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01-03 雷帝と麗氷と・2

 ファミリアの仲間達と挨拶を交わしていると――突然背後に唯ならぬ気配を感じる。


「――ふん。仲良しこよし、まるで初等グレードの学級会じゃな」


 低くドスの効いた声。

 新生活に胸躍らせる晴やかな気分が一瞬にして凍りつく。

 驚いて振り返ると、冷たく威圧的な目で私を見下す大柄の老人が立っていた。



 ……マスター・クァイエン。


 獲物を品定めする獅子の如き眼差しで、カルーナ・ファミリアの面々を威嚇するその顔は……随分とお酒を飲んでいるのか赤く紅潮している。


「まったく。最近の魔工学界隈はどうにかしておる。戦争も知らんようなこんな小娘を持ち上げて"美人すぎる女性マスター"だと? 平和ボケも良い所じゃ」


 そう言ってもう一度私達を見渡すと、嗤笑するように鼻で笑う。

 あまりにも横柄な態度に、さすがに何か言い返そうと息を吸ったけれど――百戦錬磨の"雷帝(らいてい)"と呼ばれたその迫力に気圧され思わずそのまま息を呑む。

 ファミリアの皆も思わず目を逸らす。



「あら、マスター・クァイエン。わざわざお声掛け頂けるなんて光栄ですわ」


 そんな私達を庇うように、マスターが私達とクァイエンの間に割って入ってくれた。


「平和ボケも良いじゃないですか。戦争の殺し合いで無益に消費していた人的リソースを建設的な研究に向けられるのですから。――もっとも、私達がこうして平和に過ごす事ができるのも、あなた方歴戦の勇士のお陰ですね。感謝しています」


 涼しい微笑みを浮かべ、クァイエンの脅しなんて意にも介していない余裕。

 さすが"麗氷(れいひょう)"の二つ名を持つだけの事はあるわ。


「……ふん、口だけは達者なようじゃの。まぁせいぜい精進せい」


「お気遣い心入ります」


 ドレスの裾をつまみお辞儀をするマスター。

 それを見て、ふんっと嘲笑を一つ残すと、踵を返しクァイエンはその場を去って行った。


 きっと首席指名をしなかった私に嫌味の一つも言いに来たのね。

 私のせいでマスターや皆に嫌な思いをさせたらどうしようかとビクビクしたわ。今後も気をつけないと。


 唐突に現れ場を好き放題荒らし回った災厄が去り、その場に居た全員がホッと肩をなでおろす。


 


 ――ところが。

 次の瞬間とんでもない事が起きる。


「ちょ……アイネ! 早くっ……死ぬ!」


 なにやら騒がしい声が聞こえ、すぐ傍のテーブルを見ると食べ物を喉に詰まらたらしく胸元を抑えて涙を浮かべているマスター・ジンの姿が見えた。


「マスター! 飲み物、飲み物!! もぉ、慌てて頬張るからですよ!」


 彼のために離れたテーブルから、飲み物を持って戻ってくるアイネ。

 慌てて小走りする彼女が――急に踵を返したマスター・クァイエンとぶつかってしまった。


「キャ!」


 アイネの持っていたグラスから飲み物が少し零れ、クァイエンのズボンに小さなシミを付ける。


「あっ!! ご、ごめんなさい!! 大変、シミになっちゃう!」


 咄嗟にテーブルに飲み物を置き、ハンカチを取り出すとしゃがみ込んでアワアワとクァイエンのズボンを拭くアイネ。


「……」


 黙ったまま、表情1つ変えずただ前を見つめているクァイエン。


 その様子に、周りの誰もが戦慄しピクリとも動けない。

 場の空気が完全に凍りつく。


「ど、どうしよう……中々落ちない」


 ハンカチを持ち直し、何度も一生懸命に拭くアイネ。


 やがて――クァイエンが近くのテーブルにあったぶどうジュースのピッチャーを音も無く手に取る。


 こめかみに血管を浮かせ、氷のように冷たい表情のまま静かにピッチャーを胸の前に掲げる。


 そして――



「――キャァ!!」


 足元にしゃがみ込むアイネの頭目掛け、たっぷりと入ったぶどうジュースを一気にぶちまけた。



「……いかんいかん、飲みすぎたか。手が滑ったわ」


 何が起きたのか分からず、髪からポタポタと水滴を垂らしたままポカンとクァイエンを見上げるアイネ。


 薄青色の綺麗なドレスが、ぶどうの色で紫に染まる。



「――おい、あんた! あんまりだろ! ぶつかったのは悪かったが謝ったじゃねぇか!」


 ようやくのどに詰まらせた食べ物を飲み込んだのか、駆け寄って来たマスター・ジンがクァイエンに詰め寄りその胸倉を掴む!


 怖いもの知らずもここまで来ると見事ね。

 クァイエンの胸倉を掴める教師なんて、このテイルには他に居ないはず。

 周りが一斉に息を呑む。



 けれど――さすが”雷帝"と呼ばれキプロポリス中にその名を轟かせた歴戦の戦士。


 身長190センチ近くのある筋骨隆々の老兵は、眉の1つも動かすことなく若僧の腕を締め上げると、片手でそのまま軽々と彼を投げ飛ばした。


 成す術もなく倒れ込み、アイネのすぐ横に転がされるマスター・ジン。


 そんな2人を見下し、クァイエンが言い放つ。


「情けでテイルに置いて貰っておる"大罪人"風情が! このような祝いの席に出てこようなどと思う事自体がおこがましいわっ!! 身の程をしれぃ!」


 その怒号に周囲の皆が思わず肩を窄める。



「て、てめぇ……!」


 怒りを顕にし、立ち上り再びクァイエンに向かって行こうとするジン。


 けれど――その腕をアイネがさっと掴み、力強く引っ張る。


「マスター! やめてください。マスター・クァイエンの仰る通り、私の不注意が悪いんですから」


 俯くアイネの髪からは、まだポタポタと雫が滴っている。


「でも、お前!? 言われっぱなしでいいのかよ!? それにそのドレス、今日のために用意した大事な一張羅だって言ってたじゃねぇか――」


「――マスター!! せっかくのおめでたい場ですから、やめましょう! ……ね?」


 マスター・ジンの話を遮るように一層大声を上げ、顔を上げるアイネ。


 その表情は……。

 怖いのか、悔しいのか。

 震える手を必死に堪えて、精一杯の笑顔を作っている。



 鋭い睨みを利かせ、そのまま無言で立ち去るクァイエン。

 その視界に入らないよう、誰もが慌てて道を開ける。



 マスター・ジンの言う通り、さすがにこれはやり過ぎよ。

 この場に居た全員がそう思ってるはず。


 だけど、テイルの実力者と大罪人。

 どちらの機嫌を取るべきか、天秤に掛けるまでもない。


 誰も何も言わない。

 クァイエンが会場を去ると、会場はさも何も無かったかのように徐々に元の賑わいへと戻っていく。



「……おい、大丈夫か?」


 よろよろと立ち上がり、アイネに手を差し伸べるマスター・ジン。


「……はい! あ、これお酒みたいです! 酔っぱらっちゃいそうだから、私帰って着替えますね」


 手を取り立ち上がるアイネ。


 ……下手なウソ。

 ワインがピッチャーで置かれてる訳ないじゃない。


「家まで送るぞ」


「いえ、せっかくですからマスターは最後まで楽しんでください! 私のせいで変な空気にしちゃってごめんなさい」


 誰に、と言う訳でもなく会場に向かって一礼するアイネ。


 ……勿論誰も彼女のことなんて気にも留めていない。



 アイネはジンの手をそっと振りほどき、独り会場を後にする。


 ホテルの従業員が何事も無かったように淡々と床の掃除を始めた。

 その頃には会場はすっかり元通りの活気に戻っていた。



 ……なんだろう。

 皆にとっては、酔っぱらった爺さんが躓いた道端の石ころを怒鳴りながら蹴飛ばした程度の事なんだろうか。


 あの子は……私の幼馴染は、皆んなにとって石ころ以下の存在なんだろうか。


 何より。

 それをただ黙って見て見ぬふりしている私は――ここに居る他の人達と……一緒なんだろうか。



 そんな考えがグルグルと頭の中を巡り、その後の事はあまり覚えていない。

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