その娘、魔導師見習い2
魔物討伐を続けて約5時間――0時。
ルディリアは最初に展開した魔方陣を未だ発動し続けながら、それらをすり抜けてくる魔物を討伐している。
まだまだ余裕のあるルディリアは、広範囲を警戒しながら探索魔法を使う。すると、前方から不気味な気配を感じ取った。
「…何か、来る。」
小さなルディリアのつぶやきに素早く反応したのはクラウストだった。
「もう来たか。」
クラウストは手にしていた懐中時計に目を向けると、後方部隊に魔法での一斉射撃を命じる。ルディリアが展開している魔法も止めるように指示した。
既にこちらに向ってくる魔物の数は大した数ではないため、ルディリアも素直にそれに従う。
今、荒野で騎士達が相手しているのは負傷している下位、中位の魔物だけではなく、高位のほぼ無傷な魔物も含まれている為、既に魔法を止めても良い状況だ。
ルディリアは広域展開していた魔法を止めると、探索魔法に集中することにした。そうすることで先ほどよりも広い範囲、且つ詳細な情報まで確認できるからだ。
5キロ先に今までの魔物達とは比べものにならない魔力を感じる。
「5キロ先、10M級の魔物を感知しました。…牛、型の魔物…?…っ!!ミ、ミノタウロスです!」
ルディリアが感知したのは、牛頭人身の魔物であり、それが大きな三つ叉の槍を振り回しながらこちらへ駆けてくる姿だった。
「チッ、ミノタウロスか。厄介だな。」
「何処から湧いたの…!?」
通常魔物とは、森や荒野に点々と生息しており、自身の縄張りから出ることはない。しかし、数ヶ月に1度それらが人間の住む場を奪いにやってくる。
下位や中位の魔物は知性が低い。しかし、そこそこ高い知性を持つ高位の魔物の指揮下に入ることで、その統制がなされている。その指揮が取れる魔物が共闘して襲ってくる事を「インベージョン」といい、騎士団はそれを予見して討伐隊を派遣し「魔物討伐」を行う。
現状、何故インベージョンが起るのかは研究途中であり、なぜ通常共闘しない種族が一斉に襲ってくるのか疑問視されている。一説では、インベージョンはこの世界にいる魔物ではなく、別世界の扉からやってくるのではないかと言うものもある。しかしそれを証明する手立てなどない。
インベージョン中に魔物の発生地へと赴くなど死にいくようなものだからだ。
そして高位の更に上の魔物が「神位」と呼ばれる。今回出現したミノタウロスの様な、魔力が高く非常に知性がある魔物だ。
こういった神位の魔物は数十年に一度姿を現すかどうかという神出鬼没であり、見かけたら死を覚悟するほどである。
実力者も実力のない者も、見ただけですぐにそれが「神位」であると脳が理解してしまう程の威圧感がある。
そんな魔物が今、目の前に姿を現した。
いつの間にか目視できる程近くにいたミノタウロスは、一度足を止めるとこちらへゆっくりと近づいてくる。それはもはや死の宣告に近いものがあった。
誰もが狼狽えながらも生きるために目の前の魔物を打ち倒しながら、無意識にゆっくりと後退している。そんな中で前に出たのは3名。
王国騎士団 第二騎士隊 隊長 グエングル・ガイア
王国騎士団 第三騎士隊 隊長 オウエンス・アイテール
王国騎士団 特務騎士隊 隊長 イクリス・ニュクス
「おいおい、中々大物が出てきたじゃねぇか。」
腕を回して肩をほぐす様にしながら目の前の敵に向って楽しげに口元を緩める男、グエングル。
「グエングル、楽しそうじゃないか。一発で伸されるなよ?」
グエングルと同じように口元を緩め、大きな青い剣を背にかけているオウエンス。
「とっとと倒すぞ。」
無表情でありながら誰よりも鋭い眼差しを向けるイクリス。
そんな彼らの背を見た騎士達は、歓喜の声を上げた。
彼らがいればきっと生きて帰れる。希望を目にした者達は、自身に出来る事をするために目の前の魔物達を倒しきろうと士気を上げる。
ルディリアもまた、彼らの姿で下がりつつあった士気を回復させていた。
重役である自身の心を折ってはいけないと、クラウストに指示をもらおうと彼をみる。クラウストは、小さくため息をつくとルディリアに向き合った。
「ヒースロッド騎士団長補佐、私も前線へ出る。君にはここの指揮を任せたい。」
「――っ承知致しました。ご武運を。」
「あぁ。…君なら、何も問題無い。あちらは少々骨が折れるからな。」
厳しい表情でミノタウロスの方を見る。そして、クラウストは赤色のローブを翻すと周りのものに指示を与えながらあっという間に荒野へと降り立った。
戦場を駆け、魔物を大刀で切り裂き、素早く展開した魔法で周囲の魔物を葬っていく。
周りの騎士達が思わず見惚れてしまうほどに洗練された戦い方と身のこなしで颯爽と駆けると殆ど時間もかけずに最前線まで到達してしまった。
「グエングル、オウエンス、イクリス、奴を倒すぞ。」
クラウストの簡潔な指示に3人は頷くと「了解。」と返した。
もう、すぐ目の前まで迫ってきていたミノタウロスは4人を標的に決めたのか彼らを目指して歩み始めた。
ルディリアは4人の無事を祈りながら、自身の出来る事を行うべく辺りを見回す。
負傷している騎士の数は多いけど軽傷が多数なため、すぐに戦線復帰は可能。
後方部隊は魔力不足を回復中。
前衛は士気が高まっていて問題無い。
それならば、数は大分減ったあの魔物達を討てばいい。
「前衛は3M後退して戦線を維持。後衛は魔力を回復させて前衛支援を行って下さい。また後衛は魔力を十分に確保し、合図に備えて下さい。」
ルディリアの指示に全部隊が動く。
前衛の騎士達が各司令官からルディリアの指示を受け3M後退しクラウスト達に場を明け渡す。それを確認したクラウストは口元をゆるりと上げた。
「ほぅ、あのお嬢ちゃん、よく考えているじゃないか。」
「魔物討伐が初めてとは思えないよな。」
既にミノタウロスと交戦している4人は危なげなく重い攻撃を避けつつ、グエングルとオウエンスがルディリアの指示によって後退した騎士達をみてつぶやく。
「無駄口を叩くな。集中しろ。」
そんな2人に苦言を呈するイクリスは自身の真っ黒な刀でミノタウロスに一撃を入れるべく走り出した。
大きな三つ叉の槍で攻撃してくるミノタウロスの一撃を避けると、その腕に飛び乗り反対の腕へと移る。頭目がけて駆けていくとミノタウロスの目を狙いその黒い刀で切りつけた。
魔法を付与していたその刀がミノタウロスの瞳にあたると、ミノタウロスの身体が大きく傾く。それを見て、残りの3人は好機とばかりに攻撃を繰り出した。
一方ルディリアは、クラウスト達の戦う場を設けた後、後方部隊に炎魔法の準備をさせ、前衛には残った魔物を出来るだけ中央へと寄せるよう、端にいる魔物から倒し、中央へ向うようにと指示をした。
前衛の騎士達が中央へと寄れば、魔物達もまた騎士を襲うべく中央へと寄り始める。
「前衛部隊、後退!結界近くまで後退して下さい。」
ルディリアは魔物が散らばらぬ様に結界魔法を展開すると、今度は魔法唱詠を始める。
「万物を凍てつかせる氷の女神、スガティの加護の元、我の求む力を授けよ、アイスエイジ。」
ルディリアが魔法を唱えると、中央に寄っていた魔物達を覆おう様に氷が広範囲に発生する。そしてその氷はどんどん魔物達を侵食し、動きを止め、氷柱が魔物達に突き刺さる。
そこでルディリアは後方部隊に指示をだした。
「炎魔法を!」
ルディリアの命令と共に様々な炎魔法が展開された。すると、氷で冷やされていた空気が一気に熱されることで、膨張し全てを吹き飛ばす。その轟音と爆風により、逃げ遅れた騎士達も吹き飛ばされる。
幸い一番近くにいた騎士も吹き飛ばされるだけで大した怪我にはならなかったが、その爆発の中心にいた魔物達の被害は甚大だ。
爆風と共に舞い上がった土埃をルディリアが風魔法で吹き飛ばすと、そこには炎で燃えさかった魔物達の姿があった。殆どの魔物に大打撃を与えられた様子を見てルディリアは次の魔法を唱える。
「――後方部隊、水の魔法を用意!」
「全てを鎮め、大地を清める力で癒しの雨を、癒雨。広範囲、多重展開。」
「――水魔法、放て!」
ルディリアの魔法により、天から降り注ぐかのようにキラキラと輝く雨が降る。それは見える範囲の荒野一面に広がった。そしてそれは後方部隊の水魔法により、地面一体を覆うように流れだす。
先ほどまで火あぶり状態だった魔物達も力を失い、ゆっくりと息を引き取っていく。残っていた魔物達も弱体化し、動かなくなった。
「――前衛部隊、後方部隊、残りの魔物を討て!」
キラキラと輝く景色に見惚れていた騎士達はルディリアの拡声魔法のかかった指示を聞いて我に返り、雄叫びを上げながら残りの魔物へと向っていく。
それを見たルディリアは自身の失った魔力を補充しようと魔石に手を伸ばす、と同時に膝から崩れ落ちた。すでにギリギリまで魔力を使ってしまった為か、足に力が入らず地面へと座り込む。
「ヒースロッド騎士団長補佐!大丈夫ですか!?」
周りにいた騎士が慌てて駆け寄ってきた。大業を成したとはいえまだ少女であるルディリアを心配そうに見つめるその男は、ルディリアに果実水を手渡した。
「どうか、少しお休み下さい。こちらをどうぞ。」
「ありがとうございます。すぐに魔力も回復しますから、お気遣いなく。」
「そういうわけにも参りません。ヒースロッド騎士団長補佐のお力は必要不可欠ですから。少しお休み下さい。」
男は「失礼致します。」とルディリアを軽々持ち上げると、問答無用で作戦本部である真後ろのテントまで運んだ。驚いたルディリアが抵抗しようにも、手には彼に渡された果実水があり、体内魔力も3割を切り力が出ない。その為、大人しくしているほかなかった。
男がルディリアをテント内の椅子に下ろすと片膝をつく。
「私は王国騎士団 特殊部隊のハウルス・マルクスと申します。無礼を働きましたこと、謝罪致します。大変申し訳ありませんでした。」
「いえ、寧ろ感謝致します。ですから、そんなにかしこまらないで頂けますか。マルクス様。」
「敬称など不要です。どうか、ハウルスとお呼び下さい。ヒースロッド騎士団長補佐。」
「では、ハウルスさんで。ハウルスさん、荒野と魔物の状況、それから団長方の様子を見てきて頂けませんか?」
流石に自身よりも年長であり、騎士としても長く務めているであろうハウルスを呼び捨てにする事が出来なかった。そのため、ルディリアは「ハウルスさん」と呼ぶことに異議を唱えさせぬ様に指示を出す。
ハウルスはルディリアの対応に驚きながらも、笑顔で請け負った。頭を下げ、すぐさまテントを出て行く彼を見送ってルディリアは今度こそ魔力を回復すべく魔石に手を当てた。
現状3割を切った状態であればまだ周囲に張った結界は維持できる。しかし、これ以上となると厳しい状況だった。ハウルスが運んでくれたこのテント内であれば安心して魔力を回復する事が出来るため、本当にありがたかった。
魔石から魔力を吸収し、体内魔力が8割ほどになったころ、ハウルスがテントへと戻ってきた。その隣には特殊隊の隊長の姿もあった。
「ヒースロッド騎士団長補佐、報告です。魔物の残党も1割を切り、数十分もすれば高位までの魔物は討伐が完了する見込みです。また荒野の様子ですが、ヒースロッド騎士団長補佐の浄化魔法が効いているのか瘴気は発生しておらず問題ありません。また、アルンベルン騎士団長達が討伐しているミノタウロスですが…。」
ハウルスは言いにくそうにルディリアを見ると、彼の肩を特殊部隊隊長――ロイドス・ペイトーが代わりに話し出す。
「ミノタウロスについては討伐の見込みがたたない。それどころか、このままでは消耗した4名が討たれる可能性まである。どうにかしなければならないが、あの4名と並べるのは私と君くらいだ。いけるか?」
あの、アルンベルン騎士団長と隊長格3人がかりでもミノタウロスの討伐が危ういと聞いてルディリアは思わず立ち上がった。
既に彼女の魔力は十分な程に回復している。
「はい」とすぐに返し、ハウルスに手渡された果実水をグイッと呑みきると、近くにあった机へと置いた。
「作戦はありますか?」
ルディリアが問うとロイドスは難しい表情を返す。それを見て、ルディリアも考える。しかし、まずは状況をこの目で確認しないことにはどうにもならない。
ルディリアは先ほどまで立っていた丘の崖縁まで歩いていく、それにロイドスも付いてきて共に状況を確認する。