【6-10】
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第六星図期間に入ってから一番酷い大雨の日に、その客人たちはやって来た。カミュの聴力のおかげで到着よりだいぶ前に来訪予測が出来たから、お茶菓子の用意は間に合ったけれど……、僕にとって初対面のお客様を迎えるのは久し振りだから、緊張してしまう。
「大丈夫ですよ、ミカさん。サリハ様もフィラスさんも怖い方ではありませんから」
「そうだ。マティアスと仲良くなれたのだから、サリハたちの相手など容易いだろう」
玄関ホールで共に待機している悪魔と魔王に励まされたとき、外で馬車が止まる音が聞こえた。思わず背筋を伸ばしてしまう僕の肩を、ジルとカミュが片方ずつぽんぽんと撫で叩く。近くの装飾品の上に乗ってこちらを観察しているクックとポッポも、応援するかのような鳴き声を聞かせてくれた。
馬車が厩舎のほうへ走っていく音が遠ざかると同時に、カミュが扉の前へふわりと飛び、恭しく開く。そこには、褐色肌が印象的な黒髪黒眼の小柄な少女と、同じく褐色肌ながら金髪金眼の青年が立っていた。どちらも特別美形というわけではないけれど、つい目を惹き付けられる不思議な魅力を纏っている。
「魔王、出迎えいただき感謝する」
サリハさんと思われる少女は、カミュに軽く会釈をしてから城内に足を踏み入れ、ジルの前へ進み出て、膝を曲げて腰を落としながら挨拶をした。──地球でカーテシ―と呼ばれていたものと、体勢がよく似ている。カーテシ―はロイヤルな立場の女性同士の挨拶だった気がするけれど、この世界ではそういうわけではないんだろう。
「長旅、ご苦労だった。今年もお前との勝負を受けられること、喜ばしく思う」
ジルの労いの言葉は、魔王らしいものではないのかもしれない。それでも、歓迎の意を示したい気持ちは、よく分かる。サリハさんは姿勢を正して控えめに微笑み、まっすぐにジルを見つめた。
「魔王との勝負は、今回が最後になる」
「……何だと?」
「来年の今頃には、ワタシはもうこの世にはいない。精霊から、そうお告げがあった」
「……、……そうか」
ジルもカミュも、そして僕も、表情に変化を出さないよう咄嗟に気をつけたけれど、内心で衝撃を受けて動揺したのは共通だと思う。掛ける言葉を探して視線を彷徨わせていたジルは、ふと、入口に佇んだままの従者へ目を留めて、彼へ声を掛けた。
「フィラス。お前も、長旅ご苦労だった。こちらへ来るといい」
「はっ。入城許可をいただき、ありがとうございます。失礼いたします」
金髪の青年は恭しく頭を下げてから、どことなく沈痛な面持ちで中へ入ってきた。とても礼儀正しい態度には誠実な空気しかないから、なんともいえない表情をしているのは、主君の命の終わりが見えてきているのがやるせないからなのかもしれない。
僕もなんとなく切ない気持ちを抱えていると、褐色肌の主従が揃ってこちらへ視線を向けてくる。見慣れない奴がいるなと思われているのかもしれない。僕は姿勢を正して挨拶した。
「初めまして。第一星図期間の中程より、こちらで食事係を務めている海風です。よろしくお願いします」
王族だったマティ様に対するものよりは、ラフな挨拶にしたつもりだ。でも、相手の二人はジルに向けていたものと同じ仕草で挨拶をしてくれる。
「お初にお目に掛かる。我が名は、サリハ。こちらは、従者のフィラス。共に、ワスティタ族の者である。数日ほど滞在し、貴殿にも世話を掛けることになるだろうが、よろしくお願い申し上げる。ミカ殿」
「主より紹介がありました通り、我が名はフィラスでございます。主が魔王様との勝負を行っている間、ミカ様にも何かとご迷惑をお掛けするかと存じますが、何卒、よろしくお願い申し上げます」
まさか、そんなに丁寧に挨拶されるとは思わず、僕は慌てて深々と頭を下げた。
「ごっ、ご丁寧にありがとうございます……! でも、そんなに畏まっていただくような立場の人間ではないので、気安く接していただけると嬉しいです……!」
「では、お言葉に甘えて、お互いにそうさせてもらおう。ミカも、同じように親しく接しておくれ。……フィラス。アナタもミカとは気安く接するといい」
「畏まりました、巫女様。……では、改めて。よろしく頼む、ミカ」
「うん。よろしく、フィラスさん」
「こちらの名も呼び捨ててほしい」
「あっ、うん。……よろしくね、フィラス」
差し出された手をそっと握って、握手を交わす。フィラスの手は僕よりも大きくてゴツゴツしているけれど、優しさに満ちていた。
僕たちの握手を微笑ましそうに見守っていたジルは、その後、カミュに目配せする。魔王の視線の意味を把握したのか、美しい悪魔はコクリと頷いて、サリハさんの前へ進み出た。
「それでは、サリハ様は遊戯室へご案内いたしましょう。フィラスさんは、ミカさんと一緒に食堂でお休みくださいね」
フィラスは主君であるサリハさんと同じテーブルに着いて飲食が出来ない、という情報は、僕も事前に聞いている。お茶の支度を整えたら、取りに来たカミュに渡してお給仕は任せて、僕はフィラスと一緒にお茶をするという打ち合わせをしてあるんだ。
「僕たちはこっちだよ、フィラス」
「ああ、ありがとう、ミカ」
先導し始めると、フィラスは気持ちのいい爽やかな笑顔でついて来た。




