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大魔法使いを目指してHighになる  作者: ぽこん
その娘、騎士団長補佐になる
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その娘、帰還する2


ルディリアが自室に戻り、仕事着に袖を通すと、鏡越しの自分の血色がとても良いことに気がついた。


確かにあの魔導具は有用かも知れないと再認識する。そうして、少し遅くなってしまったものの、ルディリアは職場である「魔法研究室」へと向う。



魔法研究室のオーク材作りの重厚な扉を開けると、後ろから迫るクラウストの気配に気がつく。ルディリアは少し悩むも、自分が出迎えるべきだろうと、応接室で待つ事にした。


中に入ると数人の研究員が既に仕事をしており、見るからにやつれている。

出立前には緊急度の高い仕事はそれほど多く入って来ていなかったのに何故こんなにやつれている研究員が多いのか、とルディリアは首を傾げる。


「グレイルさん、顔色が悪いですが大丈夫ですか?」


その場から一番近く、気安い人物である、グレイルに話しかけた。何故か嫌な予感のしたルディリアはそれを放っておいて良いとは思えなかったのだ。


「あぁ、ルディリア様。遠征お疲れ様でした。とても素晴らしい功績を挙げたと聞いていますよ。」


にこりとやつれた笑顔を見せるグレイルに、ルディリアは「ありがとうございます。」と返す。そして、本題に入ろうとグレイルが口を開こうとした時に、魔法研究室の戸が叩かれた。


戸を開かずとも誰が来たのか分かったルディリアは、グレイルに断りを入れて扉の奥の人物を迎え入れる。


「アルンベルン騎士団長、お疲れ様です。本日はどのようなご用件でしょうか?」


いつもの無表情でクラウストの前に立ったルディリアは、彼の言葉をじっと待つ。


「あぁ、ヒースロッド嬢か。兄上はいるか?」


まだ室長室へ足を運んでいないルディリアは返答のしようがない。確認を取るべく、グレイルへと視線を向けると、頭を下げてその場に立っていた。

そういえばこの御方はそういう身分の方だった、とちらりとクラウストに目を向けると、クラウストと視線が交わる。「なんだ?」とでも言いたそうな顔をルディリアへ向けている。ルディリアはそれを見なかった事にして再度グレイルへと視線を向けた。


「グレイルさん、室長は奥ですか?」


ルディリアは確かにその奥からサウスライドの気配を感じ取ってはいたが、彼を通しても良いのかという判断までは出来ない。その為、グレイルに確認を取ることにしたのだ。


「え…えぇ、居られるはず…ですが…。」


何とも歯切れの悪い返答に、ルディリアは再び小首を傾げると、その頭上からは重たいため息が降ってきた。

なんだ?と見上げればクラウストが頭を抱えている様子が目に入る。そこでまた、ルディリアは先ほどの嫌な予感を思い出した。


研究員達のこの疲れ切っている様子。クラウストが察した何かを含めて、サウスライドに原因があることは確かである。そして、それは十中八九自分も知っている事なのではないか、と予想を立てた。


「通るぞ。」


クラウストがグレイルとルディリアに言い放つ。

グレイルはすぐに「どうぞ。」と、道を譲り、クラウストはルディリアをじっと見た。そしてその視線を、室長室の方へと向ける。


どうやら、“ついて来い。”という事らしい。

ルディリアは、仕方無く室長室までクラウストを案内すると、扉を叩いてサウスライドへと声をかける。


「室長。ルディリア・ヒースロッド、ただいま戻りました。アルンベルン騎士団長もお見えになっております。」


「あー、ルディリアかい?どうぞ~。」


なんとも暢気な返事を聞いて、ルディリアは室長室の扉を開けた。すると、開けた途端に目の前に白や黄色、青や赤色の“何か”がヒラヒラと舞う。それを見てルディリアは自身の推測が正しかったと知る。


まぁ、そうだと思ったけど…。



目の前で舞った色取り取りのものは、書類であり、サウスライドの仕事である。


「…室長…?」


無表情なルディリアの顔から更に色がなくなった。それを見たサウスライドは「まずい」と満面の笑みで出迎える。


「い、いやぁ~お疲れ様!聞いたよ?とても活躍したと、凄いではないか!流石私の弟子だ。」


「…ありがとうございます。…所で、室長はお変わりなさそうですが、私がいない間どうお過しでしたか?」


じっと見つめるルディリアに、サウスライドは目をそらす。


「随分とお部屋が散らかっているようです。お客様がお見えなのですが、これでは入ることもままなりませんね。」


「あー、クラウスト!そうだった、お前の活躍も聞いているよ?神位の魔物を倒したらしいね。流石我が弟だな?」


どうやら都合の悪い内容は耳に入らないようだ。と理解したルディリアは、じっと2人を見上げた。その怒気にクラウストはまたため息をつく。


「兄上、この部屋の有り様はなんです?遠征前はとても綺麗に片付いていた筈ですが。」


というよりも、「ルディリアが片づけた筈だ。」と意味を込めてサウスライドへ視線を向けるも、笑顔で躱される。「これではどうしようもないな」と悟ったクラウストは、目の前に落ちている紙を拾って兄へと手渡す。彼はどうも身内には甘くなるらしい。


「要件は片づけた後にしましょう。」


「いや、それには及ばんよ?」


「どういう意味だ?」と兄を見るもサウスライドはルディリアへと視線を向けている。クラウストもそれにあせてルディリアを見ると、更に怒りが増しているようにも見える。どうしたものかと頭を抱えた。



ルディリアはサウスライドの言っている意味を正しく理解していた。

要は、“魔法でちゃちゃっと片付けてくれ”である。「ふざけるな、自分で拾え。」と言ってやりたいのは山々だが、これも自分の仕事の内だったと思い出し、目線で怒りをぶつけるだけに留め置いた。


しかし、2人にはしっかりとルディリアの気持ちが伝わったらしい。やはり、サウスライドもクラウストの血縁者である。クラウストと同じようにしっかりと無表情なルディリアの感情を読み取っている。


サウスライドは「さぁ、早くあの素晴らしい魔法を見せてくれ」と笑顔であり、クラウストは申し訳なさそうな顔をしている。見事なまでに対照的である。

ルディリアはクラウストに免じて片付けてやるかと、散らかった部屋を見回した。



ルディリアは右手を上げて魔力に風を付与する。それを部屋の隅々まで行き渡らせ、与えられた執務机に書類を積み上げていく。しかし、初めてここに来た時と違い、ルディリアは大体の書類がどんな者なのか所属の印を見れば分かるようにもなっている。そのため、色毎、所属毎に分け、緊急性の高い書類を全てサウスライドの机へと積み上げた。


問答無用である。ルディリアは、今日サウスライドを家に帰すつもりはなかった。終わるまで仕事をさせる気満々だ。


最後の一枚がルディリアの使用している机へと積み上がる。そして仕上げとばかりに、サウスライドの手にしていた書類をルディリアが奪い取ると、それも風魔法に載せて飛ばした。



「部屋の片付けに関しては終わりました。アルンベルン騎士団長、こちらへどうぞ」


ルディリアが応接用のソファを指し示すと、「あぁ。」と素直に従った。それを見てサウスライドは少しつまらなさそうな顔をしていたがルディリアはそれを無視する。



ルディリアがクラウストへお茶を入れるべく、給湯室へと向うと客人向けの茶器を取り出し、サウスライドのお気に入りのお茶を注ぐ。

ルディリアも無意識の内にその茶葉を選択していたことに気がついた。彼に怒りを募らせていた筈なのに、彼の好きな紅茶を選ぶなど甲斐甲斐しいと自分に呆れる。

それでもやはり茶菓子もサウスライドのお気に入りのものを選ぶとそれを、談笑中の2人へと出した。


「それで、クラウスト。今日はどうしたんだい?」


サウスライドはルディリアの入れたお茶を飲みながら、ニコニコとした表情をクラウストへ向ける。


「今回の遠征の件、兄上の耳にも入っているかと思いますが、神位の魔物が出現しました。」


「あぁ、確かにその報告は聞いている。なんでも、とても強く、お前達でも苦労したとか。」


今回の遠征に参加した隊長格の3名はこの王国の中でもかなり腕の立つ人物であり、クラウストに至ってはそれを凌駕するほどの戦闘の力を有していると、王国内だけでなく、隣国の貴族達の間でも話題にあがるほどだ。


「ええ、今までの神位の魔物達とは比べものにならないほどの強さでした。頑丈さ、賢さ、魔力、戦闘方法、どれも桁が違います。今回は幸いにもヒースロッド嬢が同行していたため、大きな損害なく討伐を終えることが出来ましたが、彼女の浄化魔法がなかったら、私も危うい状況でした。」


「ルディリアがお前を救ったと?」


驚きを隠しきれないサウスライドの表情を見るに、そこまで詳細な情報はサウスライドの耳にも入っていなかった様子だ。そしてまた、ルディリアも彼がそれほどまでの危機に直面していたことを、クラウストの話しを聞いて知った。


あのときの広範囲の浄化魔法を更に広域に拡大させるべく後方部隊の水魔法を駆使したのが功を成したらしい。


クラウストが神位の魔物の討伐の話しだけでなく、基地内の結界を1人で維持し続けたことや、騎士の治癒の大半をルディリアが担ったことを報告する。

現場にいたルディリアでさえ気がつかなかった情報を開示するクラウストには何か考えがあるようだ。


サウスライドはじっとそれを聞き、難しい顔をクラウストへ向けながら何かを考えている。普段は穏やかに微笑んでいるサウスライドを知っているだけにルディリアは、やはり室長も貴族であり、公爵家の人間、そして王宮所属の要人であると改めて感じた。



「そうか、今回の件は大々的に公表されると共に、この功績を陛下がどのように対処するのか手に取るように分かるな。」


苦笑とも取れる笑みにルディリアは眉をひそめる。なんとなくサウスライドが危惧している内容は自身の事ではないかと感じ取った。そして、2人の視線がルディリアへと集まった事により、それは確信へと変わる。


ルディリアは何か言葉にしなければならないだろうと、口を開くも、何を言えば正解なのかが分からず口を閉じた。


ルディリアは貴族として、社交や政治などには疎い。貴族院上がりの少女でしかない為当たり前のことではあるが、その無知さと、本質を捉えきれていない己の頭の悪さに心底嫌気がさした。


目の前の2人は、自分が考えている更に先まで物事を予測し、それに対応しようとしているというのに、ルディリアにはサウスライドが危惧している本質がどこにあるのか、見当が付かなかった。


「ルディリア、君の功績は国から大々的に発表されることになるだろう。君の功績はとても大きい。褒章も与えられるだろうな。現在、魔導師見習いである君はすぐにでも魔導師として昇格する。いや、魔術師の称号さえ与えられかねないな。」


それは一見良いことの様に思えるが、そうでないとルディリアにも理解出来た。これから何が起きるのかサウスライドの説明によってルディリアは少しだけ理解出来た。



これから行われるのは…


「私を中心とした、権力闘争…。」



「あぁ、君はまだ貴族院を卒業したばかりで、自身の身を守るすべは持ち合わせていない。辺境伯家の出である君の立場は非常に脆い。だからこそ、陛下は君を守ろうと地盤を固めようとするだろう。しかし、そこにつけ込んでくる貴族は必ずいる。君は、どうしたい?」


サウスライドはルディリアが自身の力で答えへとたどり着けるように、その答えを他人に託すのではなく自身で決めるようにと導く。クラウストもまた、同じ様な表情でルディリアを見ている。



私は、今この方達に助けて頂いているのだ。


1人ではどうしようもない。

多分今までも、補佐という立場を利用して室長は私を争に巻き込まれないよう保護してくれたのだろう。


私は、彼らの庇護下にある。

そして、今回の件でそれを維持する事が難しくなるという事を指す。知識も、経験も、人脈も、権力も私には足りない。あるのは魔法の知識だけ。



どうしたら、私はこの方達の枷にならずに済むだろう?


どうしたら、私は強くなれるのだろう?


どうしたら…いい?



そうじゃない…。

室長は私にどうしたいか?と聞いた。それは室長が私の意志を尊重し動いてくれると言うことだ。そうでなければここまで懇切丁寧に教えてくれる筈もない。

「おめでとう。」で済んだはずだ。でもそうしなかったのは、アルンベルン騎士団長が上へ報告した内容を室長へと話したことも全て、私の身を案じてくれたからだ。



それなら、答えは一つしかないじゃないか。




「私は、大魔法使いになりたいです。」




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