【6-1】
しとしとと、雨が降る音が聞こえる。
──以前は、雨音があまり好きじゃなかった。落ち着く音だと言う人もいるけれど、僕にとっては、孤独感を増長させるものだったから。雨音がはっきり聞こえれば聞こえるほど、それだけ静かな空間にひとりぼっちなんだという証のようで。いつも、淋しかった。
でも、今は違う。
廊下の窓から外を眺める僕の両肩には、それぞれクックとポッポが乗っている。屋内で普通に生活できるようになった愛鳥たちは、いつも僕の後をついてきて一緒にいてくれる。
それに、過保護な魔王と悪魔も、何かと僕のことを気に掛けてくれるし、一緒に時間を過ごしてくれる機会も多い。
押し付けがましいわけではないし、一人の時間も尊重してくれているから、気疲れも孤独も無い幸せな日々を送っている。──そして、いつしか、雨音も穏やかな気持ちで聞けるようになっていた。
「今日も雨だね」
「クッ」
「ポッ」
「日本の梅雨と違ってジメジメしてないし、ちょっと涼しいから、過ごしづらいわけじゃないけど……、でも、お日様が恋しくなっちゃうなぁ。この世界では梅雨とは違うかもしれないけど、でも、今の時期って梅雨っぽいんだよね」
異世界の気候の話なんか聞かされても、魔鳥たちには意味が分からないだろう。それでもクックとポッポは健気に頷き、僕の頬に自分たちの頬をすりすりしてくれた。可愛い。
「ああ、ついボーッとしちゃったね。そろそろ、ジルの部屋に行かないと」
「クッ!」
「ポッ!」
魔王の名を聞いた鳥たちは、僕の肩から飛び立ち、早く来いと言わんばかりに先導して行く。最上階の廊下を進み、ジルの部屋の前に到着すると、クックとポッポは大きな扉をくちばしでノックした。
扉が傷みそうだし、くちばしにも良くないんじゃないかと思って、やめさせようとしたこともあったけれど、ジルは気にせずやらせてやれと言うし、魔鳥たちのくちばしはとても頑丈でまったくの無傷だから、好きなようにさせている。
馴染みのノック音が響き始めてすぐに、内側からドアが開かれた。全身真っ黒で長身の魔王──ジルがのそりと顔を出し、僕たちを見下ろしてほんのり微笑む。
「おはよう」
「おはよう、ジル」
「クッ!」
「ポッ!」
朝の挨拶を交わし合うと、ジルは、僕・クック・ポッポの順に頭を撫で、満足そうに笑みを深めた。
「うん、みんな健康そうだな。……ミカは、頭痛は大丈夫か?」
僕が以前、地球では雨の日が続くと頭痛がしていた、という話をしたのを覚えていてくれたんだろう。優しく問い掛けてくれたジルへ、頷きながら返答する。
「大丈夫だよ、ありがとう。気候が違うからかな、ここの世界の雨はそんなに体調が悪くなる感じがしないんだ」
「そうか。それならいいが、無理はせず、少しでも辛かったらちゃんと休んでくれ」
「うん、分かってる。ありがとう。……ね、身支度はもう大丈夫? 平気そうだったら、食堂に行こう!」
「ああ、大丈夫だが……、ぅわっ、なんだ、お前たち」
僕のうずうずした様子が伝染したのか、クックとポッポがジルの服の袖を咥えて、早く来いと言うように引っ張り始めた。困惑しながらも振り払ったりしないジルは、今日も今日とて優しい魔王様だ。
「クック、ポッポ、ジルを離してあげて。ほら、おいで」
「クッ、クッ」
「ポーッ」
肩を叩いてみせると、愛鳥たちは楽しげにさえずりながら僕の肩に飛んできて乗り、器用にバランスを取りつつドヤ顔を披露する。ジルはそれを眺めて、溜息まじりに苦笑した。
「なんだか、やけにはしゃいでいるな。元気なのはいいことだが……、何かあったのか?」
「たぶん、カミュのご機嫌にクックとポッポも影響されているんだと思う」
「……カミュの?」
「うん。……ふふっ」
朝ごはんの支度をしている最中、ずっと目をキラキラさせてそわそわしていた美しい悪魔の可愛らしい姿を思い出して、つい笑ってしまう。ジルがじっとりとした視線を向けてきているのに気付き、僕は「ごめんごめん」と謝った。
「……皆して、随分と楽しそうだな」
「ジルを仲間外れにしているわけじゃないよ。今日の朝ごはんは、ジルも好きだと思うんだ。それにね、主食には君たちに馴染みのあるものと初めて作るものの二種類を用意してるんだけど、それは同じ仲間同士なんだ」
なぞなぞというわけじゃないけれど、少し含みを持たせた言い方をしてみると、思った通り、ジルは興味深そうに黒目を瞬かせる。
「仲間? 同じものを二つ作ったのか?」
「ううん、違うよ。全く同じじゃないんだけど、分類は同じなんだ」
「んん……?」
「ちなみに、食パンを使ってるよ」
食パンと聞いた瞬間、漆黒の瞳に眩い光が宿った。この城の魔王と悪魔と魔鳥たち──つまり、みんな、食パンが大のお気に入りらしい。だから、朝食メニューを知っているカミュは食堂でわくわくしながら待っているだろうし、食パンのおこぼれを貰えることを期待しているクックとポッポもテンションが高いんだ。ジルもつられてそわそわし始めたから、食パンの力は偉大だよね。
「カミュも待ってるから、少し早歩きで行こうか」
「ああ。……だが、ミカが転ばない程度の速度でな」
「大丈夫、大丈夫。そう簡単には転ばないよ」
和やかに笑い合った僕たちは、いつもよりほんの少し速く歩いて、食堂を目指した。




