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魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん  作者: 羽鳥くらら
【第5話】君に捧げるフレンチトースト
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【5-17】

「イラさん! ……っ、カミュ!?」


 そこには、信じられない光景があった。

 イラさんが精霊の加護で空中にぽっかりと開けた穴から、紅い髪の美しい男が無機質な表情で上半身だけを出し、腕を伸ばしている。その腕の先では、女盗賊の細い首が大きな手によって絞め上げられていた。

 ──つまり、カミュがイラさんの首を片手で絞めている。


「カミュ、何してるの!? イラさんを離して!」


 僕が声を上げると、そこで初めてこちらに気付いたとでも言いたげに、赤い瞳が気怠そうに視線を向けてくる。目が合った瞬間、ゾクリとした。


 彼は、本当にカミュなのだろうか。


 こんなに冷えた眼差しを向けられたことなんて、無い。視界に僕を捉えているはずなのに、ふわりと微笑んでくれない。それどころか、いっそ睨まれている気さえしてくる。


「ああ、ミカさん。ご無事でしたか。良かったです。心配していたのですよ」

「カ、カミュ……」

「少々お待ちくださいね。この者に相応の罰を与えたら、すぐに帰りましょう。ミカさんは生きていらっしゃいましたから、殺すのはやめておきましょうか。……まぁ、場合によっては死んだほうがマシだと思われるかもしれませんが」


 ──怖い。

 口調は柔らかいのに、顔は氷のように冷えきっているし、声音は穏やかだけど感情が無くて、言葉の内容には彼らしい優しさが欠片も無い。

 僕が知っているカミュと、目の前にいるカミュが、同一人物だとは思えなかった。──ただ、彼がとても怒っているのだというのは、ひしひしと伝わってきている。その静かな憤怒が、僕を恐怖させた。


 ……でも、怯えている場合じゃない。足をすくませている間にも、イラさんは首を絞められているんだ。僕は意を決して二人へ駆け寄り、カミュの腕へ飛びついた。


「カミュ、イラさんを離してあげて!」

「……そうですか。ミカさんがそこまで仰るのであれば」


 カミュは僕の手をやんわりと外させると、おもむろかつ無造作にイラさんを床へと放り投げる。イラさんは床へと放り出されてすぐに激しく咳き込み、身体を丸めた。それを冷ややかに見下ろしながら、カミュは完全に穴から出てきて、姿勢よく立つ。黒光りしている翼が、妙に禍々しく見えてしまった。


「……では、貴方の代わりに、あそこの少女の四肢でも引き千切りましょうか」


 カミュの氷点下の視線が、僕の背後を捉えている。ハッとして振り向くと、扉の影に身を隠したリュリちゃんが怯えた顔でこちらを凝視していた。


「殺しはしませんよ。ただ、それなりに血は流れるでしょうし、苦痛も味わうことになるでしょうが」

「何……を……、何を言ってるんだ、カミュ! あんな女の子に……! 冗談でも言っていいことじゃないよ!」

「冗談など言っておりません。私は、いたって本気です」


 そう言って、カミュは冷笑を浮かべる。今の彼は本気で、イラさんやリュリちゃんのことを「どうでもいい存在」だと認識しているみたいだ。

 ──悪魔だ。

 僕は初めて、カミュが「悪魔」と呼ばれている種族の一員なのだと理解してしまった気がする。今まで、便宜上というか、簡易的な区分のような感覚で、脳内でカミュを悪魔にカテゴライズしていた。でも、彼は「魔の者」であり、決して「悪魔」ではないと思っていた。


 でも、今。目の前にいるカミュは、悪魔と呼ばれても否定できないオーラを垂れ流しているし、言動もおかしい。──そう、おかしい。正気じゃない。今のカミュは、カミュであってカミュではない。本来のカミュらしさが、消えてしまっている。

 それは、怒りのせいなのだろうか。

 そうだとしたら、カミュがこうなってしまった責任は、あっさり攫われてしまった僕にもある。なんとかしなければ。なんとかしなければ。魔力も腕力も無いけれど、どうにかしてカミュを止めなければ。


 僕が立ちすくんでグルグルと考えている間に、カミュは少しずつこちらへ──、というか、僕の後ろにいるリュリちゃんを目指して歩き始める。あえてゆったりとした足取りなのは、人間たちの恐怖心をより煽るためだろうか。

 すると、唐突にカミュの歩みが止まる。いつの間にか、彼に這うようにして近付いたイラさんが、カミュのズボンの裾を握っていた。


「あの子には……、手を出すな……! あの子は、私の宝だ……!」

「──それを、貴方が仰いますか?」


 カミュの纏う空気が何段階も冷えて凍りついた、かと思いきや、次の瞬間には噴火したかのように一気に憤怒を迸らせる。


「先に宝を盗んだのは貴方だ! ただの金品であれば見逃せたものを、よりにもよって! あの城の! 私たちの! 一番の宝を盗んだのは貴方だ!」


 喉が切れるんじゃないかと心配になるほどの勢いでの怒声を聞き、イラさんはハッとしたように目を見開く。そんな些細な変化など気づかないと言わんばかりに、カミュは更に言葉を重ねた。


「盗んだばかりか、怪我までさせた! 浴場に滴り落ちていた血痕を見たときの我々の気持ちがどうであったかなど、盗人には分からないかもしれない! 傷ひとつ付けたくない大切な存在を傷めつけられる苦しみを、貴方も味わいなさい! 胸を掻き毟りたくなる苦しみをとくと味わえばよいのだ!」


 感情の昂ぶりのままに手を振り上げたカミュへ、僕は無我夢中でしがみついた。

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