表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔法使いを目指してHighになる  作者: ぽこん
その娘、騎士団長補佐になる
12/67

その娘、清める


ルディリアは、ロイドスが集めていた情報を聞き、彼と共に作戦を考えた。


ルディリアだけでは到底思いつかない作戦を、ロイドスは幾つも提案してくれる。それは知識も経験も浅いルディリアにとって何よりもありがたいことである。



ミノタウロスの元へと行くと決めた心と裏腹に身体は震え、あの邪悪な魔力に近づきたくはないと拒否反応を起こす。

しかし、ロイドスの情報に寄れば、ルディリアが先ほどの戦いで使用した浄化魔法がミノタウロスの元まで流れ、それがミノタウロスを弱体化させたという。それであれば、私が行かなければならないのだと、足に鞭打ち必死に前へと進む。


「怖いか?」


ロイドスの冷静な声に、驚き見上げる。そこには、申し訳なさそうな、優しげな緑の瞳がルディリアを見つめていた。


「怖いです。でも…私がやらないと、いけないんです。私の仕事ですから。」


「そうか。」


小さくつぶやいたロイドスには、ルディリアの小刻みに震える身体と握り込んだ拳が見えた。行かなくて良い、無理をするな。そう言ってやりたいが現状はそんなに甘くない。


ルディリアの言う通り、彼女が打開の唯一の希望である。


「奴の元まで行ったあと、すぐに結界を張りなさい。私も数枚張るが、全て破壊される可能性もある。できる限り強固なものを張るんだ。奴も彼らと戦闘中だ、すぐにこちらを標的とする事もあるまい。時間をかけてでも強固な守りを作ることが優先されるだろう。」


「はい」


ミノタウロスがどれほどの力を持っているか、その姿を捉えていなくてもルディリアは分かってしまう。出来るだけ気付かれないようにルディリアは自分の魔力を小さくする。


出来るだけ感知されないように、出来るだけ弱く見える様に…。


「例外はある。予想外な自体は往々にして来るものだ。最大限注意しなさい。こちらを見かけてすぐに襲ってくる恐れもある。」


「分かりました。」


ルディリアとロイドスは最小限の人数でミノタウロスの元まで行く。ゆっくりと、こちらに気付かれないよう最大限注意して。



どんどんミノタウロスとの距離が詰まる。

既に目視できる範囲まで来た。もう少しだと、足を動かす。まだ遠い。そうしてじりじりと近づいていくと、ミノタウロスの大きな咆哮がこちらにまで響いてきた。


「――っ!!」


ビリビリと肌を刺すような緊張感と威圧。禍々しい魔力にあてられた空気が、重苦しさをより一層引き立てる。いつの間に全員の足が止まり、ミノタウロスの存在をただ見つめていた。


「行きますよ。」


ロイドスの冷静な声でルディリアは止まっていた足と思考を稼働させる。しかし、2人に付いてきていたベテランの騎士2人は足が動かず、そのまま停止していた。


「ロイドス特殊隊長。」


ルディリアが声をかけるとロイドスは驚き、そして仕方が無いと眉を寄せた。

これだけの怪物の元へと行くのだ。幾ら長く騎士勤めをしているとはいえ、幾ら今まで何度も死に直面する様な場へ赴いているとはいえ、人間心が折れてしまえば立ち上がるのは困難だ。


「ここからは2人で行きます。君たちはこの場で待機だ。」


そうして騎士2名を置いて、ロイドスとルディリアは前へと進む。

ルディリアは、先ほどよりも一層濃い瘴気と、禍々しい魔力に身体を震えさせている。


魔力質が高く、魔力操作も極めて優れているルディリアでさえ進むので精一杯なのだ。彼女より質の劣る騎士達は耐えられないだろう。

ロイドスはルディリアよりも質は劣るが経験は遥に勝る。どうするべきか、何をすれば生き残れるか、経験が教えてくれる。そして義務感と使命感からルディリア以上に、冷静な思考で行動出来ている。


これが、隊長格なのだと思わせる姿に、ルディリアは「私も続け」と己に言い聞かせた。




ルディリアとロイドスがじりじりと息を殺して近づいていると、目の前のミノタウロスが地に伏した。クラウスト達が諦めず、懸命に戦っている証拠である。ルディリアの希望に光が灯る。



絶対に倒す。

絶対に生きて、帰る。



一歩一歩確実に前へと進み、ついにミノタウロスの側まで辿り着いた。


戦っていた隊長達とクラウストは満身創痍だ。ローブも騎士服も破れて血に染まっている。ドロがつき、汗で髪が張り付いている。それでも目だけはミノタウロスから逸らさず、隙あらば攻撃を仕掛ける。その姿に心打たれた。


「す、ごい…。」


「あぁ、今度は君の番だ。出来るな?」


ロイドスは真剣な面持ちでルディリアを見つめる。自分には出来ない、彼女でなければならない。やるせなさと、申し訳なさ、そして非力な自身への怒りが混じり、それでもロイドスはルディリアの肩を叩く。


「ロイドス特殊隊長、私はアルンベルン騎士団長から託されました。そして、言って頂いたんです。私なら何も問題無いと。その信用を裏切ることは出来ません。私にしか出来ない仕事を、投げ出したくもありません。貴族として、一王国騎士団員として。…負けません。」


無表情ながらもルディリアの瞳には闘志が宿っていた。普段なら無機質に輝く金の瞳。しかし、今は、希望に向って光り輝く黄金の瞳に見えた。

ロイドスは大きく頷くと表情を緩めた。


「私も信じよう、君なら。…ルディリア騎士団長補佐であればできると。」


ロイドスの言葉にルディリアは満足げに頷いた。そして彼女の瞳はミノタウロスへと向く。


必ず、倒す。


「行こう。」


ルディリアが抑えていた魔力を解放し、杖を出現させる。

それは貴族員時代に作成したルディリアの魔法武器だ。特殊な魔石に力を注ぎ込み、完成した魔石は杖の形へと変化しルディリアの魔力操作は飛躍的に上昇した。更に、この杖は自身の魔力だけでなく大地や空気中にある魔力原子である「魔素」をも取り込み、ルディリアの魔力へと変換する。それは質も量も威力も増大させ、自由自在に扱えるようになるルディリアのとっておきである。


オーク材の様な深い色合いの杖の上部にはルディリアの瞳の色と同じ金色に輝く魔石が付いている。ルディリアが魔力を溜めるとその魔石が光り輝く。



しかし、ルディリアは魔力操作に集中しすぎていて、気がついていなかった。


ミノタウロスがこちらを見ていることを。


目を逸らしてはいけなかった、その怪物から。



“ミツケタ…コロ…ス”



地を這うような声と、威圧、禍々しい魔力にルディリアは思わず目を開きミノタウロスの姿を確認する。そこには、こちらをじろりと睨め付ける怪物の姿があった。


ルディリアがまずいと思った瞬間に、自身の身体は吹き飛んでいた。


衝撃と痛みに備えてぎゅっと目を瞑るも思っていたような痛みはやってこない。不思議に思い顔を上げると、眉を寄せたクラウストがその身を輝かせてルディリアを腕に抱いていた。


「え…アルンベルン騎士団長…?」


「あぁ、無事か。良かった。」


先ほどまで居た場所は遥先。ミノタウロスから大きく離れた場所で、クラウストの腕の中で小さくまとまっている自身に驚きが隠せない。

何が起ったのか。常に身体強化を施し身の危険に備えているにもかかわらず、何が起きたのかさっぱり分からなかった。


これが実力の差なのだと思うのと同時に、先ほどまでルディリアの側にいたロイドスの無事を慌てて確認する。


「――っロイドス特殊隊長は…」


キョロキョロと辺りを見回すルディリアに、クラウストは苦笑して指を指す。


「少し手荒ではあったが、私が突き飛ばしたからな。一応、無事だろう。」


「よかった…。」


ほっと一息つくと、自分が如何に彼の邪魔をしているのかに気がついた。今は他の隊長格3名がミノタウロスの足止めを行っているが、いつまたこちらに牙をむくか分からない。


「――っ申し訳ございません!」


勢いよく飛び上がろうとした身体を「待て。」と、クラウストの腕が引き留めた。

ドクドクと鳴り響く音が、どちらのものかも分からないほどに距離が近い。ルディリアは初めて親族以外の男性と接近し、どうしたら良いのか分からずクラウストを見上げる。


「あ、アルンベルン騎士団長…?」


顔を歪めたクラウストはルディリアの顔を見てほっと息つく。


「悪いな。もう良い。」


そうしてルディリアの身体を離したクラウストをよく見ると、重傷なことに気がついた。この身体で戦い続け、剰え私を庇ったのかと思うと、どうしようもなく不安が押し寄せる。


「い、今…な、治します、から!」



不安が籠もり、揺れる瞳をクラウストに向けて、彼の身体に触れる。傷に近いドロや汗などの汚れを水の魔法で綺麗に流し、そして大量の魔力を注ぎ治癒を行う。


「癒しの女神パナケーアよ、彼のものを癒し、穢れを祓い、悪意から身を守れ、癒愛ゆあ。」


ルディリアが魔法を発動させると、クラウストの身体が光り輝いた。

キラキラとした粒を辺りにちりばめて、その身を癒す。そっと手を離したルディリアは、また不安げにクラウストを見上げた。


「痛いところは、ありませんか?」


「…あぁ、助かった。ありがとう。」


ふわりとした優しげなクラウストの表情に、ルディリアはほっと息をつく。それと同時にかなり無理をしていたのだと知り、申し訳無くなった。先ほどまで恐怖で身が竦んでいた自分が情けなくなる。


「助けに、来るのが遅くなって、ごめんなさい…っ。」


泣きそうな程に瞳を揺らしてクラウストに真っ直ぐと言葉を伝えると、クラウストの手が伸びる。ルディリアの大きな金色の瞳を覗き込む様に、片手をルディリアの頬にあて、じっと見つめると口元を緩めた。


クラウストはルディリアの顔をぎゅっと自分の胸元へと押し当てると、ルディリアの耳元でつぶやく。


「謝るな。」


ルディリアは戸惑いつつも、なんとかと返事をすると、クラウストから離れた。

なんとなく気まずくて目を背けると、クスクスと笑う声が聞こえてくる。


あぁ、からかわれたのだ。と理解したルディリアはむすりとした表情で立ち上がり、敵を見据える。


ミノタウロスは未だ3人と戦っている。

早くアレをなんとかしなければいけない。その為に来たのだから。


「アルンベルン騎士団長、私が浄化魔法で弱らせます。」


「分かった。方法は任せる。」


「はい」とルディリアが返事をすると、クラウストは一瞬のうちにミノタウロスの元まで行き、攻撃に加わっていた。そして代わりにルディリアの元へやってきたのは、クラウストにより吹き飛ばされたロイドスだった。


「ルディリア騎士団長補佐、大丈夫か?」


「えぇ、アルンベルン騎士団長が守って下さいましたから。」


「そうか」


眉をひそめつつ、ロイドスが結界魔法を展開した。

少し離れてしまったがこの場所で作戦を実行するらしい。先ほどのように一瞬のうちに距離を詰められてしまうよりいいか、とルディリアもまた結界魔法を展開した。


ロイドスとルディリアが強固な結界を幾重にも展開した後、ルディリアは浄化魔法の準備に入る。


大地や空気中、それから植物など、できる限りから魔素を集め、自身の魔力でそれを覆い固める。そうすることでルディリアは魔素を自在に扱えるようになるのだ。


ルディリアは、今度こそミノタウロスから目を離さないとばかりに、鋭くミノタウロスを睨め付ける。そして、魔力を最大限に引き出し、練り上げる。


すると、それに気がついたミノタウロスがもの凄い剣幕でこちらへもう突進してくる姿が見えた。

不味いと思ったルディリアは唱詠を早める。それでもできる限り気持ちを込めて唱詠を行い、魔法を構築する。


早くしなければ。早く、と急げば急ぐ程に唱詠が長く感じる。


「癒しの女神 パナアケーアよ、海の女神 デティスよ、大いなる大地の神 ガイアンよ、彼のモノを癒し、穢れを祓い、この世界に祝福を与えん、神水しんすい。」


ルディリアが唱え終わると同時に眼前まで迫っていたミノタウロスが結界にぶつかった。

幾重にも張られた強固な結界を壊しきれずにミノタウロスは怯む。そこへロイドスがミノタウロスを囲むように結界を張る。四角い空間に閉じ込められたミノタウロスに、ルディリアの浄化魔法が発動した。


大きな水球となって現れた浄化魔法は、どんどん膨れあがりミノタウロスを飲み込んでいく。すると水球がキラキラと輝きだし、ミノタウロスの身体を覆うと今度は結界内にまで隙間なく広がっていく。あっという間に結界内は水で一杯になり、天へと昇っていくと上空からキラキラとした水が大地に降り注ぐ。ルディリアは、そこで漸く気が付いた。


「――っロイドス特殊隊長、結界を解いて下さい!」


眼前に広がる光景に、驚愕しつつ神秘的であると見惚れていたロイドスは、ルディリアの声――命令に従い、何の躊躇もなく結界を解いた。


いつものロイドスであれば、努めて冷静にルディリアに訳を聞いただろう。それに納得出来ない場合は断固としてこの化け物の行動を封じられる結界を解かなかった。しかし、今のロイドスはこの神秘的な魔法を行使するルディリアに尊敬と敬意を表し、その命に従ったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ