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大魔法使いを目指してHighになる  作者: ぽこん
その娘、騎士団長補佐になる
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クラウスト


クラウストは眼前の敵の攻撃を躱しながら共闘している者の様子を見ていた。


既にミノタウロスと戦い始めて1時間が経とうとしている。

少数精鋭といえども相手は神位の魔物であるミノタウロスに対して攻撃を重ねるも、大きなダメージを与えられたのは初手で目に攻撃を与えたイクリスのみである。しかしそれもまた、急所へと与えたダメージとは比較できない程に弱い。


ミノタウロスの攻撃は振りが大きいものの、それを補う素早さや知性もあるため攻撃に回りきれない。現状をどうにか打開しようと試みるも、強固な皮膚で防がれてしまい今一踏み込めずにいた。


「はー、かったいな…。」


ミノタウロスが持つ強固な皮膚に阻まれ続けたオウエンスのぼやきにグエングルも反応する。


「あぁ、全く刃が通らん!どうする、団長?」


「打開策が見つからん。手数を討つしかないだろう。」


「だよなぁ…。おい、イクリス最初のもう一回やれよ!」


「できるものならやっている。」


グエングルの無茶な発言にも表情を変えず、ただ目の前の敵に鋭い視線を向けながらイクリスは言う。


イクリスがミノタウロスの目に攻撃を当てることが出来たのは、ミノタウロスの油断と、大きな隙、それからイクリスの瞬発力、機動力の高さをミノタウロスが知らなかった為に入れられた一撃なのだ。知性の高いミノタウロスに同じ手は効かない。


しかし、このままでは分が悪いのも確かだ。徐々にミノタウロスの攻撃が眼前をかすめるようになってきており、体力、魔力に関しても消耗が激しい。早く打開策をと考えても、ミノタウロスの身体は硬い皮膚で覆われ一撃を入れる事が出来ない。情報は皆無のまま時間だけが刻々と過ぎていく。


クラウストがミノタウロスの動きを観察する。

奴の動きが鈍る瞬間を見逃すまいと注意深く観察するも、奴もまたこちらに目を向けていた。



「グエングル、オウエンス、左右へ別れろ。イクリスは後方で攻撃を。」



ミノタウロスが自身から意識を外さないのであれば、周りを囲い誰かが発見出来れば良い。最悪囮にだってなんだってなってやると出した指示は功を奏したらしい。


ミノタウロスのクラウストへの警戒が薄れ、後方へと回ったイクリスと自身に分散した事がすぐに感じ取れた。ミノタウロスの威圧が多少和らいだのだ。


しかし、ミノタウロスの攻撃にも変化がでた。周りを囲まれた途端に範囲攻撃を繰り出してくる。


誰かを狙い撃ちして他の者に隙を見せるくらいならばと大技をくり出してくるミノタウロスは、大きな三つ叉の槍を、回転しながら器用にこちらに向け、突くような攻撃を仕掛ける。

これでは手の討ちようもない。しかし、あちらもまた不用意に動く事も、それを止めることも出来なくなった。膠着状態となったそんな折り、クラウストの後方から轟音が鳴り響く。


騎士隊の戦場方面からの轟音に、何事かと振り返れば、爆風がこちらへと向ってくる。


クラウストは腕で顔を庇いながらもミノタウロスへの注意を怠らない。クラウストの身を通り抜けるその爆風には冷気と熱気の両方が混ざっていた。


クラウストは思わず口角を上げる。

誰の仕業かすぐに理解し、己の職務を全うするべく、今まで以上の威圧をミノタウロスにかけて攻撃を仕掛ける。幸いなことにミノタウロスもまた轟音に注目し、爆風によりその身を止めていた。


クラウストは雷を纏い、手に持つ大刀を持ち直す。雷属性を付与した身体強化は音速を超えてミノタウロスの頭上へと飛び上がった。

ミノタウロスの2本の角を上手く避け、クラウストはその間に重い一撃を入れた。くるくると空中で身を捩り地面へと着地すると、ミノタウロスもまたクラウストの攻撃により片膝を着いた。どうやら急所に打ち込むことが出来たらしいと、クラウストは手応えを感じる。


「流石、団長だ。」


グエングルは、ミノタウロスの隙を好機とばかりに走り出し、ミノタウロスの顔面へと飛びかかる。大きな斧を振り上げて一撃をお見舞いする。急所とはいかないものの大きな咆哮によりそれが確実に一撃となったことが窺えた。


オウエンスとイクリスもまた先の2人に続き、頭部へと攻撃を仕掛けるも、ミノタウロスが動き出し、大きな身体を回転させた。突然の素早い行動に、武器を振り下げようとしていた2人は為す術なく吹き飛ばされる。


「イクリス!オウエンス!」


クラウストが2人の身を案じるも、ミノタウロスの次の攻撃は自身に向いていた。大きな槍をこちらに向けて突く、そして横へとなぎ払う。寸での所で上空へと逃げたクラウストはミノタウロスへと視線を向けると驚愕した。


先ほどまで三つ叉の槍をなぎ払う行動をしていたミノタウロスがこちらへとその槍を投擲しようとしているのだ。


空中で身を捩りなんとか躱そうと藻掻くも、それを回避することはもはや不可能に思えたその刹那、ミノタウロスの足下がぬかるみ、体勢が崩れた。


しかし、投擲しようとしていた槍は既に放される直前であった為、ミノタウロスの槍はクラウストの元ではなく、軌道がずれた下方向へと猛スピードで飛んでいく。


あのまま軌道がずれなければ己の身を貫いていたであろう一撃に、クラウストは冷や汗が流れる。



「命拾い、したな…。」


「団長、無事か!?」


「あぁ、ミノタウロスの体勢が崩れなければ、死んでいたかもな。」


「冗談よしてくれ、あんたが死なば諸共だ。」


クラウストの笑えない発言にグエングルは声を上げる。しかし、何故ミノタウロスの体勢が崩れたのかと地面を見る。あの瞬間には気がつかなかったが、とうやら地面を水が這ったようだった。


「何があった?」


「奴が団長に槍を構えた時、本部の方向から大量の水が流れてきてな。魔法で援護しようと思っていたんだが出来ずに流され、気がついたらこれだ。」


目の前のミノタウロスを指さすグエングルの表情は複雑なものだった。いつの間にか上空からは雨が降り、地面も空中もキラキラと輝いて見えた。

そんな中、ミノタウロスだけが苦しげに藻掻き、弱々しい咆哮を上げている。それはどこかうめき声にもきこえた。


「浄化魔法か。」


「あぁ、そのようだ。」


理解が追いつくともに、思考が澄んだ。



――好機である。



「畳み掛けるぞ。」


右手に握る大刀に力を入れて、ミノタウロスまで走る。既に奴の弱点は知っている。このままであれば一発所か連撃も可能だ。グエングルもまた、ミノタウロス目がけて走り大きな斧を振り上げる。


クラウストとグエングルの攻撃が何度も直撃し、その度にミノタウロスが弱る。雨に当たり続けている皮膚や、一時水に覆われていた強固な皮膚はポロポロと剥がれ、柔らかい部分がさらけ出す。いつの間にか戻ってきていたオウエンスとイクリスも混じり、ミノタウロスに攻撃を続けた。




数分間、攻撃をたたき込んでいたにもかかわらず、奴――ミノタウロスはボロボロになった身体を再び起こした。



「おいおい、嘘だろ?」


グエングルが苦笑する。クラウストも眉をひそめミノタウロスをじっと眺めた。



まだ堕ちない。

まだ立ち向かう。

これが…。


「本物の神位、か。」


明らかに今まで戦ってきた、神位の魔物以上の化け物であった。

自分たちが今まで相手してきた神位の魔物は神位の中でも下位の魔物だったのだろうと思わずにはいられない。



降っていた雨が止む。


―――刹那、奴が動き出す。



“ユルサン…。コロ…ス。”



うめき声と共に、始めて奴の声を聞いた。

鳥肌が立つような禍々しい魔力が一層濃くなり、辺りに張り巡らされる。足が竦むような威圧感に4人は息を呑んだ。


「――っ避けろ!」


クラウストが叫ぶと同時に、ミノタウロスが突進する。


グエングルはミノタウロスの腕により吹き飛ばされ、オウエンスとイクリスは大きく後ろへ回避した。クラウストは結界魔法を展開し、向ってきたミノタウロスの足下へ滑り込み、又の下を潜り後方へと逃げる。


クラウストの結界にぶつかったミノタウロスはそれを粉砕し、身を翻す。


――奴の標的は自分らしい。

脳で理解すると同時にクラウストとはニヤリと笑った。


自身に雷を纏い、風魔法にて機動力を上げる。そして突っ込んでくるミノタウロスの動きに合わせてクラウストは上空へと飛び上がった。風魔法を駆使してミノタウロスの背へと降り立つと、クラウストは大刀を突き刺す。


「落雷」


魔法が発動し、自身と大刀を避雷針としてミノタウロスへ雷が流れる。痺れた身体をそれでも動かすミノタウロスを見て、またクラウストは口角を上げる。


「面白い。」


小さくつぶやくと今度はミノタウロスの背から滑るように降りる。大刀をその皮膚に突き刺しながら。

そうして地面へと到着すると、更に魔法で追撃を行う。


「竜巻」


大きな風の刃がミノタウロスを覆い、そのボロボロの皮膚を切り裂く。その渦中から逃げようと藻掻くミノタウロスへ「落雷」を使い、それを制す。既に雷を浴びたミノタウロスの身体には電力がたまっており、避雷針などなくとも必中した。



竜巻が止むと、渦中にいたミノタウロスが片膝を付いてその場に現れた。


クラウストが眉をひそめると同時に、3人がミノタウロスに向っていく。大打撃を与えるべく各武器を構えそれを振り下ろすも、ミノタウロスの両の腕ではじき飛ばされた。


「…っ!」


クラウストは3人を確認すると、すぐにミノタウロスへと注意を戻す。


奴は未だこちらを見ている。


ミノタウロスにとって自身を標的とする何かがある。それを考えつつ、ミノタウロスの攻撃を躱す。両の腕で何度も空を殴り、地面へと打撃を入れるミノタウロスは徐々にクラウストの逃げ場を無くす。


「…ッチ。」


小さな舌打ちと共に、ミノタウロスの片腕がクラウストに命中した。ギリギリの所で大刀で身を庇うが、衝撃をいなすことが出来ない。クラウストはそのまま地面へと打付けられ、身体がミシミシと悲鳴を上げる。


「――ぐっ!…がはっ。」


骨が内臓を傷つけ、吐血する。それでもクラウストはミノタウロスから視線を外さない。外せばそこには死しかないのだ。



ミノタウロスが再びこちらに向って動こうとした足が止まった。

横からのオウエンスの攻撃に備えるべく、身体を傾けたのだ。そこへ上空からのイクリスの攻撃が弱点へと命中する。

ミノタウロスが身を捩り、その痛みに咆哮を上げると、その口内へと大きな石礫が突き刺さる。それが飛んできた方向にはグエングルの姿があった。


「クラウスト、無事か?」


いつの間にかやってきていたイクリスに「問題無い。」と返すと、痛めた内臓を庇うように立ち上がる。


「このままでは全滅だ。策を考えろ。それがお前の仕事だろう?」


この場の誰よりも付き合いの長いイクリスは、自身の考えを良く知っている。だからこその発言だろう。

クラウスト自身、圧倒的強者であるアレと戦うことに夢中になっていた節がある。しかし、それではいけない。この討伐の指揮を執る人間であり、一番位の高い自分が戦闘にかまけていてはこの後をどうするのか。


「悪いな。…が、奴の標的は私らしい。そう言うならイクリス、奴の気を反らせ。」


「お前の何に注目している?」


ミノタウロスが覚醒するまでにクラウストは大打撃を与えたが、ダメージ量としてはイクリスも負けてはいないはずだ。

知性のある奴が、指揮する自身を狙うのも当然ではあるが、その指示内容は特別なものでもない。では何が奴の狙いなのか。何を標的としているのか。


「魔力の高さか、質に反応しているのか…?」


「…それは、厄介だな。」



確かに厄介だ。それではどうしたって敵意は逸れないし、何より、この戦場にはクラウストよりもそれの高い者がいる。


「策を考える、時間を作れ。」


クラウストが命じると、イクリスはミノタウロスに向って走る。出来るだけ魔力を高め、重い一撃を打ち込むと思わせる。それだけで、ミノタウロスはイクリスを放ってはおけない。


イクリスが注意を引きつけ、グエングルとオウエンスで攻撃を行う。その間にクラウストはミノタウロスの行動を見極め、奴を倒す策を練る。しかし、知能のある奴に勘ぐられないように伝える手立ても今の所ない。



ミノタウロスは攻撃を受ける際に受け流すか弾き飛ばすか、避けるかの三通りの方法で受けている。避けるのは前二つでは受けられない攻撃のみであり、大体は弾き飛ばして相手の距離を一度大きく離し、隙をついて攻撃を行っている。

であればそこを逆手に取れるか?奴が必ず受ける攻撃を仕掛け、攻撃の瞬間であればもしくは…。


「…?」


クラウストはミノタウロスの妙な動きに気がついた。それはオウエンスの攻撃を受ける際の微かな筋肉のこわばり。


「成る程な。全く効果がなかったという分けでもないようだ。」


クラウストは走り出す、奴は既にそれに気がついているがそれでいい。こちらに注目しろとばかりにクラウストは堂々とミノタウロスの前に姿を現し、上空へと飛び上がった。


「落雷」


遥上空からの雷に、ミノタウロスは身を躱すように動くが、クラウストはそれすら想定内と落下地点をずらす。そしてミノタウロスの弱点へと直撃した。


声にならない咆哮に眉をひそめながら、今度は風魔法でミノタウロスの足下を掬う。先ほどの雨もあってぬかるんでいる地面はクラウストの味方をする。


ぐらりと巨体が傾いた。


ミノタウロスが足を大きく広げて仰け反り必死に堪えるが、グエングルの大きな石礫がぶつかり、イクリスの斬撃で足が滑り、ミノタウロスの背が地面に付いた。


ドシンという重たい音と共にドロが跳ねる。そこに、グエングルが土魔法で両手足、首を地面と固定させ起き上がれないように魔力を注ぐ。


「イクリス!」


クラウストの声で、イクリスは自身の最火力の攻撃を繰り出そうと黒刀を振り上げた。


――刹那、巨体が動く。



先ほどまで仰向けに倒れていたミノタウロスは、イクリスの攻撃を正面から捉え、拳を突き上げた。躱しきれない攻撃の衝撃に備え身を固めるイクリスを、クラウストが遠方から風魔法で吹き飛ばす。


少しだけ軌道から外れ、致命傷は避けられたと安堵する2人は眉をしかめた。

ミノタウロスの拳は、イクリスの身体を掠りもせず停止した。そしてその相貌は酷く強張る。闇へと堕ちていくかのように暗い表情とは裏腹に、瞳だけがぎらぎらと輝いていた。



ミノタウロスが見ている先には、少女の姿があった。



“ミツケタ…コロ…ス”


地を這うような声にクラウストは走りだす。その身に雷を帯びさせ、全力で彼女の元へ向った。



――間に合え…っ 間に合え!!




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