【6-11】
◇
「ミカは凄いな、とても手際がいい」
「そんなことないよ。器用な人間じゃないから、いつも必死にやってるし」
「謙遜する必要は無い。それに、調理場の中がこんなに綺麗に整理されているなんて、凄い。マリオがいた頃はもっとグチャグチャだったし、オレのいる一族の厨房も常に散らかり放題だ」
食堂で休んでてと言ったのに僕の背を追って調理場まで付いてきたフィラスは、目を輝かせて周囲を見渡し、僕がお茶を淹れているのを見て謎の感動を噛み締めていた。
カミュやジルのような長身ではないけれど、僕よりは背が高い──たぶんイラさんと同じくらいの背丈のフィラスは、体つきが筋肉質なこともあり、パッと見た印象はちょっと怖いというか迫力がある。けれど、会話を交わしてみると、とても人懐っこくて親しみやすい、大型犬のような愛らしさのある人だった。
「これは……変わった焼き菓子だな?なんだかふわふわしている」
「僕の世界ではシフォンケーキって呼ばれていたものなんだよ。サリハさんたちにも出すけど、僕たちの分もあるから、後で一緒に食べようね」
「ひふぉ……、ふぁぁ……」
フィラスは金色の瞳を最大出力で煌めかせながら、語彙力を失い、シフォンケーキを見つめている。初めて作ったとき、カミュも同じような表情で絶句していたなぁと懐かしくなった。
僕の知るシフォンケーキのレシピでは、ふわふわ感を出すには材料を根気よく強く混ぜることが大事で、ハンドミキサーが必須だったのだけれども、カミュに手伝ってもらうと魔法で手早く生地が作れる。材料自体はシンプルだから、今までもおやつとして何度か作っていた。サリハさんたちに出したら喜ばれるのでは、と提案してくれたのはジルだ。
「す、すごいな、これは……! 我が一族の間で主流の焼き菓子は、固くて歯ごたえがあって日持ちするようなものばかりだ。このようにふわっふわなものは見たことが無い! マリオもこれは作っていなかった!」
「ふふっ、そうなんだ。味も気に入ってもらえたら嬉しいな。この生クリームをつけながら食べるんだよ」
「にゃっ、ぬ、な、……なんだ、この、石鹸をなめらかに泡立てたときのようなコレは!?」
「クリームだよ。甘くてとろっとしてて、シフォンケーキと相性がいいんだ」
「ふぁぁ……」
フィラスは再び言葉を失って、恍惚とした表情で放心している。すごく期待してくれていそうで嬉しいけれど、お口に合わなかったらどうしようという一抹の不安もあった。
しかし、そんな僕の不安など知るはずもないフィラスは、とても無邪気な笑顔を見せる。
「ミカは本当に凄い。それこそ、料理を作る専門の魔法使いのようだ」
「もう……、大げさだよ」
「いや、本当に、本当に、そのくらい凄い。……だから、巫女様にたくさん召し上がっていただきたい。巫女様は、幼い頃から美味しいものがお好きなんだ。…だから、ミカ、オレの分も巫女様に差し上げてくれないだろうか」
「えっ……?」
「少しでも、巫女様を喜ばせて差し上げたいのだ。少しでも、たくさん。残された時間の中、少しでも多く、幸せを感じていただきたい」
残された時間。──その言葉が持つ重みが、僕の胸にもズシンと伸し掛る。サリハさんが生きるのを許された時間がどれ程なのか、正確なことはまだ分からないけれど、少なくとも一年未満であることは分かっている。
従者として、とても辛いだろう。……でも、直感ではあるけれど、フィラスの中には主従の情以上のものが宿っているように思えてならなかった。
「……フィラス。あのね、サリハさんがお腹いっぱいになるくらい、シフォンケーキはたくさん焼いてあるんだよ。それに、『創世大戦』の勝負が始まった後も、僕はごはんとかおやつとか張り切っていっぱい作るよ。……だから、フィラスにも食べてほしいな」
「だが……」
「今回が、サリハさんにとって最後の魔王との勝負なんでしょ? だからこそ、フィラスにも食べてほしいんだ。サリハさんに美味しいって言ってもらえるように頑張るから、彼女が何を食べて美味しいって言ったのか、そして、それがどんな味だったのか、覚えていてほしい。……共有した味も、大切な思い出になるから」
悩ましげに僕の話を聞いていたフィラスが、最後の言葉に反応してハッとした顔になる。食い入るように見つめてくる彼へ頷いて見せ、僕は言葉を続けた。
「僕も、とても大切な人を喪ったことがある。一緒にいられた時間は少なかったけど、その後の僕の人生において、とても影響を与えてくれた人を。……その人と一緒に食べたものとか、その人が好きだった飲み物とか、不意に思い出してはそれを食べたり飲んだりして、味覚と一緒に大事な記憶も噛みしめる。そういう時間って、切ないけど、同時に心の支えにもなるから。……フィラスも、大切な人と共有した味を覚えていてあげて。食べたくなったら、また此処に来てくれれば、作ってあげるから」
「……だが、魔王と勝負をしない者が此処を訪れるわけには……」
「勝負すればいいよ。負け戦だっていいじゃない。きっかけにはなるでしょ?」
出過ぎた真似をしている自覚はあったけれど、ついついお節介を言ってしまったのは、置いて行かれることを恐れている彼に、かつての自分が重なってしまったからだろうか。
もしかしたら、余計なお世話だと怒られるかもしれない。そう覚悟していたけれど、フィラスは優しく笑ってくれた。
「ありがとう、ミカ。本当にありがとう。オマエは、オレの心の友だ。この恩は、決して忘れない」
「いや、恩も何も、僕はまだ何も……」
「友よ、ありがとう。オマエは、オレの気持ちを救ってくれた。──オマエの味を、いただこう」
僕の右手を、フィラスが両手でギュッと握ってくる。大きな手から伝わる温度があたたかくて、僕の心も包まれたようにポカポカになった。




