【5-23】
◇
「どうかな……? 美味しそうに見える?」
完成したおやつを乗せた皿と傍らに立つジルの顔を交互に見ながら、不安と共に尋ねると、魔王は柔らかい微笑を浮かべて頭を撫でてきた。
「ああ、とても美味そうだ」
すぐに返された答えに、ほっとする。
──昼食後、僕はジルに手伝ってもらいながら、カミュのためのおやつを作っていた。フレンチトーストだ。パンに卵液を染み込ませている間にカボ茶を飲みながら休憩したけれど、今日は昼食作りも含めてジルはずっと調理場に立っているし、そもそも彼の時間を貰いすぎている。それを思うと、安堵と達成感ばかりに浸っていられない。
「ジル、今日は殆ど魔王の仕事が出来ていないんじゃない?たくさん時間を割いてもらっちゃって、ごめんね。どうもありがとう」
「気にするな。こんな日があったっていい。それに、魔王の仕事などそんなに無い」
「でも、ジルは個人的に色々と管理してるでしょ?今日はカミュも手伝える状態じゃなかったし……」
「気にしなくていい。どちらにせよ、クックとポッポを休ませねばならない以上、今日は諸々の作業を放棄しようと思っていた。──ああ、別にお前たちを責めているんじゃない。気にせず、あと数日はゆっくりと体を休めてくれ」
窓際のテーブルに載せられた籠の中では、クックとポッポが身を寄せ合って休んでいる。申し訳なさそうな顔をしている魔鳥たちへ、ジルは温かな言葉を掛けてあげていた。そして彼は、完成したフレンチトーストを微笑ましげに見下ろす。
「とても美味そうだな。カミュが羨ましくなる」
「後でジルの分も作るよ」
「いや、今日はいい。今日は、あいつのために作ったということにしてくれ」
「うん」
食パンを分厚く切って、しっかりと卵液に漬け込み、弱火でじっくりと焼いたフレンチトースト。ジルが魔法で上手く調整して漬け込み時間を短めにしてくれたけれど、半日くらい漬け込んだのと同等のとろとろ具合に仕上がった。バターをたっぷり使って時間をかけて焼き、最後に表面だけ強火に当てたから、外はカリカリで中はじゅわっとした食感になっているはずだ。
たっぷり掛けた花蜜のてらてら感も、より美味しそうに見せてくれている。砂糖漬けの食用花で飾りつけると、華やかで可愛らしい雰囲気になった。
「元気になってくれるといいなぁ」
「なるだろう。ならなかったら、俺があいつを殴ってやる」
「もう……、そんなこと思ってないくせに」
彼らしくない冗談は、僕の緊張を解すためのものだ。それが分かっているから、思わず口元が緩んでしまう。すると、それにつられて肩の力も抜けた。
「殴るかどうかは保留にしておくとしても、カミュが元気になるのは確かだと思うぞ。こんなに眩いミカの真心を受け取ったら、感動して泣くかもな」
「えっ……、出来れば笑ってほしいんだけどなぁ」
「感動の涙なら、悪いものじゃない。心の中に溜め込んだものを笑い飛ばして吹っ切るか、涙で押し流すかの違いなんだから」
そう言って、ジルは近くのトレーを引き寄せ、フレンチトーストの皿を乗せ、片手で持つ。そして、もう片方の手で軽く僕の背を押した。
「カミュの部屋まで送っていく。ミカを一人には出来ないからな」
「うん、ありがとう」
「うん。……お前たちは、そこで休んでいろ。後でまたミカも戻ってくるからな」
ジルに声を掛けられたクックとポッポは、小さくキュイッと鳴き、じっとこちらを見つめてくる。僕は愛鳥たちと視線を合わせ、頷いた。
「クック、ポッポ、また後でね。僕はジルと一緒だし、行先はカミュの部屋だから、何も心配無いからね」
「クゥ……」
「ポー……」
行ってらっしゃいと言うように可愛らしく鳴いた鳥たちは、そっと目を閉じる。納得して、休養のために眠ることにしたんだろう。
ジルと頷き合って、静かに調理場を出て、そのままカミュの部屋を目指す。彼の私室は、本館二階の端の方にある。私物が殆ど無いからと狭めの部屋を使っていて、何度か中に入れてもらったことがあるけれど、確かにミニマリストのような部屋だった。
「……カミュ、寝てたりしないかな。もしそうだとしたら、起こしたら可哀想だよね」
不意に浮かんだ懸念を口に出すと、ジルは静かに首を振る。
「あいつは、あれだけ落ち込んだ後に不貞寝できるほど図々しくも器用でもない。起きてるだろう」
「そっか」
「大丈夫だ。カミュは、ミカをとても大切にしている。お前の訪問を無下にしたりなんかしないさ。……もし、何か意地の悪いことを言われたら、俺に報告しろ。あいつを殴ってやるから」
「もう、ジルってば。……ふふっ、ありがとう」
緊張が完全に無くなったわけじゃないけれど、ジルのおかげでだいぶ気持ちが解れたところで、カミュの部屋にほど近い曲がり角まで来た。そこでジルは、トレーを僕に手渡してくる。
「俺は、ここで見守っている。カミュの聴力なら、俺たちの足音は既に察知しているだろうから、訪問されることは把握しているはずだ」
「うん、分かった」
「大丈夫だ。……行ってこい」
「うん。行ってきます」
ジルに笑いかけてから、トレーを両手で持ち、カミュの部屋の前まで歩き、ドアの前に立つ。ノックしようか声を掛けようか悩んでいる間に、カミュが部屋の中から扉を開けてくれた。
「ミカさん……」
不安気な眼差しで見下ろしてくる悪魔は、相変わらず美しいけれど、とても疲れているように見える。でも、カミュが自らドアを開けてくれたんだよね。そこに希望を見出して、僕はトレーを掲げ持った。
「カミュ、一緒におやつを食べない?」




