【2-12】
「……この城に住めるのは異世界の人間だけ、ってどういうこと?」
「そのままの意味だ。──もっと正確に言えば、そう決められているから、そうせざるをえない。この世界の人間を魔王の配下に置くことは出来ないし、誰も手下にしないという選択も許されていない」
「え……、なんで……?」
わけがわからない。
なぜ、この世界では、異世界の人間を魔王の側に置くことに固執しているんだ? ましてや、どうやら魔王であるジルはそれを望んでいないようなのに──?
「……この世界には、俺を含めて七人の魔王がいる。魔王と云うのは、魔王の魂の欠片を宿して『魔王化』した者のこと。俺も含めて、元々はただの人間だ。──そして、七つの魔王の魂は、元はひとつだった」
戸惑っている僕に真摯な眼差しを向けたまま、ジルは静かに語り始めた。
──この世界には、昔から言い伝えられてきている、伝説の勇者と大魔王の話があるという。
世界を支配し思いのままに破壊と再生を行おうと画策していた大魔王を、唯一、伝説の勇者だけが倒すことが出来た。これ以上の災厄が続くことがないようにと、勇者は大魔王の魂を葬ろうとしたのだが、その魂は砕け、七つの欠片となって各地へ散り、それぞれが人間に宿り七人の魔王が誕生してしまった。
七人に分かれることとなった魔王は、能力値も七等分となり、大魔王ほどの悪事は働けなくなってしまった。とはいえ、魂に潜む衝動のままに、残虐な行為を繰り返していた。仕留め損ねた責任を感じた伝説の勇者は、七人の魔王を倒し、今度は魂を砕くのではなく封印しようとしたのだが、彼がそうすることを世界各国の王たちは止めた。
もしも失敗し、更に魂が細かく砕け、魔王化する者が増殖しても困る。それならば、まだ監視が可能な七人であるうちに、魔王と取引をして制御を試みたほうがよい。──それが、各国の王が出した結論だった。
魔王の魂へ干渉しない代わりに、魔王も世界の破滅は望まないようにする。魔王が支配して好きなように扱うのはこの世界の人間ではなく、異世界の者に限ってもらう。魔物の生息地を定めておき、その範囲内に足を踏み入れた人間の殺戮は咎めないものとする。なお、魔王が暴走し、許容範囲以上の暴虐行為を行った場合には、魔王の器となっている者を勇者が殺しても良いものとする。──そんな契約が、悪魔を間に挟む形で成り立った。
「……どうして、そんな契約を?」
ジルが長々と語り聞かせてくれた伝説の話を聞いてもなお、腑に落ちない。そんな意味不明な契約を結んで世界崩壊のリスクを追い続けるよりも、駄目元でも魔王の魂を封じることに挑んだほうが、平和な世の中に落ち着く可能性が高いような気がしてならない。
「魔王の魂が細分化し続けて、魔王化する者が増えるのは困る。魔王の魂を封印する方法は無いのだから、無闇に挑んで砕け続けるのは避けたほうがいい。……その理由で、大多数の人間は納得している。魔王が暴走しない限り、魔王の領域へ足を踏み入れなければ、自身の命が脅かされる恐れも殆ど無いからそれでいいと、皆が気楽に考えているんだ」
「そうなの……?」
「ああ。多くの人間は、己の人生を全うすることに一生懸命で、世界の在り方まで思考を巡らせなどしない。昔からずっとそうなのだから、これからもそういうものなのだ、と思っている。……だから、魔王と取引をすることを望んだ古の王たちの意図に気づけない」
「王様の意図?」
ジルは、深い溜息をついた。それは憂鬱というよりも、悲哀に満ちた嘆息だった。
「魔王が消えれば、魔物も消滅し、あらゆる厄災が消え失せる。一度完全なる平和が訪れれば、再び何らかの禍が起きた場合、人々は魔王以外の何かに原因を見出し、それを責めるだろう。その攻撃の対象が王家に及ぶ可能性は、非常に高くなるだろうな」
「まさか……、保身のために魔王の存続を望んだと……?」
「そうだ。魔王がいる限り、この世界に起きた災いの原因を押し付けられる。魔王の魂が暴走したのだ、勇者たちよ魔王を倒せ、と扇動できる。魔王の魂が封じられない限り、次の『器』へと魂は移り、永遠にこの流れが続いていくわけだ」
背筋が寒くなる。そんなまさか、と笑い飛ばしたくても、それが出来ない嫌なリアルさがある。
それが真実なら、魔王は、──ジルは、この世界の被害者じゃないか。
「現地の人間が被害に巻き込まれ続けるならば、この世界の民も不満を抱き、魔王の魂の封印や滅亡を望むだろう。だが、魔王の配下に置かれるのは、異世界の者たちだ。自分にとって馴染みのない存在がどうなろうと、それを真に案じる者は殆どいない。……だから、魔王が暴走するとき以外は、憎悪をそこまで高めることがない。限られた時機以外は、魔王は便利な存在なんだよ」
「……」
「ミカ。俺は、この世界が憎い。お前のように、何も知らずに召喚されてきた者をどうでもいいと扱い、都合の良い存在だと無意識下で認識しているこの世界の民が憎い。そして、人間だったときに他人事のように思っていた俺自身も、異世界人を召喚せざるをえない立場になった俺自身も、憎い。……悔しいんだ、ミカ。俺は、こんな存在になりたくなどなかったのに、どうしようもない。悔しいよ、ミカ」
ジルは膝に額を押し付け、苦しげな声を絞り出す。美しい黒髪が幾筋も、彼の肩をはらはらと流れた。




