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魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん  作者: 羽鳥くらら
【第3話】親交を深める鍋パーティー
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【3-3】

 ──とりあえず、顔を洗おうかな。

 ドアの向こうへ消えていったジルの背中を見送ってから、のそのそとベッドから下りる。水瓶のほうへ向かおうとした僕の前に、カミュがさりげない仕草で立ちはだかった。


「洗顔用のお水ですね? 私が汲みますから、ミカさんは座っていてください」

「えっ……、でも……」

「私が魔法でちゃちゃっとやったほうが早いでしょう? 今朝は特別、ってことにしましょう」

「じゃあお言葉に甘えて……、ありがとう、カミュ」

「いえいえ、お安い御用です」


 にこにこと楽しそうに笑うカミュは軽やかに手を振って、近くの手桶を魔法で引き寄せ、定位置にある水瓶の蓋も魔法で取り、そしてやはり魔法で水を吸い上げて桶の中を満たしてくれる。それを見ながら鏡台の前に座ると、カミュは手桶を持って歩み寄って来た。そして、僕の前にそっと桶を置いてくれる。


「ありがとう。……運ぶのは魔法じゃないんだ?」

「どういたしまして。だって、手で置いた方が優しい感じしませんか?」

「あははっ、そういう理由なんだ。魔法を使っていても、いなくても、カミュはいつも優しいよ」

「そうだといいのですが。……あと、ようやく笑ってくださいましたね」


 そう言われて、確かに今は口角が上がっているのを感じた。思わず口元を指先で触れると、カミュはそんな僕をどこか物憂げな視線で見下ろしてくる。


「……本当は、負担になっているのではありませんか? マティアス様のこと」

「うーん……、負担とは思ってない、けど……」

「けど?」

「……まぁ、どうしても、多少は緊張するよね」


 マティアス様、というのが、今日この城へやって来るお客様だ。僕も会ったことはないのだけれど、ここまで緊張感を高めているのは初対面だからというだけではなく──、


「王子様に会ったことなんて、ないもんなぁ……」


 そう、マティアス様は、ここプレカシオン王国の第三王子にあたる御方なのだそうだ。本物の、王子様。そんなロイヤルな立場の人と対面した経験なんて、前世でも今世でも無い。緊張してしまうのは仕方がないだろう。


「やはり、マティアス様とミカさんが直接お会いにならないように、ジル様へ進言いたしましょうか」

「えっ? いいよ、大丈夫だよ」

「いいえ、私自身が心配なのです。そして、おそらくはジル様も同じことを懸念されておられます。……これは、貴方を子ども扱いしているわけでも、特別に過保護に考えているからでもありません」


 片膝をつく形で傍に腰を下ろした悪魔は、真摯な紅い眼差しで見上げてきた。


「ミカさん御自身も薄々は勘付いておられて、あえて口にしないでくださっているのでしょうが、私もジル様も、この世界や魔王に関わる全てをミカさんにお伝えできているわけではありません。むしろ、ミカさんは、まだまだ知らないことばかりです」

「うん、分かってる」


 彼らが僕に全てを打ち明けてくれているわけではないのだと、それは僕も理解している。ただ、そこには決して悪意が無いということも分かっているつもりだ。


「でも、ジルもカミュも、悪意があってそうしているわけではないでしょ? この世界のこと、少しずつ教えてくれているし、意地悪で隠しごとをされていると感じたことはないよ」

「ええ、勿論。ミカさんは、全く知らない世界へ召喚された身。まずはここでの生活に心身を慣らしていただいて、この世界についても、魔王を取り巻く状況なども、少しずつお伝えしていこうと思っています。……ただ、マティアス様のご訪問は、ミカさんにとって過剰な情報量を伴う恐れがあります。それを心配しているのです」

「……どういうこと?」

「それは……、申し訳ありません。展開がどう転ぶか分からない以上、私から多くを語るわけにはいかないのです。王家と魔王の関係図は複雑ですし、マティアス様がまた異端的な存在であられるので、余計に……」


 カミュは申し訳なさそうな顔で口ごもり、綺麗な形の唇を閉ざしてしまう。

 ──彼が今語ったことをまとめて考えてみると、要するに、魔王側が現時点で僕に与えておきたい情報量は決まっているのに、王子様がそれを超えるものを伝えようとしてくるかもしれない、ということだろうか。


「……僕に知られたくないことを知られてしまうかもしれない、ということ?」

「いえ……、そうと言えなくもないですが、私の懸念事項はそこではありません。いずれは、ミカさんに全てをお話する所存です。それは、私も、ジル様も、共通しています。共に暮らす仲間であるミカさんに、完全に秘密にしておきたいことなどありません」

「うーん……、秘密にしておきたいわけじゃないけど、今の僕に伝えるには早い情報を、王子様から与えられてしまう恐れがある、ってこと?」


 その言葉に、カミュが重々しく頷く。彼のほうが、よっぽど顔色が悪い。何かを怖がっているかのような瞳で、美しい悪魔は静かに言った。


「理解できる許容範囲を超えた情報を一気に与えられて気が狂う人間を、数えきれないほど見てきました。……私は、ミカさんをあのように追い詰めたくはありません」

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