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魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん  作者: 羽鳥くらら
【第2話】焼きたてパンは仲直りの味
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【2-15】

「……あたしさ、結婚するんだ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。そのせいか、つい間抜けな質問をしてしまう。


「……ジルじゃない、誰かと?」

「そう。ジルじゃなくて、フツーのおっさんと。ま、実家の都合でね。商売仲間の倅に婿入りしてもらうことになったの」

「そう、なんだ……、結婚、おめでとう」


 祝福していいものか迷いながら言ったけれど、キカさんは素直に笑って「ありがとう」と返してくれた。


「今回の訪問で言うべきか次回にするべきか悩んだけどさ、今日言っちゃったほうがよさそうね。うん、スッキリしちゃおう」

「それがよろしいかと。ご結婚おめでとうございます、キカさん。ジル様もご安心なさると思いますよ」


 カミュの言葉に対しても、キカさんは明るく頷く。


「ありがと、カミュ。魔王の花嫁候補を名乗れなくなるのは残念だけど、確かにジルは安心してくれそうね。ちょっと前までは弱りきってたから心配だったけど、ミカがいるからもう大丈夫みたいだし」


 そう言った彼女は僕の顔を覗き込むようにしつつ、肩をぽんぽんと叩いてきた。


「ほんと、嫉妬しちゃうわー。あたしはマリオに勝てなかったけど、ミカにはもっと敵わないもん」

「えっ……? それは過大評価しすぎじゃないかな。僕は何も……、そもそも、此処に来てから日が浅いし……」

「そういう問題じゃなーいーの! だって、ジルの中では、この城でミカと一緒に暮らしていくことが決定していて、あたしに傷つけられたんじゃないかって思えば怒鳴って守るくらい大事にしているのよ。あたしは、そこまでの存在にはなれないわ」


 否定も肯定もしづらい。キカさんだって、ジルにとっては大切な存在だと思う。ただ、この城には住めない人という点で、彼の中で何か線引きがあるのかもしれない。ジルの気持ちを、僕が勝手に語るわけにはいかないよね。特にこれは、大切な話題だと思う。

 だから、僕の知っている事実の中から、言葉を選ぶことにした。


「ジルは、キカさんのことも大事に思っているはずだよ。キカさんが来るって察したら、いそいそと着替えて身支度していたくらいなんだから」

「えっ? そうなの? それは嬉しい驚きだけど、でも、やっぱりミカには敵わないわ」

「えぇ……?」


 どうして、彼女の中での僕の評価が高いのかが分からない。いや、彼女の中というか、彼女の中のジルの中、かな。いずれにせよ、そう思ってもらえるだけの価値が自分にあると思えない僕は、困惑してしまう。


「ねぇ、ミカ。料理を始める前に、ちょっと真面目に伝えておきたいの。いい?」

「う、うん……、何?」


 不意に僕と視線の高さを合わせたキカさんが、真剣な目で射抜いてくる。緊張しながらも、僕は頷いた。


「あのね、ジルにたくさん甘えてあげてほしい。それが、あたしがミカに勝てない理由。そして、カミュも、マリオも、たぶんアビーおばあちゃんも、ミカには敵わない部分よ」

「僕が……、甘える……?」

「そう。あたしたちは、強すぎるのよ。ミカが弱虫って言いたいわけじゃないのよ? こんな状況でもめげずに暮らしているミカは、十分に強いと思うわ。でも、それは今までジルが──、魔王になってから接した人たちが持っている強さとは違う。そして、今のジルは、ミカを庇護できるようになっているから。だから、ジルを頼って、甘えて、隣にいてあげてね」

「……僕って、そんなに頼りないのかな。出来れば、僕も彼の支えになりたいんだけど」


 魔王になって苦しんでいる彼の助けになりたいけれど、僕はそれに足る人間じゃないのだろうか。辛い思いをしている彼に、更なる負担を強いたくはないんだけどな……。


「ミカさんが頼りないなんてことはありませんよ。キカさんが仰りたいのは、ミカさんにはこれまでの食事係やキカさんとは違った役割をこなせるのではないかと、そういうことだと思いますよ」

「役割……?」


 様子を窺っていたカミュが挟み込んできた言葉に首を傾げると、彼は穏やかに微笑んで頷き返してくる。


「そうです。アビーさんは、ジル様を叱って、殴って、蹴って、力づくで立ち上がらせて前を向かせる方でした。マリオさんは、背中を押して前へ進んでいくよう励ましてくださる方でした。……そして、私が思うに、ミカさんは隣に寄り添ってくださる方。魔王になって以降、ジル様が出会ってきた人々は、私も含めて、前進を促してきました。けれど、今のジル様に必要なのは、隣に立ってくださる方。そして、今度はご自身が力になってさしあげられる方」

「そうそう、あたしもそういうことが言いたかったの。支えられるだけじゃなくて、支える。ジルはそうしたいはずだし、まだ年若いミカはそれに甘えて頼っていいと思うのよ」


 キカさんだって歳は僕とそんなに違わないはずなのに、と言う間も無く、女性らしい小さな手で背中を思いきり叩かれる。そしてキカさんは明朗な声で宣言した。


「さぁ! 夜ごはんを作りましょうか!」

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