【6-13】
食堂に着いたら、窓際の定位置に置いてあるお皿にクックとポッポのおやつ(数種類の木の実を細かく砕いたもの)を盛ってあげて、テーブルには僕とフィラス用のお茶のセットを並べていく。
従者としての振る舞いが身についているフィラスは、先に自分だけが着席している状況に少し気まずそうだったけれど、先に座ってもらってカボ茶オレを注ぎ、シフォンケーキを切り分ける。ケーキの横にたっぷりと生クリームを添えたお皿を目の前に置くと、フィラスの金眼が一等星のように輝いた。
「ふぁぁ……ふぁふぁととろとろがいっしょにあばばばばばば……」
「ふふっ。言えてないよ、フィラス」
「しゅっ、しゅまにゃいッ! オレは昔から興奮すると言葉がどうにもあばばばっ」
「あははっ。聞いているこっちは楽しいし、可愛いって思うから全然いいよ」
何気なく発した一言だったけれど、フィラスがハッとしたような顔でこちらを食い入るように見つめてくる。不快にさせてしまったのだろうかと一瞬不安になったけれど、彼は優しく目を細めて、何かを懐かしむように微笑んだ。
「ありがとう、ミカ。とても幸せな心地だ」
「まだ食べてないじゃない!」
「それでもだ。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
まっすぐな視線を受け止めるのは、カミュと向かい合うことで慣れてきたと思っていたけれど、そうでもなかったみたいだ。フィラスの純粋で真摯な眼差しを真正面から受けるのは、少し照れくさい。
「食べたらもっと幸せな気分になってもらえると、僕としても嬉しいんだけどな。……じゃあ、一緒に食べよう」
言いながら手早く自分の分も用意してフィラスの向かいへ着席すると、褐色肌の青年は嬉しそうににんまりと笑った。
「それでは、……頂戴いたします」
「いただきます」
両手を合わせて軽く頭を下げる僕に対し、フィラスは自身の両膝に手を乗せてテーブルに額が着きそうなほど深々と頭を下げる。それが、彼個人もしくは一族にとっての「いただきます」なんだろう。
フィラスにとっても僕の「いただきます」は不思議なものなんだろうけど、異文化を気にすることなく、彼は頭を上げると自然にフォークを手にしている。僕も彼の挨拶儀式を追求したいとは思わないし、同じようにフォークを持った。
「フォークだけでもいいし、食べづらかったらナイフを使ってもいいよ。このふわふわの生地を一口分取ったら、この白いのを付けて食べるんだ」
フォークとナイフは自動翻訳されるけれど、クリームはされない。自動翻訳される基準は相変わらず謎だけど、だいぶ慣れてきた。フィラスは僕の指示通りに一口分のシフォンケーキをフォークで切り分け、生クリームをたっぷり付けて口に運んだ。すると、ケーキを噛みしめた彼は両目をきゅっと瞑り、幸せそうに見悶える。
「う……っ、うみゃ、あ、ああああああ」
「ふふっ、……美味しい?」
「うま、うまま、お、おおっ、お、おいしい!」
「それは良かった」
通常の生真面目な態度と、こうして語彙力を失って興奮している姿とのギャップが、面白いし可愛い。微笑ましく見守っていると、フィラスは我に返ったように赤面し、照れ笑いを浮かべた。
「す、すまない」
「気にしないで。そんなに喜んでもらえるなんて、僕は嬉しいよ。それに、フィラスのそういうところ、楽しいし可愛いと思う」
「……ミカは、あの方と同じことを言ってくれるのだな」
「……あの方?」
「巫女様だ。……ん、茶もまろやかでうみゃぁぁぁ」
カボ茶オレを飲んで一瞬だけ恍惚とした表情で言葉がとろけたフィラスだけど、すぐに気を取り直す。そして彼は、昔を懐かしむ表情を浮かべた。
「オレは昔からこんな奴で、幼い頃はからかわれて苛められたりもしていた。そんなとき、あの方は颯爽とオレを助けてくださった。楽しくて可愛いからいいと思う、と。ミカと同じことを仰っていた。……あの方がまだ巫女様に選ばれる前の、オレからも名前をお呼びして砕けた口調で話したり遊んだりしていたときの、遠い日の思い出だ」
「巫女になった人の名前は呼んじゃいけないの?」
「ああ、そうだ。気軽に御名前を呼ぶことなど、許されない。気軽にお話をすることも、許されない。──なぜ、あの御方が巫女様に選ばれたのか。名誉なことなのだろうが、オレは……」
フィラスはどことなく悔しそうにフォークを握りしめる。幼い頃から共に遊んでいたサリハさんが遠い存在になり、彼女に残された命の時間が僅かだというのも、彼にとっては納得できないことなんだろう。
「……フィラスは、サリハさんのことが大切で、大好きなんだね」
「ああ、そうだとも。不敬であるが……、オレはあの方を愛している」
あまりにも澄んだ真摯な瞳と、まっすぐな言葉。どこまでも素直で誠実なフィラスは、苦しげに眉根を寄せた。
「──だが、巫女様がお慕いしているのは、別の男だ」




