【2-3】
「……マレシスカが来るようだから、ミカに話しておいたほうがいいと思って」
ジルは、カミュと僕のどちらへ話しかけているのか曖昧な視線を保ったまま、のそのそと此方へ歩いてくる。カミュほどではないが長身のジルだけれど、動作はゆっくりなことが多い。まだ体力が戻りきっておらず本調子ではない──というわけではないらしいから、元々のんびりとした人なんだろう。
「ちょうど今、キカさんについて私からお話ししていたところですよ」
「……マレシスカがどういう人間なのか、きちんと説明したのか?」
キカさんの名前を愛称ではなく正式に呼び続けるジルは、その人に対して壁を作っているんだろうか。カミュのことは「カミュ」と呼んでいるんだから、相手をあだ名で呼びたくないという拘りがあるわけでもなさそうなのに。
そんな疑問を胸に抱いている僕の横で、二人の会話は続いてゆく。
「キカさんが特殊な方だ、という話題に入ったばかりですから、具体的なことはまだ何も説明しておりませんよ」
「ミカに誤解されないように、きっちりと説明しておいてくれ」
「わざわざ此処までいらしたんですから、ジル様ご自身で説明なさればよろしいのに」
「……自分では、こう……言いづらいじゃないか」
「言いづらい? 何がです?」
「察してくれ。……分かるだろう?」
「えっ? 分かりかねますが……、もしかして、照れていらっしゃるのですか? 良いじゃありませんか。風変わりではありますが、魔王に花嫁候補がいてはならないという決まりはありません」
──えっ?
「花嫁!? ジル、結婚するの!?」
驚いた勢いで、つい口を挟んでしまった。ジルの漆黒の瞳を見つめると、彼は思いきり首を振る。その動きのせいで長い前髪が踊り、ジルの両目を隠した。
「違う! ……ほら、カミュのせいで勘違いされたじゃないか」
「えぇ……? 私に落ち度がありましたか?」
「お前の発言が、ミカの誤解を招いたんだ。責任を取って、きちんと真実を伝えろ」
カミュは腑に落ちないといった表情で魔王を横目で見たが、すぐに僕へ苦笑を向けてくる。
「ミカさん。ジル様は、結婚のお約束をされているわけではないのですよ」
「そうなんだ……? じゃあ、花嫁候補っていうのは?」
「それは、キカさんがご自分で主張されていることです。自称、魔王の花嫁候補。そんな名乗りをしたがるなど、かなり特殊なお嬢さんです」
「へぇ……」
カミュがここまで特殊と言い切るからには、やっぱり魔王がみんなに慕われているとかじゃないんだろうな。だったら、どうして花嫁候補になりたがる女の子が登場したんだろう。食材を届けてくれる人みたいだから、そっち系で何かしらの偶然があったとか……?
「……マレシスカが幼い頃、ここの近くの森に迷い込んできて、魔物に襲われていた。幼子が殺されるのを見て見ぬ振りするのも気分が悪いから助けたら、予想外に懐かれた。……それだけだ」
僕が興味津々の顔をしていたからか、カミュの説明だけだと不十分だと感じたからか、ジルはぼそぼそと話してくれた。
「んん……? その、えぇと、マレ…シスカ、さん? は、小さい女の子なのかな?」
「昔はな。今は、もういい大人だ」
「ジル様がキカさんを助けてさしあげたのは、かれこれ二十年ほど前の話ですからね」
「えっ、そうなの……!?」
カミュは悪魔で不老不死だし、ジルも元は普通の人間だったけど魔王になった時点で不老不死に近い状態になっているというから、彼らにとって時の流れはあってないようなものなんだろうなとは思っていた。でも、いざそういった話題になると、やっぱり新鮮な驚きを感じてしまう。
ついつい呆けてしまう僕は、きっと間抜けな顔をしているんだろう。こちらを見て深い溜息をついたジルは、軽く頭を振った。
「もう結婚適齢期なんだから、俺のことなんかさっさと忘れて、普通に幸せになるべきなんだ。だから、ミカ。お前も、マレシスカを調子に乗らせるような発言はしないようにしてくれ」
「調子に乗らせるようなこと、って……?」
「つまり、その、なんだ……、煽るようなことというか、そういう感じの言葉だ。マリオが色々と余計なことを言ったから、マレシスカもいまだにこんな場所に来てしまう」
「マリオさんは、キカさんを孫娘のように可愛がっていらっしゃいましたからね。花嫁を目指す彼女が微笑ましくて、応援したくなったんでしょう」
「応援? からかいや悪戯の間違いじゃないか?」
マリオさん──僕の前の食事係だった彼の話をするとき、ジルもカミュも優しい雰囲気になる。良い関係を築けていたんだろうなと思うと同時に、僕も彼らとそんな間柄になれるだろうかと少し不安になることもあった。
そして、僕が密かに抱えているネガティブな感情に、ジルはとても敏感だ。今も何かを察したのか、彼は背を屈めるようにして僕の顔を覗き込んでくる。
「ミカ。……とにかく、マレシスカが来ても、余計なことは言わないようにしてくれればいい。無理に会わなくてもいい」
さりげなく話題を戻してくれたのかな。本当はもっと、マリオさんの思い出話をしたかったんじゃないかな。
無意識に湧いてしまう不安を追い出すように、僕は少し笑って首を振った。




