その娘、魔導師見習い
ルディリアは食事を終えたあと、討伐までの間にクラウストの書類整理や、今討伐の情報整理やら伝達やらの仕事を熟しているとクラウストのテントに大量に積み上がっていた書類は約1時間で姿を消した。
それらは各管轄の騎士の元へと集まり、そちらが大忙しになっている状況となった。
そこで一旦クラウストは手を止め、今討伐の指揮の任が全うできるようにと討伐前に辺りを見回ることにした。ルディリアもまたクラウストと共に結界周辺を見回る。
そうして特に問題もなく時間が過ぎ、いよいよ討伐の時間となった。
18時――討伐開始時刻である。
木作りの簡易なお立ち台が用意され、その上でルディリアはクラウストの隣に立っていた。クラウストのお立ち台の端、その左右には赤いローブに身を纏う各部隊長達が揃っている。
一段下には綺麗に整列した騎士達。
その中には結界を張っていた彼らや、怪我を負っていた騎士達の姿がちらほらと見受けられた。勿論その中には食事の配膳を行ってくれたジャックルも並んでこちらを見上げている。
クラウストは拡声魔法を使い周囲の騎士達の士気を上げつつ今回の討伐の作戦を指示している。作戦の内容は大きく3つ。
1、前衛部隊を大きく4つへ分け、前方、左方、右方から来る敵の対処と後方の確認。その情報共有。
2、魔法支援1人、魔法攻撃要員1人、を含めた5名ほどの班を3つ作成し、代わる代わる攻撃を行う。負傷した場合は速やかに後退し、回復魔法をかけて再度前線へと復帰すること。また重傷の場合は速やかに後方部隊へ連絡を行い、代りの者を班に加えること。
3、後方部隊の魔法攻撃の合図に併せて攻撃、後退を行うこと。また、後方部隊の根幹はヒースロッド騎士団長補佐の魔法とする。
「――以上だ。」
クラウストが締めると、あちらこちらから驚愕の声が漏れる。
先ほどまで負傷していた騎士の治癒を行っていた人物が今回の討伐の要であることが周知され困惑している様子だ。また、結界魔法に関しての情報を得ている騎士、またはそれに立ち会っていた騎士は驚愕を通り超して敬服する勢いである。
しかし、彼らも状況の分からない騎士ではない。いつ魔物の大群が押し寄せてくるのかも分からない。すぐさま自身の持ち場へと移動し、班の者達と顔を見合わせている。
ルディリアはそんな騎士達を見て、自身の役割が如何に重要で、如何に責任の重いものであるかを再認識する。
戸惑いや驚きの表情を見せてもすぐに受け入れ、自身の役割を全うすべき行動を行う彼らの気概。全てが洗練されているように感じてルディリアは不安を抱く。
この場所に立つのは本当に自身で不足ないのか。他にもっと相応しい者がいるのではないか。
ぎゅっと拳を握りしめる。すると隣から肩を叩かれた。
力んでいたルディリアの身体は、びくりと飛び上がる。
ルディリアが慌ててそちらを見ると、じっとこちらを見つめるクラウストがいた。
クラウストは少しだけ考えるような表情を見せたあと、小さく口角を上げてルディリアの頭をポンポンと叩く。
「まぁ、気楽にやれ。指示通りにさえ動けば問題無い。気負う必要もない。目の前の魔物を葬るのがお前の仕事だ。」
今度はガシガシと少しだけ強い力でルディリアの頭を掻き回すと、そのまま背を向けて歩き始めた。
そんな彼をみてルディリアは思わず顔が緩んだ。
不器用な人だ。
そう思いながらも、彼の優しさに救われた。
先ほどまでの力みはなくなり、身体が軽い。
「…はい。」
ルディリアの返事がクラウストに届いたかは分からないが、ルディリアは表情を引き締めてクラウストの背を追う。
今自分にできる事を行う為に。
全体集合から約1時間――19時。
遠くの方から大量の魔物が近づいてくる気配をルディリアは察知した。
「アルンベルン騎士団長、前方から魔物がきます。約10分後姿を現します。」
「分かった。」
ルディリアの言葉を受けてクラウストの表情は引き締まる。
全体へ向けて指示を飛ばし、討伐準備と忙しなく動く。その横でルディリアはじっと魔物の気配を探っていた。
できる限りの情報を早めに落とすことで何かの役に立つかも知れないと得た情報を次々にクラウストに伝える。
「ドラゴン5体、アーク系の魔物30体以上…全体が千、いえ、2千程と思われます。」
「分かった。引き続き警戒を。」
「はい。」
クラウストが討伐の合図を全体に送ると、空気が張り詰める。どこからか遠くの方で「魔物確認!」と叫ぶ声が聞こえた。
ルディリアは集中するために閉じていた目を開けると、丘の下に広がる荒野の奥から大量の魔物がこちらに向ってきている様子を目視することが出来た。先ほどまでかなり遠くにいた魔物達はもの凄い速度でこちらに向ってきている。
1分、2分と経つと、米粒ほどの大きさだった魔物達は拳大の大きさとなる。とてつもない速度で眼前まで押し迫っている様子、在り在りと見せつける存在感に汗が流れ落ちる。
「ヒースロッド騎士団長補佐、魔法の準備を。」
いつもより少しだけかしこまったクラウストの指示に、ルディリアは大きく頷き魔法を展開する準備に取りかかる。
ルディリアの役目は大量の魔物を魔法によって葬り、結界前に待機している騎士達の負担を最大限減らすことだ。
「準備が完了次第、声をかけてくれ。合図する。」
ルディリアは最大規模かつ、高威力の期待出来る魔法を構築し、それを幾つも展開できるように準備を行う。最初に放つ魔法は食事の後クラウストと共に決めた魔法であり、その効果や範囲、威力などについても報告してあるため、気負うことなく発動させることが出来る。
「準備できました。」
ルディリアが声をかけると、クラウストはうなずき、前方を見遣る。
もう魔物の軍勢は目の前まで迫ってきている。できる限り引きつけ、多くの魔物に魔法があたるようクラウストはじっと堪える。そして、クラウストから合図が出た。
「――放て!」
「今ここに、神の裁きを、天からの雷を。サンダーストーム。広範囲、多重展開。」
ルディリアは魔物の上空に幾つもの巨大な魔方陣を展開させた。
魔法が発動すると、荒野には雷が大量に落ち、竜巻が吹き荒れた。
風の刃で切り刻まれた魔物は身体に大きな傷を作り、雷によってその身を焦がされる。一度落ちた雷は一体だけでなく、周りの魔物も巻き込み被害は拡大していく。
思った以上にこの魔法は効果があったようで、騎士の元まで辿り着いた魔物達も重傷を負っていた。
ルディリアが発動させ続けている間、魔法は止むことなく降り続き、吹き荒れ続ける。その為、騎士達が相手する量も少ない。これ幸いと騎士達は弱り切っている魔物達に止めを指していく。
ドラゴンなどの空を飛ぶ魔物も、吹き荒れる荒野を思いのまま飛ぶことが出来ず落下して雷に身を焦がされている。しかし、流石に皮膚の硬い魔物達は小型の魔物とは違いその場で亡骸となる事なく向ってくる。その為荒野では騎士達が懸命に戦っていた。
ルディリアとともに後方から魔法攻撃を行っている後方部隊は近場の騎士の支援を行い、ルディリアの魔法を避けて向ってくる魔物に攻撃を行っているためかなり優勢である。