【2-22】
「まぁ、ミカ……! なんて素敵なの! 最高よ! 最高に嬉しいわ! ありがとう!」
キカさんは興奮して頬を紅潮させながら、何度も「ありがとう!」と叫んでくれた。そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいけれど、同時に不安にもなる。
「あ、あの、お口に合うか分からないから……、その……、こっちの世界ではそんなに一般的じゃない気もするし……」
「えー? そんな、ミカが作ってくれたって事実が何より大切で嬉しいのよ! それに、カミュが狙いを定めて召喚してるんだし、料理は得意でしょ? 昨日見てても手際良かったもの。自信持って!」
「わっ、ぁ、ぃ、いた……っ」
「そうですよ、ミカさん。自信を持ってください。ミカさんのオニギリとカラーゲとタマゴヤキは、私からも自信を持ってオススメできます」
何度も勢いよく背中を叩かれてよろける僕を楽しげに見下ろしながら、カミュは明るい声音でネタばらしをしてくれた。
そう、さっき手渡したお弁当の中身は、塩むすび、鳥の唐揚げ、卵焼きだ。パンのようなものが主食になっている世界において塩むすびは微妙なところかもしれないけれど、全体的に好き嫌いが分かれづらいメニューだろうし、一人で開けてからのお楽しみにしてもいいかなと思っていたんだけど……、まぁ、食べなれていないものだろうし、事前に説明しておいたほうが丁寧かもしれない。
不思議そうな顔をしているキカさんに弁当の中身を説明すると、彼女は興味深そうに瞳を光らせ、何度も頷いた。
「なるほど、なるほど。ミカの料理は、ホラマロバ王国のものと似てるかも」
「ホラ……ロバ……?」
「ホラマロバ。ラコイを炊いて主食にしている国でね、民族衣装も独特なの。でも、確か、あそこにはこのお弁当のおかずのような料理があったはずだわ」
「なるほど、ホラマロバ王国ですか。キカさん、参考になりました。ありがとうございます」
僕にはよく分からないけれど、カミュは何か思いついたようで、何事かを納得しているようだった。僕の思考が置いてきぼりになっている間に、今度はキカさんが慌て出す。
「大変! そろそろ行かなくちゃ。ジルが起きてきちゃうわね」
「あっ、そっか……、あの、キカさん、色々教えてくれてありがとう!」
ドタバタと馬車の御者席へ登るキカさんへ、僕もつられてあたふたしながら声をかけると、彼女は笑って首を振った。
「とんでもない。むしろ、教え足りないことばかりだわ。また来るから、そのときにもっとたくさん料理しましょうね!」
「うん!」
「あと、あたしのほうこそありがとう、ミカ。ミカが一緒に夕食を作って食べようって言ってくれなかったら、ジルとわだかまりを残したまま旅立つところだった。仲直りできたのはミカのおかげね」
「いや、そんな、僕は何も……」
「もー、相変わらず控えめすぎるわ! じゃあ、ミカのパレドのおかげってことにしときましょ。……さて、本当にもう行かなきゃ。カミュも、ミカも、元気でね!」
「キカさんも、お元気で! 帰りの旅も、気をつけてね」
「また元気にお会いしましょう」
「うん! またね!」
朝焼けにも負けないくらい、キカさんの笑顔は眩しく輝いている。最後に力強く手を振ってから、彼女は片腕と同じくらいの長さの木の杖を掲げ、号令とも呪文とも感じられる不思議な言葉を発した。それを聞いた馬たちは途端に勢いよく駆け出し、発車と共にみるみる加速していく馬車は、あっという間に見えなくなる。
──キカさん、行っちゃったな。
そう実感すると共に、今まであまり気になっていなかった早朝の外気温の冷たさを意識してしまう。
少し身震いしてくしゃみをすると、即座に温かい何かで身を包まれた。一瞬カミュかと思ったけれど、すぐに違うと分かる。微かに感じるこの香りの主は──、
「ジル」
名を呼びながら振り仰ぐと、背後にはやはり物静かな魔王が立っていて、キカさんが旅立っていったほうを見ていた。掛けてくれたマントの上から僕の両肩に手を置き、ジルは静かに呟く。
「……行ったんだな」
彼はきっと起きているんだろうなと思っていた。それでもキカさんの心情を気遣って姿を見せないだろうことも、どこかの物陰に隠れてしっかりと見送るだろうことも、本当は複雑な寂寥感を抱えているだろうことも、全て予想通りだ。
「元気に旅立たれましたよ。ジル様もご覧になっていたでしょう?」
「ああ。……あの幼い少女が、花嫁になるんだな。こういうとき、時間の流れというものを感じる」
そう零すジルの声がとても寂しそうで、キカさんの心配も相まって、僕の心もきゅっとなる。
ジルは、どのくらいの時を生きてきたのだろう。
──そして、あとどれくらい生きるのだろう。
そんなことを考えると、少し息が苦しくなった。
「……おはよう、ジル」
「……ん?」
唐突に挨拶をする僕を、優しい黒目が不思議そうに見下ろしてくる。カミュもぽかんとした顔でこちらを見ていた。
優しい魔王と、優しい悪魔。そんな君たちにも、同じように時間が流れているよ。僕と、同じ。
「夜が明けて、朝が来た。確かに、時間の流れを感じるよね」
僕は、自分の気持ちを上手に伝えるのが苦手だ。でも、少しでもいいから、この気持ちの何か一部分だけでも届けばいい。
そんな僕の願いが叶ったのか、彼らは目を瞠ったあと、やわらかく笑ってくれた。
「そうだな。おはよう、ミカ」
「朝が来て、おなかが空きましたね」
「ああ。……俺たちにも、タマゴヤキはあるか?」
「私、カラーゲも食べたいです」
おはようと言い合って、当たり前のように一緒に朝ごはんを食べる。そんな幸せをくれる彼らに、僕も幸せを返していけたらいいな。
そんな思いと共に、僕は二人の背に手のひらを押し当てた。
「たくさん作ったから、ちゃんと君たちの分もあるよ。さぁ、みんなで朝ごはんを食べよう!」
──願わくば、彼らと共に刻む時間が、少しでも長くありますように。
第2話はここまでとなります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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第3話では新たな人物として、「手紙の主」が登場する予定です。
次話からも引き続きお付き合いいただけますと、とても嬉しいです!




