【3-6】
◆◆◆
掃除や片付けはカミュに任せて、僕は料理に集中することにした。昼食は、昨日焼いておいたパンでサンドイッチを作り、木の実のスープを添えて出した。簡単なものだったけれど、二人は喜んで食べてくれていたからいいということにしよう。
──さて、問題はここからだ。
マティアス様は毎回、城に長居はせず、一緒にお茶だけして帰るらしい。魔王の城の周りに森があって、そこを抜けると町があるようで、マティアス様はそこに側近を残して単身で来るという。王子様が長時間単独行動をするのは、やっぱり良くないのか、暗くなる前に町へ戻らなくてはならないらしい。それなら最初から側近を連れて来ればいいのにと思うのだけれど、きっとそれができない事情があるのだろう。
マティアス様はカボ茶を普通に飲み、一緒に出す焼菓子にも特にこだわりはなく素朴なものでいいそうだ。なんとも庶民的な王子様だと考えれば親しみが湧くけれど、油断するわけにはいかない。
王子様はジルと手紙でやり取りをした上で必要な物資を届けてくれるらしいし、魔王に対して友好的な人なんだろう。カミュが「異端的な人」と言っていたことからも、それはほぼ確信していいレベルの予想だと思う。
──ただ、魔王に友好的な人が、その僕にも好意的とは限らない。
内容が同じでも、話し方によってイメージが変わることもある。もし、マティアス様が僕を気に入らなくて意地悪をしたくなった場合、わざと僕がショックを受けるような言い方をしてくる可能性もある。
……そんな風に考える自分自身がちょっと嫌になるけれど、そうも言っていられない。今は嫌な奴になってでも、隙を作らないようにしなければ。
「よし、やるか!」
カミュが戻ってくる前に、出来る限りの仕込みをしておかなければ。塩をきかせたサブレと、砕いた木の実を混ぜ込んだパウンドケーキを作る予定だ。焼く工程はカミュの力を借りなければいけないから、生地作りをしてしまおう。
気合を入れて、エプロンを掛け、シャツの袖を腕まくりする。どちらの生地から作ろうかなと考えていると、不意に調理場の扉が開かれた。カミュが早めに戻ってきたのかと思いきや、そこに立っていたのはジルだった。
「ジル、どうしたの?」
「何か手伝うことはあるか?」
「ううん、大丈夫だよ。僕に任せておいて! 難しいものは作れないけど、失敗しないように気合入れて頑張るから」
気合が伝わるように片手でガッツポーズをして見せると、魔王は何故か苦笑する。そして、溜息まじりに問いかけてきた。
「──カミュに何か言われたか?」
「……えっ?」
「朝食のあたりから、ミカの様子が少しおかしい。元気と言えば元気だが、少々元気すぎる」
「え、っと……、僕が元気だと何か問題がある?」
「いや、そうじゃない」
ジルはするりと近寄ってきて隣に立ち、僕の顔を覗き込んでくる。
「随分と勇ましい目をしているな。マティアスを警戒しているのか?」
「警戒というか……、まぁ、気を引き締めて臨まなければと思ってはいるけど」
「マティアスを敵視する必要は無いと思うがな」
「……それは、ジルにとっては友達だからでしょ?」
「友達?」
「あ、いや……、ううん、ごめんね。気にしないで。とりあえず、僕はお茶菓子の仕込みしちゃうね。手伝ってもらわなくて大丈夫だから、ジルはジルの仕事をしてて」
何をしているのかは分からないけれど、魔王には魔王の仕事があるようで、彼は普段、私室でそれをしているはずだ。マティアス様が来る予定の時間帯まで仕事をするのではないかと思ってジルを促してみたけど、彼は魔法で手近な椅子を引き寄せ、そこに座った。ジルはさらにもうひとつ椅子を寄せて、僕にも座るよう手で促してくる。
「えっ、僕はお菓子作りをしないと……」
「その前に少し、俺の話に付き合ってくれ」
「……うん、分かった」
僕は一応、魔王の僕である食事係なわけだし、主の指示には従うべきだろう。多少は話を聞いたとしても、まだ時間に余裕はあるし。そう考えてジルの正面に座ると、魔王は優しく目を細めた。
「そんな顔をするな、ミカ」
「……どんな顔?」
「叱られるのを待っている子どものような顔をしている。安心しろ、俺はお前に説教したいわけじゃない。ただ、ひとつ伝えておきたいことがある」
そう前置きして、ジルは静かに言葉を続ける。
「マティアスは、俺にとっては友ではない」
「そうなの? でも、唯一、手紙のやり取りをしているみたいだし、友好的な関係の間柄でしょ?」
「それは否定しない。だが、俺は魔王で、あいつは人間の王子だ。相手がどう言ってきたとしても、俺はマティアスを友と呼んだりはしない」
その言い方だと、彼自身は友達だと思いたいのに、魔王という立場が邪魔をして認めるわけにはいかないと言っているように聞こえる。実際、その通りなのだろう。ジルの表情は少し苦しそうだ。
「ただ、俺がいくら友と認めなくても、マティアスは俺のために力を尽くしてくれている。彼は、魔王側に敵意を持っているわけではない。俺が大切にしている者を悪戯に傷つけたりもしない。──それが魔王の僕だとしても、だ」
ドキリ、とする。
こちらをまっすぐに射抜いてくる漆黒の瞳に、全て見透かされたような気がした。




