その娘、見習いになる
貴族院を卒業した今、彼女は自由に働けるようになった。
貴族院入学前から大魔法使いになりたくて毎日魔法の訓練を行ってきた。
雨の日も風の日も燦々と輝く灼熱の中でも彼女――ルディリア・ヒースロッドは魔法の鍛錬を欠かさなかった。
毎日魔法を使い、何処まで使い続けられるか毎日限界に挑んだ。その結果、彼女は16歳という幼さで常時身体強化魔法を習得。
それは王国屈指の魔法使いが何十年も修行を行いやっとたどり付く境地。寝ていても起きていても、何かに集中していても途切れることのないその身体強化は周りの音を鮮明に拾い、遠くまで見通せる視界を作り、獣並みの嗅覚と感覚をもたらす。
そんな彼女は貴族学院で好成績を修め、魔法技術に関しては他を寄せ付けない圧倒的な成績で卒業する。そんな彼女に貴族学院の教師らは王宮の魔法に精通する部署への就職を勧めてくれた。
ルディリアは独学で魔法を習得し、貴族院にて一般知識を身につけた。そこで魔法騎士団に所属して更に特出した知識を得ようと意気込んだ。
そして今日は、魔法師となるための試験日である。
「魔法師試験」とはこのプライダル王国で魔法師と名乗るために必要な試験であり、またこれに合格することで王国魔法騎士団に入団することも可能になる。
魔法師にはいくつかの階級があり、下から「魔法師」「魔導師」「魔術師」「大魔法師」「大魔法使い」となる。
ルディリアはまず「魔法師」となるべく王城の正門に立っていた。鞄の中には貴族院の推薦書もあり、これを門番に見せることで中へ通して貰う事ができるらしい。
心の中で「よし」と気合いを入れて大きなお城へと足を進める。
周りはルディリアよりも一回りも二回りも年齢の高い者達ばかりだ。そして彼らもまたルディリアと同じように真剣な面持ちで王城へと向っている。きっと彼らも試験を受けに来たのだろうと横目で確認しつつ門番へ推薦書を提示した。
「貴族院からの推薦書ですね。確認致しました。ルディリア・ヒースロッド様中へどうぞ。試験会場は右の建物の2階です。どうぞお進み下さい。」
門を抜けると目の前には大きな建物が三つ並んでいた。真ん中は言わずもがな王族が住まう本城。その両脇にある建物が王宮で働く者達の住まいや職場になっているのだろう。
「右の建物の2階…。」
門番さんから言われた言葉通に右に進んでいくと案内された建物の様々な階からこちらを見定める様な視線が突き刺さる。
ある者は挑発しているかのような視線を送っており、ある者は興味深そうな、楽しげな視線を向けており、ある者は殺気に近い視線を送っている。
ルディリアは訝かしげに視線の先に目を向けると一番魔力の質が高そうな視線を捉えた。
「一番強そうなのはあっちだけど、こっちの質も相当…。」
「流石、王宮所属の魔法使いだ。」とルディリアは気合いを入れ直して建物の中へと進む。
内装は随分と静かなものでまとめられていた。このロビーには必要最低限なモノだけ設置しているらしい。随分広々とした空間が広がっている。ロビーの奥の通路へ進む邪魔にならないように魔物の剥製や王族の肖像が飾られていた。
「2階…?」
目の前に広がるのは三方向に伸びる長い通路だけであり、試験会場へと促す掲示もなければ階段も見当たらない。
「さて、どうしたものか」とロビーに立ち尽くしていると、試験参加者と思しき男が入って来た。彼に道を譲り、観察する。男は、迷わず真ん中の道を進んでいった。次にやって来た女性は右の通路へ、その次の男性は左へ。その後も暫く通る人物をロビーの壁を背にしながら観察していたが、法則性はないらしい。他の参加者達も、どの通路を進めば良いのか知らない様子だった。
「どうしよう。」
ルディリアは事前になんの知らせも受けていない。真ん中の通路の先からは嫌悪に近い視線が向けられており、右からは興味深げにこちらを観察する視線が向けられている。そして左の通路の先からは何も感じないのだ。全くの無関心。
「右は…なんか嫌だな。進むなら左か正面だけど…どうしようかな。」
ルディリアが考え込んでいると、右側の通路から視線の主がこちらへ近づいてくる気配に気がついた。
「…っ。」
嫌な予感がしたルディリアが、近づいてくる人物から逃げるように左の道を選び歩き出す。しかし、それを阻むように後ろから声がかけられた。
「ふーん?そっちにいくのかい?」
振り返るとそこには綺麗な笑みを浮かべた男性がこちらを見ている。
ルディリアは頭を下げると、小さくカーテシーを行ってみせた。自分よりも家格の高い人物であることは彼の着ているマントの色からも、そこについた記章からも分かる。
「君がなかなか来ないから迎えに来たのだけどね?」
にこにこと楽しげな表情を向ける男性は、明らかにこちらの反応を見ている。ルディリアは顔を下げたまま彼に答えた。
「魔法師の試験を受けに来たのですが、どの通路を進めば良いか迷っておりました。」
「そう、それでそっちにいくことを決めたわけかい?」
顔を見なくても声色や気配、魔力の流れを感じれば、彼が不満そうであることがルディリアには手に取るように分かる。そして彼の言葉から、やはりすべての通路がすべて試験会場へと繋がっていることも理解出来た。
「こちらの道を選ぶ者が多くおりましたので、左の通路を進むべきかと判断致しました。」
「顔を上げなさい。」
ルディリアは彼の言葉に従い、彼を正面から見た。すると彼は先ほどと違いむすりとした顔を隠しもしない。右の通路を選ばなかった事が不満で仕方が無いらしい。
多分、この視線の先にはそれぞれ試験官の様な人物がいるのだろう。そして、右の試験官は彼なのだろう。
この場をどう凌ぐか、ルディリアは無表情で考え込む。
「付いてきなさい。」
にこりと笑みを浮かべた男性はそのまま踵を返す。
有無を言わせない命により、ルディリアは選択肢から除外していた右側の通路へと進むこととなった。彼の背を追いかけながら自分の頭の中の片隅に追いやった高位貴族の特徴や名前を思い出す。
淡い水色の長髪で深い青の瞳。
青いローブに赤い記章。
記章は、魔法研究部門のものだった様な気がする。
となると、この御方は…アルベルン公爵家 嫡男 サウスライド様…。
あぁ、そうだ…。
3年前にご結婚されて去年御子が誕生されたと貴族院のご令嬢達が噂していた人だ。
そんな御仁に掴まるとは私も運がない。
確か、去年魔法研究室の室長となられたはずだ。
私は研究ではなく実技として魔法を行使したかったのだけど…仕方無いか。