【2-14】
「──というわけで、キカさん、一緒に夜ごはんを作ろう!」
調理場に戻ってそう宣告すると、カミュは嬉しそうに紅眼を輝かせ、キカさんは思いきり顔を引き攣らせた。
「いや、えっ……、ミカと一緒に料理するのはいいけど、それで終わり……じゃないよね?」
「もちろん! みんなで、美味しく、仲良く、一緒に食べようね」
「あー……、えー、どうしよう」
キカさんは唸るように言いながら、ポニーテールの先っぽを指でいじっている。カミュはにこにこと微笑んでいるけれど、黙って成り行きを見守るつもりのようだ。
「ジルはもうキカさんに怒ってるわけじゃないし、キカさんだってジルに腹を立ててるわけじゃないでしょ? だったらもう、さっさと仲直りして、気持ちよく旅立ったほうがいいと思うんだけどなぁ」
「うん……、うん、そうだね。確かに、スッキリしたほうがいい」
ずっと眉尻を下げっぱなしだったキカさんが、キリッと表情を改める。そして、僕をまっすぐに見つめてきた。
「まずは、ミカにきちんと謝っておくわ。変なことを言って、ごめんなさい」
「えっ……、いや、だから、僕は何も気にしてないよ」
「そうかもしれないけど、あのときのあたしには、ミカを羨ましいって気持ちに、妬みというか……そんなようなものが少しあったもの。ジルは、それを敏感に感じ取ったのかもしれない。だから、ミカにも謝ってスッキリしておきたいの。……ごめんね、ミカ」
さっきまでジルから聞いていた話を踏まえれば、キカさんの懸念は見当外れのように思えてならないけれど、彼女は真剣に言っているようだし、それはそれとして受け入れるべきなんだろうか。
「……ありがとう、キカさん。でも、僕は本当に怒ってないし、キカさんももう気にしないでくれると嬉しいな」
「うん、分かったわ」
僕たちのやり取りを微笑ましそうに見ていたカミュが、静かに口を挟んでくる。
「キカさん。そんなに強くミカさんを羨むことになるような、きっかけになる出来事でもあったのですか?」
穏やかな口調での問いかけに対し、キカさんは目をまんまるにして驚いた。
「えっ……、なんでよ」
「だって、キカさんは確かに魔王の花嫁候補を自称されておりましたが、ジル様に心底惚れていらっしゃったというわけでもないでしょう? それなのに、ミカさんに嫉妬するというのもおかしな話です」
えっ、そうなの?
僕はてっきり、キカさんはジルを本気で愛しているのだと思っていた。そうでなければ、周囲から白い目を向けられても魔王の嫁になりたいという意志を貫けないだろうし、行商という目的があったとしても、遠方から単身で何度も長旅を繰り返して会いに来ないんじゃないか、と。
そんな僕の浅い考えとは裏腹に、キカさんは降参したというように苦笑した。
「鋭いわね、カミュ。確かに、あたしはジルに恋していたわけじゃない。だって、あたしの好みとは真逆だもん」
「そうでしょうね」
「え……、そうなの……!?」
正反対の反応をする僕とカミュを、キカさんは面白そうに交互に眺めてくる。
「あたしは、もっと明るくてガタイのいい男が好き! ジルは確かに背は高いけど、筋肉は少なそうだし、影もあるでしょ。好みじゃないの。……でもさ、ジルの嫁になりたかったのは、ほんと。ていうか、家族になりたかった」
「……好みの男性じゃないのに?」
「そうよ。だって、結婚なんて、恋愛感情が必須なわけじゃないでしょ。……あ、そっちの世界ではそういう傾向が強いんだっけ?マリオも大恋愛の末に結婚したとか言ってたわ」
「うーん……、どうなんだろう」
僕は恋愛経験が無いし、夫婦関係を間近で見たことも無いから、よく分からない。口ごもる僕のことなんて気にせず、キカさんは先を続けた。
「この世界ではさ、家同士を結びつけるのが結婚って意識が何よりも強いんだ。和解のための結婚、子孫を残さず家を絶やすための結婚、商売繁盛のための結婚、色々あるよ。年齢差や身分差があるときもあるし、同性婚の場合もある。恋愛感情が無いことも多いよ。それでも、家族になれる」
「あっ、その感覚は分かるかも」
特別な何かがなくても家族になろうと思うことはある。だからこそ、中水上のおじさんは僕を引き取ってくれたのだから。遠縁すぎて血の繋がりなんか殆ど無いに等しく、会ったこともない僕を、彼は家族として温かく迎え入れてくれた。
思い出を脳裏に描いている僕へ頷きながら、キカさんはしみじみと呟く。
「あたしは、ジルの家族になりたかった。……あたしの目にはずっと、ジルが寂しそうに見えていたから、力になりたかった」
「寂しくないように、お嫁さんになろうとしたの?」
「うん。この城に住めないくせに嫁も何も無いって思うかもしれないけどさ、……上手く言えないんだけど、年老いたマリオに置いていかれるのを不安がっているようにも見えたから。異世界から呼んだ人以外の人間とも繋がっていられるよ、大丈夫だよって、家族として支えたかった」
彼女の言葉を、カミュは神妙な面持ちで受け止めている。その横顔が、それこそ淋しそうに見えるのは、僕の気のせいだろうか。
「もちろん、ジルにはカミュがいるよ。でもさ……、変な意味じゃないけど、カミュとの関わりはジルが魔王だからってことに起因しているわけじゃない? ……ジルは魔王だけどさ、たぶん、人を憎みたいわけじゃなくて、人と繋がっていたいんだ。ちゃんと繋がってるよって伝えてあげる家族になりたかった。……だけど、あたしはもうそれが出来なくなっちゃった」
ぱっちりとした翠色の瞳が、せつなげに笑った。




