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公爵令嬢は現れない

(前回と違くね?)


 市井の者のように粗暴な言葉が脳裏をひらめいたのは、令嬢方が順に挨拶に来てくれた時でした。

 私の8歳の誕生日を祝う茶会――つまり私の婚約者選びの場で、突然それは起こったのです。

 この時私は深くは考えませんでした。

 最初に挨拶に来てくれたのは5歳の侯爵令嬢で、口上はたどたどしいながらも礼儀正しく、前回と同じように微笑ましく感じたものです。


(だからなんだよ、前回って)


 側近候補として遊び相手になっている少年たちの中には、乱暴な言葉遣いや態度をかっこいいものとして好んで真似る者もいます。また武を偏重する家の中には、立ち居振る舞いよりも武力を尊び、武力に優れたものを家中に集めるため、集めた者たちの振る舞いに知らず影響されているものもいるでしょう。

 ですが私は次期王太子として、正しく人品骨柄に恥じることのない言動を要求されます。

 与えられる教育は厳しく、言葉遣い、茶の飲み方、肘を上げる角度に至るまで、どれひとつとっても恥じることのない所作を叩き込まれました。

 ……なので、例え思考といえどもこのような言葉遣いが浮かぶことすらおかしいのです。

 自身が置かれた不思議な状況に疑問を覚えながらも、表情を変えることなく、よどみなく、予定の茶会を済ませました。

 この時の不思議が、重大な問題であったのに気がついたのは、結局のところ婚約者が決まらず、その候補として茶会には参加しなかった令嬢の名前が挙がってきた時のことでした。


(おぉう、マジか……シナリオ強制力~!)


 私の婚約者として名を挙げられた公爵令嬢は、幼い頃から遺憾なく英知を発揮し、所領に驚くべき発展をもたらしました。

 それは近年になって私が美味しく野菜をいただけるようになったマヨネーズやカレーもそうですし、自転車や冷蔵庫なる絡繰りを生み出したこともそうでした。


「万能チート様やぁ……」

「……? 殿下、何かおっしゃいまして?」

「こほん、い、いえ……なんでもありません」


 改めて公爵令嬢を呼び出して設けられた茶会で、私の顔を見るなり口の端を引きつらせた彼女の顔を見た途端、怒涛のように前回の記憶が蘇って、俺は頭を抱えて転がりたくなった。


 うそやん!


 俺めっちゃひどない!?


 修道院送りになるはずが途中で山賊に襲われて命を落とした不遇の令嬢を「気の毒に……ですが、きっと天命だったのでしょう……」で済ませてんじゃねーよ。

 しかも、それお前関わってますからぁ!

 ショック受けてるヒロイン慰めてるどころじゃありませんからぁ!

 お前が卒業式で断罪なんかしなかったら、そこまで早急で秘密裏に公爵令嬢が修道院送りになったりせず、山賊にも遭わずに済んだ可能性高いですからぁ!

 いくら自分が愛していたヒロインに暴漢を差し向けられたとはいえ、そもそもを言えば、同じ婚約破棄にしたって、節度を持ってヒロインと距離を保ったお付き合いをし、筋を通して話を持っていってれば、公爵令嬢もそこまではしなかった……んじゃないかなぁ、わからんけど多分。

 ヒロインみたいに涙を溢せとまではいわないけど、少しは責任感じてもいいんじゃないですかねえ。

 前回の記憶と同時に前世の記憶まで思いだしてしまった俺には、現状の倫理観とかがいまいち馴染めないものになってる。

 王侯貴族は何より矜持が大事、って微妙なライム刻んでんじゃねえよ。

 ロイヤルラップかよ。

 はは、笑える……って、はぁー……。


 令嬢ビビってるよね?


 そりゃ、俺明らかに死因ですし。

 ライムに死因でまた韻踏んじゃった、なんつって。

 ……はぁ~。


 多分、この世界はラノベだ。

 ラノベ原作でアニメになった奴。

 とりあえず新作アニメの初回は見る、っていうゲッシュを自身に課した俺は、割とライトなオタクだった……んだと思う。自信ないけど。

 で、前回も俺は私で、王子様で、公爵令嬢と婚約をしていた。


 茶髪に緑の目をした父王、赤い髪に青紫の目をした母王妃に似ない金髪碧眼の私は、大っぴらにではないけど不義の子なのではないかと疑いの目を向けられており、その為、品行方正ながらも内面には鬱屈としたものを抱えていた。

 さらに公爵家を後ろ盾とするため、自分にも他人にも厳しい公爵令嬢と婚約することになり、華々しい外面とは裏腹にますます内に籠っていくことになる。

 そこに来て現れるのがヒロインだ。

 侯爵家の血を引きながらも複雑な家庭環境から男爵家に追いやられ、令嬢にしては自由奔放天真爛漫に育ったヒロインに振り回され、徐々に作り物でない感情と表情とを取り戻していく王子()

 王子様()のために厳しい王子妃教育を受け、己を律してきた公爵令嬢に面白かろうはずもない。

 公爵令嬢も抱えていた鬱屈した思いは、一人解放された王子への嫉妬と共に、ヒロインへの憎しみへと変化し、やがて学園での苛めに繋がっていくのであった……ってな感じ。

 そんで、やりすぎちまった公爵令嬢は裏社会に金をばら撒いてまでヒロインを貶めようとして、あえなく企みが露見し、卒業パーティにて婚約者の王子から断罪される、って流れを前回は実地に体験しているわけなんだけども。

 いくら、結婚までギリだったとはいえ、裏を取るのもギリだったとはいえ、金をばら撒いた先のせいで国家存亡の危機だったとはいえ……なんでわざわざ卒業パーティで断罪に走ったかね、王子様()。公爵令嬢、可哀想なことない?


 自分がしでかしたことではあるのだけど、俺さー、俺に非がないとはとても思えんわけよ。

 子どもの頃から婚約しといて、同じような状況に苦しんでる公爵令嬢のことを置き去りに、浮かれポンチに恋してた王子様()の罪は重いと思うのよ。

 リア充死すべし、慈悲はない。ってのはさておくとしても。

 自分だって王侯教育大変だったわけで、男爵領育ちで貴族の常識にすら疎いヒロインはともかく、少し考えれば公爵令嬢の王子妃教育が過酷なものだったなんて、王子様なら想像できそうなもんじゃん。

 他人にもそりゃ厳しいところはあったけど、彼女は自分自身にだって厳しかったじゃん。ヒロインへの恋心に気づく前は、一応王子様だってその辺りもわかってて「彼女はどうやったら笑ってくれるのだろうな」なんて泣き言をヒロインに向かって吐いたりしてたじゃん。

 決められた政略結婚をしなければならなかったのはお互いさまで、王子様()だけが苦しかったわけじゃない……なんていうのは、素で他人ごとみたいに感じてる今だから言えることかもしれないけど。


 ……無音。


 マナーパーフェクトな公爵令嬢と王子様()のお茶会だから、かちゃりとも音がしねーの。

 ひたすら無音。

 お互いに口を開きあぐねているものだから、つい息を止めちゃったんだろうメイドの詰まった息遣いが目立っちゃうくらいに無音。

 本当ならホスト役である俺から話題を振らなきゃいけないんだろうけど、洪水のように荒れ狂う記憶を整理するのに必死でそれどころじゃない。

 前回受けた王子妃教育の賜物か、ほとんど読めない表情の中、微かに受ける緊張感というか気配で、公爵令嬢が怯えていることが察せられる。

 これ、間違っても憧れからの緊張とか、好き照れとかじゃないよなぁ。

 マヨネーズだのカレーだの、のんきに喜んでんじゃねーよ俺。

 どうしてあれらを口にした段階で、前世のことを思いだしておかなかった。

 初めて食すのに懐かしいような気がします、なんて美味し●ぼみたいなことしたり顔で言ってんじゃねーよ、俺。

 こうしてお会いするまでに、前世のことまでとは言わずとも、せめて前回のことぐらいは思いだしておきたかったな。

 がきン時のお茶会で、思いだしかけたじゃん!

 前回と違う、って思ったじゃん!

 あの時どうして追及しておかなかった!


「お茶菓子はいかがですか?」


 あんまり無言でもまずいから、かろうじて言葉を捻り出す。

 メイドがさっと動いて、大皿から各自の皿に茶菓子をとり分けてくれた。

 公爵令嬢の領地からもたらされたプリンから試行錯誤して作られた、それ。

 小さなタルト生地の中にプリンを焼き込んだ菓子は、料理長渾身の一作だ。


「これ……エッグタルト」


 一口齧った公爵令嬢が小さく呟いた。

 ……言われてみれば!


「はは……料理長が必死になって開発したようですが、既に似たようなレシピがありましたか」


 ついつられて驚いてしまった俺は、その驚きを別のものとして受け流す。

 だって、記憶があるとかバレたくないから。


 無理じゃん!?


 公爵領に驚くほどの富をもたらしている公爵令嬢を王家に取り込みたい大人たちの思惑は理解できるよ?

 それでなくとも、不義の子疑惑のある俺には公爵家の後ろ盾が必要だってことも。

 でもさ、自分の死因になった男と結婚したいと思う? 常識で考えて。

 多分、公爵令嬢、俺を見た時から怯えてるから、前回の記憶もあるループタイプの転生者だと思うんだよね……いくら記憶があるって言ったって、プリンやマヨネーズはともかく、スパイスいろいろ使うカレーの再現とか、噂によると醤油も作ってるとか、自転車、気球、保険なんかの制度とか、クッソ優秀。料理に科学に内政チートまでできるってことは、前世から頭良かったんだと思うんよ。

 俺だって現世では優秀な王子様ではあるんだけど……そんな万能チート様相手に『やぁやぁ、俺も実は転生者なんだよね』なんて仲間面できるほど面の皮厚くない。

 まして『前回はうっかり死なせちゃったけど、今回は仲良くやろうよ』なんて、言えるわけない。

 前回を踏まえて誠実に向き合いましょう、つったって、普通の神経してたら、間接的にとはいえ自分が殺した相手と仲良くなんて、気まず過ぎてできるわけない。

 たとえ彼女の方に記憶がなくても、俺が無理。

 前世で苦しめてしまったから、今世は俺が幸せにしなくては、なんて、神経が炭素繊維製真田紐ででもできてんの?


「殿下、お時間です」

「ありがとう」


 やがて時間が来て、執事からの声掛けに公爵令嬢もほっとしてたけど、俺も天からの助けかと思った。

 お茶会が終わり、公爵令嬢をお見送りしてすぐに、父上と母上からのお呼び出しがあった。


「……で、どうだ」

「と、言いますと?」

「可愛らしいお嬢さんだったでしょう?」


 案の定、彼女を婚約者にどうか、って話か。


「公爵はお嬢さんをずいぶん溺愛しているようだけど」


 なるほど、公爵家は渋ってる、と。

 前回はむしろごり押し気味に決まった婚約だったはずだし、彼女自身が嫌がっているのかな。

 まぁわかるよ。自分を殺した相手と、また殺されるような状況になりたいわけがない。

 今回の場合は、むしろ王家側が、さんざん遠回しに断られてたのを気が付かなかった振りをして、強引に無茶振りしつつセッティングしたんだろ。

 彼女が持ってる利権、発想、美味しそうだもんな。

 王家に取り込みたいもんな。

 やめよーよ、誰も幸せになれねーよそれ。

 彼女もストレスで、俺は罪悪感で、胃が死ぬ。


「彼女が臣下として国家を支えてくれるのであれば、頼もしい限りですね」


 間違っても俺が好意を抱いているなんて誤解はされないように、慎重に言葉を選ぶ。


「ええ、身分的にもあなたを支えるに申し分のないご令嬢だわ」


 国家と言ったのを俺個人の話に摩り替えて、母上が押しつけがましく確認するのに、俺は首を振った。


「あれは今の環境にあってこそ国益となりうる英知です。大地に根付いた花は美しく咲きますが、切ってしまえば一時は環境を彩りこそすれ、すぐに枯れてしまいます。永の繁栄を望むなら、自由に大地に蔓延らせ、おかしな虫がつかぬように手を入れるのがよろしいかと」


 保護管理こそすれ輿入れさせる気はないぞ、と釘を刺せば、母上は不満気に唇を尖らせた。


「あれほどの才能、押さえておかないでどうするのです」

「押さえようとすれば逃げ、囲えば枯れます。才能ある人間とはえてしてそういうものです」


 俺の言葉に、父上も母上も呆気にとられた顔をしている。

 しまった。あまりにも子供らしくないことを言ったか?


「あんなにいろいろ思いつく人に、王子妃教育なんて決まったことを教えている時間を押し付けるのはもったいないですよ。料理長の最新作も彼女はすでに知っていました。きっともっと美味しいものを作ってくれますよ」


 子どもぶって言いきってから、ちょっとあざとい物言いだっただろうかと父上と母上を見ると、少しホッとした様子をしていらした。

 誤魔化せたみたいで俺もほっとした。

 難しい言い回しを選ぶのはともかく、才能ある人間なんて知ったことを言いだすのは、さすがにまずかったよな。

 こうして俺は、だましだまし婚約を切り抜けたのだった。

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