私の美しい婚約者が、人の心を知るまでのお話。
私の婚約者は美しい。しかし、人としての大事な心を失っている。冷酷で無慈悲で、自分の愉悦のためなら手段を選ばない人間だ。
これは、そんな私の美しい婚約者が人の心を知るまでのお話である。
「ティーナ」
鈴のように軽やかに私の名を呼ぶその声が、大好きだった。彼と出会ったのは、私が12歳、彼が15歳の頃のことだった。
その日はとても雪深い日だった。あたたかいミルクを貰おうと1階へ降りた私は、紺色の髪に雪をのせた美しい少年を見た。美しい少年こそクォーツ・ローゼンミューラー、後の私の婚約者となるその人である。
クォーツとクォーツの父の乗った馬車が我がアレンダナス家領の中で立ち往生してしまったから、我が家に泊めることになったのだった。
「こちらは娘のティーナです。ほら、ティーナ、挨拶をしなさい」
父に背を押され、私はクォーツの前に立った。クォーツは髪と同じ紺色の少し濡れた瞳で真っ直ぐに私を射抜いていた。その瞳からは感情は読み取れず、それがかえって大人っぽく見えて、私はやけに緊張してしまった。
「ティーナ・アレンダナスです」
「クォーツ・ローゼンミューラーです」
クォーツは口角を上げ微笑んでみせた。その時の私は笑顔が見れたことにすっかり浮かれてしまっていたけれど、今ならば、あれは本物の笑顔なんかじゃないと分かる。
私の父とクォーツの父は、そのひと晩で意気投合し、その後も盛んに交流するようになった。私とクォーツは年齢も近いことから、父親同士の交流が盛んになるのに比例して、一緒にいる時間が増やされていった。そんな私達が婚約するのは自然な流れであったと思う。
クォーツは常に大人で、冷静だった。
穏やかに微笑み、私の欲しい言葉をくれる。
しかし私のことを愛していないというのは分かりきっていた。手紙の返事はいつも典型文で、彼から個人的に会おうとは言ってこない。私ばかりが浮かれていた。それでも良かった。この美しい人が夫になると思うだけで、幼い私は十分に満足だった。
私が18歳になったら、正式に結婚するはずだった。
あれは私が17歳、クォーツの20歳の誕生日の夜のことだった。パーティに呼ばれ、私はクォーツの家へ行った。浮かれた雰囲気に少し疲れ、私はあてもなくクォーツの家の中を歩き回っていた。何度か訪れたことはあるけれど、常に人がいたから、人気のない夜の屋敷は普段よりもひんやりと冷たくて、少し物悲しく感じた。
廊下を歩いていたら、身に覚えのない階段を見つけた。少し記憶をたどると、そこは普段は大きな絵画のおいてある壁だった。階段は地下に伸びており、先はよく見えなかった。
好奇心に負けた私は、その階段をおりることにした。暗い足元に気をつけながら、一歩一歩下る。
やがて辿り着いたのは、小さな書斎だった。
天井までのびる本棚には本がぎっしりと詰まっていて、足元にはかなり古そうなお酒の瓶がいくつも並んでいた。書斎には一つ机がおいてあった。机の上にはペンと纏められた紙。その文字は見覚えがあった。クォーツのものだった。
少し読んで見ればそれは、クォーツの日記だった。
私は気分が高揚するように感じた。クォーツの日記、つまりクォーツの秘密、そう考えるだけで浮足立った。私は迷わず日記を手に取った。
しかしそんな私の心に、冷水をかけるような文が、そこには並んでいた。
『ーー毎日が退屈だ。詩を読んでも心は動かないし、誰かと話をしていてもつまらない。ただただ毎日が退屈だ。ひたすら退屈で、こんな人生がまだまだ続くのかと思うとうんざりする。』
『昨日は屋敷の裏に雛鳥が落ちていた。巣から落ちてしまったらしい。毒があると言われている花の根を食べさせてみたら、死んでしまった。花の根には本当に毒があったようだ。生き物が死ぬ瞬間だけは、何時間でも退屈せずに見ていられる。』
私は目を疑った。果たしてこれは、本当にクォーツの日記なのだろうか。
穏やかで大人びたクォーツのイメージとは程遠い、冷たくて残酷で乾いた文章が羅列されていた。
次のページをめくったとき、私は最初の文章に目を奪われた。庭師を殺した。その日はその文章から始まっていた。
『ーー庭師を殺した。凍る寸前まで冷えた湖のそばを通ったとき、背中を押したら簡単に落ちた。最初はもがいていたけれど、少ししたらすぐに動かなくなって、そのうち沈んだ。見えなくなったら突然つまらなくなった。次の日の朝、庭師の身体は湖の真ん中に浮かんでいた。真っ白な身体になっていた。』
心臓が凍りついたように感じた。
ちょうど少し前に、クォーツの家で庭師が誤って真冬の湖に落ちて亡くなってしまったという話を聞いたのだ。クォーツも悲しそうな顔をしていた、はず。そんなはずはない。そんなはず、ない。
私は震える指でページをめくり、さらに昔の日記を読んでいった。味気ないと語る日常の中に、時折散らされている残酷な毒、冷たさ。クォーツは一体、いくつの命を奪ってきたのだろう。
その中に私の名前を見つけて、どきりと心臓が跳ねた。
『今日はティーナとの会合の日だった。今日も彼女は僕のことを優しい人だと言っていた。何も分かっていない。大人びた僕を羨ましいと言っていた。何も分かっていない。僕は……』
その先が塗り潰されていた。ランタンの灯りに透かしてみると、ペンの押し当てられた跡から文字を読むことができた。
「……僕は、ティーナが少し、羨ましい?」
ひゅっ、と空気を切る音がして、驚いて振り向いた直後、頭に強い衝撃が加わった。硬いものが割れる音とともに床に倒れ込む。頭をおさえなら顔を上げると、そこには表情の抜け落ちた顔で立つクォーツがいた。
手には床に落ちていたお酒の瓶。割れるように痛む頭、触れてみたらぬるりと生暖かい液体が手のひらについた。
「ティーナ、僕の日記を読んでしまったのか」
クォーツの声は、かつて聞いたことが無いほど冷たく乾いたものだった。人としての気持ちなんて一つもこもっていないみたいな声だった。
クォーツ、と名前を呼ぼうとしたけれど、痛みに遮られてしまう。
クォーツは机の上のレターオープナーを手に取ると、本棚に背を預け倒れ込む私の前に、優美な動きでしゃがんで見せた。そして高揚したように歪に口角を釣り上げると、鋭いそれを迷いなく私の胸に突き刺した。
痛みで脳が焼き切れそうだった。指先が震えて、いや、全身が震えて、どくどくと血が外へ流れ出していくのを抗うことができない。少しずつ寒くなってきて、自分が死へ近付いている自覚が持てた。
クォーツは夜空と同じ色の瞳に私を写しながら嬉しそうに笑い、しかし何も感じていないようにまっさらな瞳で、私のことをすぐそばで観察していた。
「いつか君のことを殺したいと思っていたんだ」
クォーツは満足そうに目を細めた。
口からも血があふれる。もはや味覚も感じない。
私は最後にクォーツに手を伸ばすと、その白い頬に触れた。クォーツは抵抗しない。私の血がクォーツの頬に赤く広がった。
「かわい、そう、な人……」
するりと出た私の言葉に、クォーツは目を見開いた。
私は憧れていた。クォーツは賢くて美しくて大人で、なんでも持っているように感じていた。それなのにクォーツの心は、空っぽの空洞だったのだ。なんてかわいそうなのだろう。哀れなのだろう。
ぼやけていく視界の中、クォーツは不服そうな顔をしていた。それははじめて見た顔だった。いつも余裕のあるクォーツらしからぬ、人間らしさの滲む、年相応かそれより幼く見える顔。
苛立ったように頬の血を拭うその姿を最後に、私の記憶は途切れている。
まず間違いなくそのとき私は死んだ。
美しい婚約者に殺されて17年の人生を終えた。
それなのに、次に目を覚ましたとき、私はひどい寒さを感じていた。あたたかいものが飲みたくて、鈍い頭のまま部屋を出て階段をおりたら、そこには懐かしい容姿を持つ美しい少年がいた。
15歳のクォーツが、そこにいたのだ。
人は死ぬ直前に、生前の記憶が一気に蘇る、という話を聞いたことがある。これはその記憶なのだろうか、とどこか冷静な頭で考える。
「ほら、ティーナ、挨拶をしなさい」
父に背中を押され、名前を告げる。クォーツも同じように挨拶をする。
こんなこともあったな、と思ったとき、ふいにクォーツがよろけ、私の身体にもたれかかってきた。
「……やっと会えた」
耳に吹き込まれる熱い息、このときクォーツはたしかにそう言った。やっと会えた。私が目を見開いてクォーツの肩を引き離すと、彼は紺色の瞳を細め「ごめんなさい、少し疲れてて」となんでもないふうに笑った。
その瞳には、ずっしりと重い熱がこもっていた。
その夜、私はベッドの中でクォーツの言葉を反芻していた。
やっと会えた、と言っていた。
こんなこと、記憶の中のクォーツは言っていただろうか。いや、言っていない。だって私とクォーツはこのときはじめて会うのだから。
私は上体を起こして、自分の身体をつねってみた。じんじんとした痛みが腕に広がる。ちゃんと痛い。
もしかして、これは。
「……12歳の頃の自分に、戻ってる?」
美しい婚約者に殺された私は、神様の気まぐれか、はたまたあんまりにも哀れなのでやりなおすチャンスをくれたのか、クォーツと出会う日の夜に、生前の記憶を持って戻ってきた。
ここで一つ重要なことに気がつく。
やっと会えた、と口にしたクォーツにも、ひょっとして、生前の記憶があるのではないだろうか。私と同じように、あの地下の部屋で私を殺した記憶を持って、また幼い姿に戻ったのではないだろうか。
次の日、太陽が姿を見せ、使用人たちが雪かきをしてくれたみたいだから庭に行かないか、とクォーツに誘われた。朝日を反射する白く雪化粧された庭を二人並んで無言で歩く。池のそばを通るとき、私は無意識に警戒した。クォーツはそんな私の様子を、横目にじっと見ていた。
雪を払ったベンチに並んで座り、しばらく互いに無言でいた。私は言葉を見失っていて、何と切り出そうかずっと考えていて、ようやく心に決めて顔を上げたとき、クォーツと目があって露骨に驚いてしまった。更にその目には涙が浮かんでいて、頬にもいくつも雫が伝っていてより驚いた。
「クォーツ、泣いてるの……?」
クォーツは音もなく、私を見つめながら泣いていた。表情の抜け落ちた顔に涙を浮かべて、はらはらと泣いていた。その粒が朝日に照らされ光っていた。
「……ティーナ」
震えた声で名前を呼ばれた、そのまま腕が伸びてきて、強く抱きしめられた。押し潰さんばかりの強さで私を覆い、なおも止まらないクォーツの涙が私の耳で跳ねた。
「クォーツ、私、あなたに殺されたんだけど……」
クォーツは肩をぴくりと震わせると、歪に笑って言った。
「ティーナも、覚えてるんだね」
「ティーナを殺した後、僕は自分にも傷をつけて、あれを全部、強盗のせいにした。愚かにもみんな信じていたよ」
クォーツはじっと私のことを見つめながら、そう言った。私はクォーツを見つめ続ける気持ちにはとてもなれないので、美しい庭を見ながら「そうなの」と相槌をうつ。
「私の両親は、泣いていた?」
答えの分かりきった質問を自分で聞いておいて、胸がヒリ、と痛んだ。
「泣いていたね。僕のことを慰めていたよ、娘を殺した男だとも知らずにね」
少し笑った気配がして、私は思わずクォーツの頬を叩いた。パシッ、と軽やかな音がなり、クォーツがうつむき、赤くなった頬に手を当てる。
私はさっ、と血の気が引いたように感じた。殺されるかもしれない。今度はわずか12歳で。
クォーツはゆっくりと顔を上げた。その顔は、いびつに歪んでいた。動揺するように潤む瞳、しかし唇は弧を描いていて、ひどく不均衡な顔をしていた。
「……ねぇ、ティーナ、僕のその後の人生を聞きたい?」
聞きたくなど無かったけれど、そんなこと言えるわけが無かった。無言を肯定と受け取ったクォーツは、少し乱れた前髪の隙間から、ゾッとするほど色っぽい目で私を射抜いた。
「君を殺した2年後、自殺した。あの地下の書斎で、君と同じように死んだよ」
自殺、という言葉に思わず目を見開いた。クォーツと深く視線が絡み、彼に心臓を捉えられているような錯覚に陥る。
「ティーナ、君を殺した後の僕の人生は、地獄そのものだった。退屈なんてものじゃない。生きている意味が見いだせず、日々の生活に何も感じず、未来に何かをしたいと思うことが全くできなくなったんだ。思えばかつては……君への手紙の返事を考えたり、君と会うときに何を話そうか考えたり、君をどう殺そうか考えたり、その隙間に退屈を感じていた。満たされた時間があったから退屈を感じていたんだ」
新しい婚約者をあてがわれたけど、残念なことに、地獄の日々は変わらなかった。だから僕は死を選んだ。
後半かなり不穏なものが混ざっていたけれど、聞かなかったことにする。それよりも、ずっと、クォーツが純粋な心を私に向けていた事実にひどく驚かされてしまったのだ。
「クォーツ、私のことが好きだったの?」
クォーツは混乱したように眉根を寄せた。
「好き……? 僕は君のこと、別に、好きではないけど……」
私は呆れて息を吐いた。こんなにも重い気持ちを持っていながら、クォーツは私のことは好きじゃないと言うのだ。
「どうして私のことを殺そうと思ったの? 日記のことは、全部作り話だと言えば私は信じたのに。それにどうして日記になんて残したの? 賢いクォーツらしくないわ」
「僕はずっと……君に本当の僕のことを知ってほしかったんだ。だからあのとき迷わず君を殺した。本当の僕をいちばん強く知ってもらえると思って。日記もいつか読んでもらおうとは思っていた」
つまり、遅かれ早かれ私は殺される運命にあったのだ。
「私が死ぬ前に、かわいそうな人って言ったから、あのときあんなに不服そうな顔をしていたの?」
本当の自分を知った私の感想が、それだったから。
クォーツは顔を暗くした。あの言葉は、私が思うよりもずっと、クォーツの心に深く残っているようだった。
「……全部全部、思った通りにはいかなかった。僕のことを知った君は呆れたようにそう言うし、君が死んだ後の僕の人生はあまりにつまらないものだし、やり直したいとずっと思ってたんだ」
次こそ、次こそ。
「次こそ、もっと上手に……君を殺してみせる。僕が最も美しく見えるように君を殺す。君はそうしたら僕のことがもっと好きになるだろうからね。そして僕も、君を追ってすぐに死ぬ。こうして記憶を持ってまた幼い僕たちに戻ったのは、僕の願いを叶えるためだってすぐに分かったよ」
私は言葉を失っていた。
クォーツがこんなにも、大切な何かを失っていて、己の考えに固執するような人間だとは思ってもいなかった。
「私はあなたになんて殺されない。そもそも婚約もまだされてないのだから、今後もう二度と会うことがないように、お父様に頼むわ」
クォーツは笑った。
「残念ながら、君との婚約はもう決定事項だよ。今頃、僕の父がそう持ちかけているだろうね」
クォーツの言葉通り、私とクォーツの婚約はその日のうちにまとまってしまった。クォーツは私よりもずっと年齢が若い状態で記憶を持って二度目の人生を始めていたらしい。そのぶん何年も前から、私との婚約に向けて、密かに外堀を埋めていたらしいのだ。なんて恐ろしい人だろう。
もはや父にとって私達の婚約は決定事項で、覆すことなど出来なくなっていた。自分の命が愛おしい私は最後まで抵抗したけれど、ついにはそれにも疲れ、諦めて婚約を受理した。
クォーツの告げる不穏な望みとは裏腹に、婚約した私達は、かなり穏やかな日々を送っていた。手紙はあいも変わらず定型文だけれど、考え抜いた先の文章があの定型文らしいのだ。クォーツは私が思うよりもずっとずっと、不器用な人だった。いや、基本的には器用な人間だけれど、それが私に関わると突然不器用になった。定型文ながら、内容は少し変わったような気がする。日記のように、クォーツがその日に感じたことが、ぽつりぽつりと書かれるようになっていったのだ。
庭にリスがいた、頬袋が大きかった、なぜか君を思い出した。夕食には君が苦手なラム肉が出た、今度君が来たときも出すように言っておく。庭に君が好きだと言っていた花が咲いていた、押し花にしてこの手紙と一緒に贈ろう。
私はその手紙から、次第にクォーツの心が豊かになっている様を感じとっていた。だから私も負けじと返事を書いた。私も畑を荒らすキツネを見てクォーツを思い出しました。ラム肉だけはやめてください。その花は、クォーツの瞳と同じ色だから好きなのです。押し花ありがとう。栞にして大切に使います。
クォーツは詩や文学をつまらないと言っていたけれど、なぜか二人でいるときは、私にしきりに詩を朗読するよう言ってきた。
「詩はつまらないのに、どうしてわざわざ私に読ませるの?」
「ティーナの読む詩は面白い。僕は最近気がついたのだけど、こんなにつまらない世界も、君が関わっていると思うだけで、色がついたように見えるんだ」
クォーツはふと、真剣な表情になって私と視線を交わらせた。暖炉で胡桃が跳ねる、私は読んでいた愛を語る詩の本を閉じた。
「なるほど、僕は君のことが好きだったのか」
クォーツの深い湖の底みたいな瞳の中で、私の像がほろろと崩れる。ぽろり、とクォーツの瞳から涙が一粒こぼれた。
クォーツは最近よく泣くようになった。
この前も私が母の付き添いで遠方に行っており会えない期間が続いたとき、久しぶりに会ったクォーツは私の姿を見るやいなや、どっと涙を溢れさせていた。我が家の領土で雪崩が起きたときも、次の日の昼には駆け付けて、ティーナが無事で良かったと泣きながら抱きしめてきた。
「好きという気持ちは、暖かいが、少し物悲しいものだね」
胸に手を当てまつ毛を伏せるクォーツに、私は少し笑った。頬に伝う涙を拭って、クォーツの頭を撫でる。
「ようやく分かったのね」
クォーツは両手で私の頬を覆うと、そっと顔を近づけてきた。
幸せだ。そう熱に浮かされたように呟いていた。
結婚の時期も予定より早まり、私とクォーツは各々16歳、19歳で結婚した。
クォーツはまだ私を殺さなかった。
「クォーツ、もしかして、もう私のことを殺すのは諦めてくれたの?」
「諦めてないよ、いつか殺す。ただ僕は、君がお腹に僕の子どもを宿す姿に興味があるから、それまでは殺さないでおくよ」
「そう、じゃあしばらくは大丈夫ね」
しかしその後も、クォーツの興味は尽きることは無かった。次は君が子どもを抱く姿を。次は君の皺が増えた顔を。次は君が孫を抱きあげる様を。それまでは殺さないでおくよ。
「その昔、愛だの恋だのが世界を変えるんだと言っていた詩人の気持ちが、今はよく分かるよ」
「クォーツは変わったものね」
「変えたのは君だよ」
「もう誰も殺そうとは思わない?」
「どうだろうね。……もし殺すとしたら、それは君に先立たれた僕自身だろうね」
「それは無いだろうから、安心してね。私はクォーツよりずっと長生きするわ」
私は誰にも殺されない。
皺が増え、腰が曲がってもなお美しいクォーツが私の腕の中、静かに眠るように息を引き取るその日まで。