人間を慈しむ魔の者は、極めて異質だ」
確かに、カミュは「悪魔」とは思えない。魔の者が悪魔と呼ばれているのは、人間に害なす存在だからだという。でも、カミュは人間に対しての存在がとても丁寧だ。
「ただ、カミュがあからさまに異質になったのは、彼にしては割と最近のことらしい。俺が魔王に選ばれる、少し前からだという。──その前は、いかにも魔の者らしかったようだな」
「魔の者らしい……、というと」
「人間のことなど、どうでもいい。そういう魔の者だったんだ。俺の前の魔王たちは各々、人間を傷めつけていたようだが、当然、以前のカミュは気にせずに眺めていた。……だが、そのときの記憶はあいつの中に残っている」
「記憶が……?」
「そう。そして、その記憶が残っているからこそ、ミカに対して過保護になるんだろう。……罵られ、痛めつけられている人間を、あまりにも多く見てきたからだ」
そういえば、カミュもそんなようなことを言っていた。酷い目に遭ってきた人間をたくさん見てきたからこそ、僕を心配してくれているんだ、というようなことを。
「魔の者の能力に対し、人間はあまりにも貧弱だ。だから、どの程度の攻撃を受けたら人間がどうなるという感覚が、カミュにはよく分からない。人間のことを気にし始めたのが最近なのだから、余計にそうなんだろう」
「そっか……、だから、たくさん心配してくれるんだね」
「ああ。だからといって、カミュの心配を全て過剰だと一蹴したいわけじゃないんだが。……そうだ、これをポケットにでも入れておけ」
自分の懐を探ったジルが、そこから取り出した透明なベルのようなものを手渡してくる。ガラスのようにも見えるけれど、ちょっと違う素材のような気がした。ポケットに入れたままでも、うっかり壊れたりはしないと思う。
「もしかしたら、マティアスと二人きりで話す場面があるかもしれない。そのときに、カミュの心配が的中するかもしれない。そんなときは、これを振って鳴らしてくれ」
「これを……?」
「ああ。そうしたら、俺がすぐに駆けつけて守ろう。どんな状況であれ、ミカの味方になり、力になると約束しよう。……それなら、安心だろう?」
なんだかんだいって、ジルも過保護なんだよね。でも、それはとてもありがたいことだし、実際、彼と話したことでさっきまでの変な緊張感というか闘争心というか、そういうものは薄れた気がする。
……うん。余計なことは考えず、でも、自分には大切な仲間がついていてくれるということも忘れず、変な先入観は捨てて、とにかくお客様をお迎えしよう。ジルにとって大事な存在であるお客様を、きちんとおもてなし出来るように頑張ろう。
「ありがとう、ジル」
もらった小さなベルを両手で握りながらお礼を言うと、優しい魔王は安堵したように頷いてくれた。




