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大魔法使いを目指してHighになる  作者: ぽこん
その娘、騎士団長補佐になる
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その娘、治癒師になる


クラウストと別れてからルディリアは医療テントを回り、負傷者の手当に奔走した。


軽傷の者から片腕、片足を失った者、内臓が今にも飛び出しそうな者、意識不明の重体者など、ルディリアは水と光魔法で次々と治していく。


数時間も経てば、負傷者の半数をルディリアが1人で治していた。


最初こそ、周囲はルディリアにそこまでさせる訳にもいかないと遠慮をしていたが、懸命に治療にあたるルディリアを見て次第に思いが変化し始めた。


「できる限りこの方の負担にならない方法で患者を迅速に運ぶ。」


それが周囲の取った行動だった。

自分たちよりも素早く的確に治癒を行うルディリアの手を煩わせないようにと、言葉にしなくとも思いは一致した。


そうして数十時間治癒にあたっていると、夕暮れが近づいてくる。

夜になれば昼間よりも魔物達の活動が活発になり、本格的な魔物討伐の時間となる。


ルディリアは現地に到着してから殆ど休まずに動いているため、既に魔力も半分以上使っている。少し休まねば作戦に支障が出かねない。そう考えて顔を上げると、一斉に治療班の者達がルディリアに話しかける。


「ヒースロッド騎士団長補佐!どうかお休み下さい!」

「ヒースロッド騎士団長補佐、こちらはもう私どもにお任せ下さい。」

「このままでは倒れてしまわれます!」

「もう十分です!」


彼らのあまりの勢いにルディリアは身体が仰け反った。今まで集中力を切らさないようにただ患者だけを見つめていたルディリアが漸く顔を上げたのだ。その真剣な表情に声をかけることも憚られ、ヤキモキしていた医療班の者達はこの機会を逃すまいと、堰を切った様にルディリアに声をかたのだ。これにはルディリアも思わず、両手を挙げて降参した。


「ごめんなさい、皆さんにそんなにご心配をかけていたなんて…。」


「いえ、謝らないで下さい!ヒースロッド騎士団長補佐のお陰でもう軽傷者ばかりです。今夜の討伐にも多くの騎士が参加できるでしょう。感謝申し上げます。」


「い、いえ…そんな…。」



彼らのあまりの勢いに若干恐怖しつつも、ルディリアは時計を確認した。既に16時を回ろうとしている。夕暮れ時だ。


「そういえば朝食べてから何も口にしていなかったな。」と思い出すと、途端にお腹がすく。この後は取敢えず夕食を取り、アルンベルン騎士団長の元へ行くべきだろうと立ち上がった。



「あの、夕食を取りたいのですが場所を教えて頂けませんか?」


ルディリアの言葉に、近くにいた騎士2名が案内に立候補してくれた。そのうちの1人に「食事が済んだ後にアルンベルン騎士団長の元へ報告にあがる」旨の伝言を頼む。そうしてルディリアは夕食を取りにテントを出た。



こういった遠征時は、夜に魔物が活発化することもあり夕食は早くから用意される。時間の空いた者から各々食事をすませることになる。


本日の討伐時間は18時であり、そのため今の時間はかなりの騎士達が食事を取るためにこのテントへと集まっていた。中は既に満員でテントの外に腰を下ろして食事をしている者までいる。これではすぐに食事をすませることが難しいかもしれないと考えたルディリアは何か良い方法はないかと辺りを見渡す。


中で食事をしていた騎士達は少しでも早く、騎士団長補佐に席を譲ろうとその手を早め、掻き込む者までいた。そうした行動をとるのはルディリアに治癒された者、またはそれを見聞きした者たちで、少しでも彼女を休ませたいと思ってのことだった。



ルディリアはそんな騎士達の食事風景をみて、思いつく。

ここで食べられないのであれば、ここの場所ではないところで取れば良い。しかし、騎士団長補佐という立場でテントの外で食べることも憚られる。

食事に来た騎士達を萎縮させてしまうのではないか。

そもそも食事をしている姿を多くの騎士達の目の前に晒すこともなんとなく気恥ずかしい。では、書類仕事でもしながら食べようか?と思いついたところでふと一つの考えがよぎる。


「アルンベルン騎士団長様はもう夕食を済ませられたのかしら?」



ルディリアの独り言のようなつぶやきに、案内を買って出てくれた騎士が答えた。


「アルンベルン騎士団長はお忙しく、未だ執務に勤しんでおられます。食事を取られるのは討伐後になるのではないかと予想されます。」


「そうですか。ありがとうございます。」


ルディリアはそういえば彼に名前を聞いていなかったと思い出し、彼に尋ねると警戒されることもなくすんなりと教えてくれた。いや、むしろ少し嬉しそうな照れくさそうな表情をしていたようにも見える。


彼の名前は、ジャックル・オーエン。子爵家の三男だそうだ。歳はルディリアよりも5つ上だそうなので魔法研究員たちの時のように敬語は止め、名前も気軽に呼んで欲しい旨を伝えると、「恐れ多い」と断れてしまった。

仕方無いので「では、様付けであればいかがです?」と聞けば、少し悩みながらも「公式の場でなければ」と了承してくれた。


「ジャックル様、私はこのあとアルンベルン騎士団長様のお手伝いに向おうと思うのですが、その際にお食事を運んでも問題無いでしょうか?」



ジャックルは少し悩むと、申し訳なさそうな声で返す。


何でも、クラウスト・アルンベルンは信頼のおける者以外からの飲食物は受け取らないのだとか。その為、持って行き損になる可能性もあるという。


「申し訳ありません。公爵家のご子息ということもあってお気をつけていらっしゃるのだと思います。」


「そうですか。では、もし必要なさそうであればジャックル様が食べて頂けますか?」


「それは構いませんが、本当に持って行かれるのですか?」


「はい」



ルディリアは自身の分とクラウストの分の食事を持ち、彼の元へと行くことにした。補佐として、彼には食事をしてもらうべきであり、またルディリア自身も許されるのであれば報告がてら食事を取った方が都合良い。勿論、不敬だとか行儀が良くないと言われる可能性もあったが、彼の兄が兄な為それ自体を拒絶される恐れは低いだろうと考えての事だ。


ルディリアは自分がこのテントの中にいることは良くないと察し、ジャックルに食事を頼み、テントの外で待つことにした。そうしてジャックルと共にクラウストの元まで行くと、思ったよりすんなりと受け入れられた。



「悪いな。気を遣わせた。」


「いえ、寧ろご一緒させて頂きありがとうございます。」


クラウストは書類片手にルディリア達が持ってきた食事に手をつけている。その為、ジャックルには休憩を取るように言い、ルディリアはクラウストのテントで共に食事をとっていた。


「それで、そちらはどうだった?」


「はい、重傷者の治癒は全て終了しています。軽傷者については現在、医療班の方達が尽力して下さっています。今夜の討伐には8割方参加可能の見込みです。また、結界についてですが今の所異常はありません。」


「そうか、助かる。君の魔力は持ちそうか?」


ルディリアはここへ来てから中規模の結界を展開し、既に12時間維持し続けている。更に負傷者の治療を行っているため、通常「魔術師」であってももう限界の域だろう。しかしルディリアは「魔導師見習い」の割にケロリとしている。


「そうですね、現状半分を切った所ですので問題はありません。もし不足してもこちらで対処可能です。」


そう言って首に提げていた金色に輝く大きな魔石をクラウストに見せる。

それは一般的に売っている魔石の何十倍も大きく、色の濃い魔石だった。クラウストは少し眉を寄せるも、ため息と共にそれを流した。


「それにはどのくらい入っているんだ?見るところかなり大きな魔石のようだが。」


「私の10日分が保存されています。今回の遠征では8割消費する見込みです。」


「そうか。こちらでも多少用意はしている。必要の際には声をかけてくれ。」


「承知しました。」


クラウストには8割使用するとは言ったが、ルディリアはこのまま順調に進めば4割方余る見込みが立っていた。その為国から支給された魔石を使うことはないと踏んでいる。

そもそも、国から消耗品として支給される魔石はルディリアの持っているモノよりもかなり質が劣るため、ルディリア自身の魔力が半分も回復しない。


魔石には品質によって保存できる魔力量が変わり、更に耐久精度にも差が出る。国から支給される魔石は空になればすぐに壊れてしまうし、込められた魔力の質が使用者と合わないと使用できる魔力量にも変化が出る。ルディリアは国内でも希に見る質の高い魔法使いの為、外れを引けば1割も回復しない粗悪品となる。



「それで、本題に入ろうか。」


先ほどまで手にしていた資料を横の机に置き、クラウストはジロリとルディリアを見た。

それに気がついたルディリアも食事をする手を止め、何を話そうかと少しだけ考えてみるが、結局彼が知りたい事が不明確な為質問に答える程度で良いだろうと結論づけた。


「何なりと。」と返事をしながら、また食事に手をつけ始めるとクラウストは特に気にする様子もなく話しを続けた。


「あの結界魔法は何処で知った?」


「あれは私が作りました。」


「どのように?」


「通常ある結界を少し改良しただけです。魔方陣をご覧になりますか?」


淡々とした物言いのルディリアにクラウストは眉をひそめるがそれを見せる様に指示した。すると、ルディリアは近くにあった紙にスラスラと展開した結界の魔方陣を描き始める。



遠目で見ても完成度の高いそれにクラウストは「そうじゃないだろ」と自分の好奇心を押さえ込む。クラウストが聞きたいのは「どうやってその魔方陣を組んだのか」ではなく、「どうしてその魔方陣に光の浄化魔法を組み込もうと思ったのか」、「組み込めると知ったのか」である。



数十年前から結界魔法の基礎は固定されており、その性能が高いからこそ今までそれ以上の効果のでる魔方陣を作ろうと思った魔法使いはいなかった。いや、いたところで完成度の高いその魔方陣に何かを組み込んでも、思った効果は期待出来ない。それほどの完成度なのだ。

それをルディリアは自身で考え、更にそれを完成させたと言い切る。だからこそ、騎士でありながら魔法にも精通しているクラウストとしてはその魔方陣に興味が湧いてしまう。



「こちらです。」と渡された紙にはクラウストでさえも眉を寄せてしまうほど複雑で、あまりにも綺麗な魔方陣がかかれていた。



クラウストは言葉がでなかった。


一つ一つ読み解けば、確かに不可能でなく、理解出来る範囲での改良がなされていた。しかし、そこで気がついた。


「何故光だけでなく、水の属性まで入れている?」



「水と光はとても相性が良いのです。他にも、火と風も相性が良い事が分かりました。これは古代魔法学ではよく使われている組み合わせです。様々な実験を行い、確証を得た上の事実です。まぁ、発表はしておりませんので事実とは立証されないかもしれませんが。」


「何故それを公表しない?」


「何通りも組み合わせを実験し、どこまでそれが適用されるのか、どんな例外が出てくるのか。それを一通り調べまとめて提出する時間がないというのも一つの理由ではありますが、私が納得してしまったからと言うのが一番の理由です。」


ルディリアは見つけ出した法則性を日常的に使う程、それらに信憑性があることを知っている。しかし、既に彼女の中でそれに対する興味は薄く、別のモノに入れ込んでいる。

その為、時間と労力をかけてまでそれらを発表するというのは面倒でしかない。


上からやれと命令されれば行うし、それを別の者が発表しても特に気にしないだろう。ルディリアの興味を引くものは、地位や名誉などではなく純粋な魔法に関する知識だからだ。



ルディリアの言葉と表情からそれを読み取ったクラウストはため息をつく。

勿体ないことだと思っていても理解出来るからこそ責められない。しかし、これがもっと早く発表され、一般的に使われるようになっていれば今回の様な遠征だけでなく多くの所で実用化されたかもしれないと思うと、やはり勿体なく思ってしまう。


勿論、ルディリアの魔方陣を見れば難易度がとても高いことも理解出来た。魔方陣の改良もルールが分かったからと何にでも適用出来るわけでもないし、それらを上手く組み合わせる事もまた、容易なことではない。そして、これらの魔法を使用する際の魔力消費量が膨大であることもそれに起因する。


「成る程な。きっかけはなんだ?完成度の高い魔方陣を改良するなど、普通しないだろう?」


じっと見つめるクラウストに、ルディリアは尤もらしい言葉を並べて適当に返そうか悩みはしたものの、この男相手にそれが通じるのか、更に面倒事に巻き込まれる可能性があるのではないかとぐるぐると思考する。


ルディリアは既にこの男の兄にかなり手を焼いているのだ。その弟にまで時間を割きたくはない。どんな答えが一番ルディリアにとっていい結果をもたらすのか、それをじっと考えた。



「古代魔法をご存知ですか?」


「一般知識程度であれば知っている。」


「では、古代魔法の魔法式や魔方陣をご覧になったことはありますか?」


「いや、殆どないな。魔法史の書物に載っているようなモノであれば多少は目にしているが。」



古代魔法とは、大昔に使われていた魔法の事であり、今は使われなくなってしまった魔法技術のことでもある。失われた理由としては魔力消費が激しく、また難易度がかなり高いことが上げられるが、それ以上にとても危険な魔法であるからだ。


「私は、幼い頃から古代魔法について独学ですが研究を行ってきました。なぜこれほどまで優れた技術が失われる事になったのか、何故現在で再現されている魔法が数少ないのか。それらを調べると共に、古代魔法の知識や技術を応用することができないものかと思考を繰り返してきました。その過程で属性の相性や特性について偶然知ることが出来たのです。」


「なぜ国がそれを隠匿しているか、理解していての発言か?」


「ある程度察することは出来ますが、あの頃の私は無知な子供でしたから。」


厳しいクラウストの指摘に、ルディリアは無表情でありながら口角だけを小さく上げた。無邪気な子供のすることだと笑って見せる。


「先ほども申し上げましたが、私はそれらの論説を発表する気も、その時間もありません。今は過去に得た知識を使って魔方陣を改良したり、新しい魔法を作成しているだけであり、悪質な魔法や危険度の高い魔法を行使しようなどとは思いません。必要もありませんから。」


「今回の事は上にも報告するぞ。」


「問題ありません。」


「兄上は、このことをご存じなのか?」


「はい。既に報告済みですし、私の魔法に興味を持ち、別角度からの研究を行いたいご様子でした。」


クラウストがどんな報告を行おうが、どのみちサウスライドが研究と称してルディリアの魔法について報告する為特に問題はない。ただ、報告の内容によっては詰問される可能性がある。しかし、ルディリアはそれすらも問題無いと思っていた。


変わらないルディリアの無表情にクラウストは大きなため息をつく。

目の前の机に肘を置き、頬杖をついてこちらを見ている。クラウストの雪解け水のように透き通る青い瞳の奥で何を考えているのか、ルディリアは見当も付かない。


ただ、それに嫌悪感はなかった。



「討伐まで休むか?」


頬杖をついたまま問うクラウストは、ルディリアの様子をじっと伺っている。


「いえ、よろしければお手伝いさせて頂けませんか?何もする事がなく、じっとしているのは性に合わないものでして。」


クラウストはルディリアがサウスライドの補佐として配属されてから、クラウストの元までも定期的にきていた兄への苦情がパタリと止み、あの部屋が綺麗な状態で保たれていることを思い出す。


あんなにも大量の書類を兄に片付けさせることが出来たのは偏に彼女の能力の高さを指し示していた。その上でどこまでルディリアに情報を公開して良いものかと、ルディリアの金色に輝く瞳を無意識に見つめながら考えていた。


「分かった。」


クラウストがルディリアへといくつかの書類を差し出すと、ルディリアは書類をじっと眺める。渡されたそれは今回の討伐に関する重要書類の一つであることがルディリアにはすぐに分かった。


「これを自身が目を通しても良いものか」と思うと共に、自身の黄色いローブに輝くもう一つの記章をみて全てを飲み込んだ。



この遠征に向けて発行されたルディリアの身分を示す2つ目の記章。

「王国騎士団 騎士団長補佐」の記章である。


ルディリアが遠征に参加することが決定してから申請が通り、出発するまでの短い期間の間にその記章は用意され、ルディリアの胸元で「魔法研究室 室長補佐」の記章の隣で輝いていた。


ルディリアはそれをひと撫ですると「補佐なのだから与えられて仕事を熟そう」と目の前の仕事に向き合う事にした。




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