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大魔法使いを目指してHighになる  作者: ぽこん
その娘、見習いになる
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その娘、室長補佐になる


ルディリア・ヒースロッドが貴族院卒業後、魔法師となるために王城へ試験を受けに来たところ、サウスライド・アルンベルン次期公爵に魔導師見習いの位を認められた。


そして翌日にはルディリア用のローブと記章が用意され、魔法研究室への配属が言い渡された。その肩書きは「魔法研究室 室長補佐」である。


魔法使いとして国から認められるようになって初日でルディリア・ヒースロッドは王宮内で4番目に位置する黄色のローブを着ることとなった。



ローブの色は階級ごとに分けられている。上から紫、青、赤、黄、白、黒、灰。


王宮所属となれば最初は大体、黒か灰のローブが支給される。高位貴族且つ優秀な人物であれば、白か黄のローブが与えられる事もある。しかし、ルディリアは貴族ではあるが、辺境伯家の出であり高位とはなり得ない出自である。

また、長く王宮に腰を据えて地位を確立していくことが予想される者(主に男性)であるならばともかく、学院を卒業したての小娘に黄色のローブを与えるとはプライダル王国はそんなに人材不足なのか?と他国から邪推されかねない。


度惑いを隠しきれないルディリアは、自身にその資格があると認めたサウスライドを思い浮かべる。



気に入られた?――何に?


力が認められた?――いつ?何を見て?


危険視された?――まだ何もしてないはず…。


気まぐれ…?まさかね?権力行使したって私を室長補佐とする意味が分からない。



きっと働いているうちに理解出来るだろうと、ルディリアは王城内に用意された部屋を出て職場となる魔法研究室へと足を進める。

すれ違う度に注目されるこのローブと記章。何度脱いでしまおうかと思ったが、そうすると王城内での行動が制限されてしまうと共に排除される恐れもあるため大人しく、しかし足早に職場へと向う。



正門から見て右の建物の右端の5階。中庭に面している通路の最奥に目的の扉があった。オーク材で出来た木目の美しい扉には「魔法研究室」と横書きされた掛札がついていた。


ルディリアがドアを叩き、ノブを回して引くとガチャリと重い音が響く。その音質からもこの扉がとても重厚な作りなのだと窺える。



「失礼致します。本日よりこちらに配属となりました、ルディリア・ヒースロッドと申します。」



外扉の奥は応接室になっているようで、大きな机が1つと豪華なソファが並んでいる。その他には通常サイズの机が3つあるのみ。そこで数名の研究員が書類仕事をしている。部屋には正面と左右に1つずつ扉がありその奥にも部屋があるのだろう。


ルディリアをみると研究員達は全員が立ち上がり頭を下げた。

ここでは自身よりも位の高い者に対しては身分や人柄関係無く頭を下げて礼節を取ることが決まりのようだ。


「グレイル・ストーンと申します。お初にお目にかかります。ルディリア・ヒースロッド室長補佐。室長は正面の扉の最奥の部屋でお待ちです。」


「ありがとうございます。」


「ご案内しましょうか?」という申し出を丁重に断り、仕事を続けるように言うとルディリアは正面の扉に足を進める。


確かに、この奥にサウスライドの気配がある。

ルディリアはそのまま正面の扉に手をかけ、奥の部屋へと進む。通路を挟んでその最奥の扉に「室長室」の文字があった。


「失礼致します。ルディリア・ヒースロッド出勤致しました。」


ルディリアが声をかけると、部屋の奥からは「どうぞ」と返事が聞こえてくる。


目の前の扉を開けるとルディリアの眼前に広がったのは書類の海だった。所狭しに積み上げられた書類が床の至る所に置いてある。その周りには雪崩でも起きたのか足の踏み場もないほどに複数枚の紙が散らばっている。応接用のソファも机も殆ど埋もれてしまっている状態だ。


「適当に入ってくれるかい?」


「適当にとは?」と思いつつもサウスライドの命のままにルディリアは書類を避けつつ拾いつつ執務机へと近づいた。そこまでに拾った書類の束を彼の執務机の上にのせ、書類仕事をしている様子のサウスライドに胡乱な目を向ける。


「初出勤ご苦労様。今日からよろしく頼むね?」


にこりと出会った時と変わりない笑顔に、毒気を抜かれる思いだ。


「よろしくお願いします。」


「うん。では、君の今日からの主な仕事は書類整理と書類仕事、情報整理と、それからたまに研究の手伝いをして貰う。」


つまりは雑用である。

ルディリアは「成る程。」と思った。気に入られたのでも、認められたのでもなく、雑用に丁度良かったのだ。つまりは、文句の言わない人形に自分の仕事を押しつけようという魂胆だ。


ルディリアは大きなため息をつきたくなった。しかし、ルディリアにはそれが出来なかった。昔から感情や表情を矯正されてきたためか、表情に出すことも、言葉にすることもしなくなっていった。サウスライドの目論見通りである。


「承知致しました。私が目を通さない方が良い内容はどのくらいありますか?」


「ないよ。」


「承知致しました。そこの机をお借りしてもよろしいでしょうか。」


ルディリアは使われていないだろう壁際にある2つのうちの1つを指さした。選んだ理由はそちらの方が大きかったからという単純なものだ。どうみてもあれらを使っていないことは紙の山で埋もれているところを見ると一目瞭然だ。


「あぁ、構わない。基本的には私のサインが必要な書類はまとめてこちらに持ってきてくれ。」


「承知致しました。」


頭を下げ、何処から手をつけようかと悩んで思考を止める。まずは全ての書類を拾うところからだと思い至ったからだ。


ルディリアは右手を上げて魔力に風を付与する。それを部屋の隅々まで行き渡らせ、与えられた執務机に書類を積み上げていく。

書類が一枚一枚風に乗るようにヒラヒラと勝手に机に向っていく様子にサウスライドは驚いた。


それもそのはず、これは貴族院に入る前にルディリアが独学で身につけた魔法の一つであり、一般的な魔法ではない。その為初めてそれを目にする者は驚愕するだろう。魔法とは、魔方陣を形成し、式を並べ立てることで発動するものだ。しかし、ルディリアはその魔法を自在に扱っているようにも見える。


あっという間に部屋が綺麗に片付き、ルディリアの執務机には大きな書類の束がこれでもかと並んでいる。しかしそれでもまだまだ書類は部屋にあふれかえっていた。

乗せきれないものは自身の机の近くに塔のように並べ置く。ありがたい事に、重要そうな書類は色の違う用紙で出来ているようで、色別に整理したルディリアは処理が楽になった。


一番数の多い白い書類はルディリアでも対応が出来そうな内容のものばかりであり、黄色の書類は提案系の内容である。これもまたある程度はルディリアで対処が可能そうである。

青い書類は別部署や騎士団からの要望書や嘆願書、申請書などであり、確認が必要そうな内容である。最後の赤い書類は確実に今のルディリアではどうしようもない内容ばかりであった。


赤い書類の束に一通り目を通したルディリアは備え付けられていた紙とペン、それからクリップを使ってサウスライドが目を通しやすいように簡単な内容と種類を書き加えてサウスライドの机へと運んだ。


「こちらは室長のサインが必要になります。」


「あぁ、そこに置いておいてくれるかい?」


サウスライドが指す場所には既に幾重もの書類が積み重なっており、置く場所などない。

小さく眉を寄せたルディリアは机の上に置いてあった書類に目を通し先ほどと同じように分けていく。そして今度は色別だけでなく緊急度や期限の近いものに分けて机に出来た空間に赤い書類の束を置いた。


「こちらは今日中に提出が必要になる書類です。こちらは緊急度の高い書類で、こちらが今週中までに目を通して頂きたい書類となっています。」


サウスライドは驚きながらも、ルディリアの仕事の早さ、そして的確さに感動していた。そんな彼の様子を見て、ルディリアは考え直す。


室長はもしや、サボり癖があるのではなく、今までこの量を一人で抱えていたから部屋もあんな状態になっていたのではないか?そう思うと同情と共にルディリアのやる気が上がった。少しでも室長の力にならなければと、自身の執務机に積み上がった書類を片付けていく。



ルディリアが書類整理をし始めてから、1時間。


視界の端でうなだれている様子のサウスライドが目に入った。いや、実のところ30分前からそわそわとしている事は気配で気がついていた。しかし、時計に目を向けてもまだ殆ど時間は経っていないため気のせいだろうと思うことにして書類整理を行っていたが、サウスライドが机に突っ伏してから、すでに10分が経過している。


寝ているのだろうか?と目を向けると、むすっとした表情でこちらを見ているサウスライドと目が合った。



「…室長、なにかご用でしょうか?」


「疲れた。」


間髪入れずにとんできた言葉に、若干の苛立ちを覚えるが、「実は彼は自分がここへくる何時間も前から仕事をしていてその為集中力が切れてしまったのではないか?」と考えたルディリアは席を立つと部屋を出た。サウスライド用にお茶や珈琲、お茶菓子の類いはないかと先ほど通ってきた応接室へと向う。



応接室には、ルディリアに室長室を教えてくれたグレイルがまだ残っていた。

彼に「サウスライド用のお茶はどうすれば良いか」と聞くと、グレイルは苦笑しながら「こちらにあります。」と応接室の右側の扉の奥の食料庫を紹介してくれた。


そこには簡易な保存食や飲料が置いてある。しかし、その中には異常な量のお茶やお茶菓子が並んでいる。明らかに異常な量を前に、ルディリアは「高位貴族ともなればこういうものなのだろう」と特に気にすることもなく、サウスライドのお気に入りを聞いた。


グレイルは不思議そうにルディリアを見ていたが、すぐにサウスライドのお気に入りを詳しく教えてくれた。お茶の注ぎ方からそれにあわせるお茶菓子まで。ルディリアはじっくり悩んだ後、教えてもらった中からお茶と茶菓子を選び、それらを茶請け皿に乗せて戻る。



ルディリアは、戻る際に研究員の何名かに「こんなことまでさせてしまい申し訳無く思います。」やら、「放っておいてもらってもいいですからね。」など、謝罪や感謝にまざり室長への苦言とも取れる言葉が出てきたことの方が驚愕であった。



サウスライドは魔法研究室の室長であり、次期公爵である。

貴族とはいえ高位の者に対してそんな言葉が出るとは侮辱罪に問われても可笑しくはない。しかし、あまりにも皆当たり前の様に口にするものだから、ルディリアはサウスライドがとても心が広く皆に慕われてのだと思う事にした。



お茶を持って執務室に入ると、さっきと同じ状態のサウスライドがいた。

一応ドアをノックしたのだから姿勢くらいは直していてもいいのではないか?と考えたが、それほどお疲れなのかもしれないとすぐに思い直し、彼にお茶を渡した。



「こちらをどうぞ。お口に合うとよろしいのですが。」


「いや~すまないね?…うん、とっても美味しいよ。ありがとうね?」



にっこにこの笑顔でお茶を口にする様子を見て安心したルディリアは自身の仕事に戻った。


そして30分後、サウスライドはまた机に突っ伏していた。


見なくても分かる。サウスライドはつまらなさそうにルディリアを眺めているのだ。


「室長…いかがなされましたか?」


ここは文句や、苦言を呈するべきなのだろうか?と悩みつつ何か用があるのかもしれないとルディリアはサウスライドに声をかけた。


「飽きた。」


「…お仕事が、まだ残っておりますが。」


「疲れた。」


今度こそため息が溢れそうになるルディリアはその衝動をなんとか堪えると、どうすれば仕事をやる気になるのか考える。

先ほどお茶を持ってきた際には30分ほど集中力が続いた。それ以上を保たせる方法はないのだろうか。


真面目なルディリアは悩みに悩んで、集中力が続かないのはきっと「疲労が溜まっているからではないだろうか?」と考えた。それであれば「その疲労を少しでも回復してやればどうだろうか」と思い立ち、サウスライドの執務机の前に立つ。



「室長、もしよろしければ光魔法にて室長の疲労回復のお手伝いを致しましょうか。」


「なに?そんな事ができるのかい?」


「はい。お手伝いできると思います。」


「では、是非お願いしようか?」


キラキラと青い瞳を輝かせて「僕はどうすればいいのかな?手か?手を出せば良いのかな?」と心弾ませている。

サウスライドの様子を見ると「実はそんなに疲れていないんじゃないか?」と思わずにはいられないが、「きっとそれすらも分からないようにしているのだ。高位貴族だもの。」と思い直すことで、ルディリアはサウスライドが出している手を受け取った。


「失礼致します。」


ルディリアがサウスライドの手に自身の魔力を流し、身体に纏わせるように魔力で覆うとそこに光属性を纏わせる。

火と風を組み合わせ、丁度良い温度に調節する事で強張った筋肉を解きほぐし光り魔法の治癒を行う。頭や顔周り、肩から腕に腰と下へ下へと筋肉に回復魔法をかけてルディリアが手を離すと、サウスライドは深い青の瞳をぱちくりとさせる。


「これは、凄いな?君が考えた魔法なのかい?」


「はい、ではこちらお願いします。」



ルディリアはまだ残っている赤い書類をサウスライドの前に置くと、彼はニコリと笑ってはいるが若干嫌がっているような、煩わしく思っているような複雑な表情が混ざる。ルディリアはじっとサウスライドを見つめると、今度こそ確信した。



サウスライドは、書類仕事が苦手である。



「室長、この魔法について知りたいのであれば、この赤い書類と青い書類に目を通してくださった後にお教え致します。」



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