【2-9】
「ふふっ、かーわいい! こんな若い子がこの城にいるって、新鮮なんじゃない? マリオだって、ここに来た時には既におじさんだったんでしょ?」
キカさんが、僕の頭を撫でながら言う。確かにキカさんのほうが年上だと思うけれど、たぶん五つくらいしか違わないと思うんだけどなぁ……。困惑しながらも、なんとなく撫でられるがままになってしまうのは、中水上のおじさんの手の感触を思い出して懐かしくなったからかもしれない。
「確かに、マリオさんは召喚時には既に四十を超すお年でしたね。とはいえ、私から見れば、人間の皆さんは軒並みお若いのですが」
「そりゃあ、悪魔から見ればそうだろうけど。でも、人間の中でも若い子は、やっぱり特別可愛く感じるでしょ? カミュから見れば、ミカなんて赤ちゃんなんじゃない?」
包み隠すことを知らないようなキカさんの言葉に、カミュは苦笑を返した。
「確かに、若い種族の中でも特にお若いとは思いますが……、私から見れば、キカさんもミカさんもそう変わらないですし、ミカさんはとてもしっかりしている方ですから、流石に赤子のようには思いませんよ」
「そういうもの? でも、ジル視点だったら、養子をもらって見守ってるみたいな感覚になるんじゃない?」
「俺がどうかしたか?」
不意に第四の声が背後から聞こえて、キカさんと僕は肩を跳ねさせる。──振り返ると、眉間に皺を寄せているジルが僕たちを見下ろしていた。一体いつの間に、こんな近くまで来ていたんだろう。カミュは全く動じていないから、彼はジルが来たのを分かっていたに違いない。
「ジル、久しぶり! 会いたかったわ!」
驚いて目を見開いていたキカさんだけれど、すぐに嬉しそうな笑顔になって、眩しそうにジルを見上げる。花嫁候補を自称するだけあって、魔王に相当惚れ込んでいるのだろう。
当のジルは、相変わらずの憂鬱そうな表情で、冷静に彼女を見下ろしている。
「はしゃぐな。魔王に会うことを喜ぶなと、毎度毎度しつこく言っているだろうが」
「そんなこと言われても嬉しいものは嬉しいって、それこそ何度もしつこく言い返してるでしょ?」
「はぁ……、懲りない奴だな。せめて、それを口外して歩くな。お前の祖母だって、魔王の城へ行商に言っていると豪語していたせいで変人扱いをされて、苦労していたんだろうが」
「おばあちゃんは気にしていなかったし、ここに来ることを面白がっていたわよ! 変人だって言われてもちゃんと嫁に行けたし、子どもにも恵まれてたし、この通り孫だっているんだから」
「だったらお前も、祖母を見習ってきちんと嫁いで家庭を持つんだな」
「あたしが嫁ぐのは此処だもの。何度も言ってるでしょ?」
「却下だと何度も何度も言っている」
テンポの良い会話の応酬をしている二人の間には、確かな絆があるように思えてならない。今は気難しそうな顔をして見せていても、ジルはキカさんと顔を合わせて話すことを楽しみにしているんじゃないかな……?わざわざ着替えて待機していたくらいなんだし。
そんな気持ちを込めて、カミュへ視線を送ってみる。温厚な悪魔は、にっこりと微笑み返してくれた。
「カボ茶の様子が気になりますか?」
僕の意図など、ちっとも伝わらなかったようだ。他人との交流への不慣れさが、こんな形で弊害を起こすだなんて、転生前の僕は思いもしなかった。
ジルとキカさんの関係について突っ込んで訊いてみようか、でも確かにカボ茶はそろそろ煮出し終わる気がする、なんて迷っている間に、三人の会話が進んでいく。
「あっ、そろそろいいかな。もしかしてジル、カボ茶の匂いにつられて来たの?」
「ああ。……久しぶりに嗅いだからな」
「以前は毎日感じていた香りですからね。やっぱり、この匂いを嗅ぐと嬉しくなります」
「これからはまた毎日飲めるわよ。ミカが淹れ方を覚えてくれているんだから。……というわけで、ミカ! お湯にこのくらい色が移ったら完成よ。カミュに火を止めてもらって」
「あっ、うん。カミュ、火を止めてくれる?」
唐突に名前を呼ばれて慌てる僕とは反対に、カミュはいたって穏やかなまま「かしこまりました」と言って火を消してくれた。
「そうしたら、魔法で茶葉と液体を分離させるの。取り出した茶葉は床掃除に使うと便利だから取っておいてね。カミュは慣れているから、適当に指示を出しても分かってくれるはずよ」
「分かった。カミュ、鍋から茶葉だけ取り出してくれる? 取り出した葉は、えぇと……、」
「承知しました。大丈夫ですよ。ちなみに、ミカさん。煮出した後の葉をしまっておくための、専用の木箱があります。そちらに移しておきますね」
「うん、ありがとう」
話が下手な僕に気負わせないように先回りしてくれるカミュは、本当に優しいし気遣いレベルが高すぎる。僕も彼を見習っていきたいな。
カミュの魔法で選別された茶葉たちは、部屋の隅に置かれた黒っぽい木箱の中へ飛んでゆく。全ての茶葉が取り除かれた鍋の中では、まさにコーヒーとしか思えない色味と匂いの液体がたぷたぷと揺れていた。
「さ、みんなでお茶にしましょ! カボ茶には甘い焼菓子がよく合うの。備蓄用にと思って多めに作って持って来ているから、ミカもたくさん食べてね」
「うん、ありがとう、キカさん」
ポットにカボ茶を詰めて、焼菓子を大皿に盛って、取り分け用の小皿なんかと一緒に大きなトレーに載せ、みんなで食堂へと移動した。




