いつものありふれた光景
「はい、では日直!」
「起立、気を付けぇ、ありがとうございましたぁ」
「「ありがとうございましたぁ」」
三島小学校 五年三組で、いわゆる帰りの会が終了した。
「「先生、さようならぁ」」
「おう、気をつけて帰れよぉ」
多くの子供達が、口々に教師の本木に対して、別れの言葉を言いながら、元気に教室から解き放たれていく。 それを見ながら、本木も職員室へと向かう。 最後に教室に残っている数人に声を掛けて。
「君達も、いつまでも教室に残ってないで、早く帰るんだぞぉ」
「はぁい」
いつものありふれた光景だった。
「行った?」
教室に残っていた集団のリーダー格、西川 和也が取り巻きの一人、牧田 泰彦に声を掛ける。 泰彦は、そそくさと教室の扉へと向かい、廊下を覗き、本木が階段のある突き当たりを曲がった事を確認する。
「オッケー」
その声を聞き、泰彦以外の和也、成田 貴志、今井 守の三人が、寺内 優治の座っている机を取り囲んだ。
「今日の体育……楽しかったよな?」
「…………」
「楽し……かったよなぁ!?」
和也が、返事のない優治イラつき、バンッと机を叩きながら凄む。
「……そ、そうでもなかったよ?」
優治が、ビクビクしながら、和也達の様子を伺うように、小さな声で答える。 その声に満足したのか、和也は優治の机に腰を掛け、他のメンバーに訊ねるように話し始める。
「そうか、そりゃそうかもな? なぁ、みんな? 今日の体育のサッカー、誰のせいで俺らのチームが負けたんだっけ?」
「そりゃ、ゴールキーパーの寺内のせいっしょ?」
教室の扉から、戻って合流した泰彦が、ニヤニヤしながら答える。
「……だとよ。 なんか言うことある?」
「いや……そもそも……僕がキーパーって……」
「なに? 不満なん?」
そもそも、運動音痴の自分をキーパーに選ぶのがおかしい……そんな優治の言葉を遮るように、貴志が凄む。 そのすぐ後に、守が優治の座っている椅子の脚をガンと蹴る。
「なに、生意気に意見しようとしてんのよ」
その光景を、和也がニヤニヤしながら見ている。
「まぁまぁ、みんな言いたい事があるのはわかるよ? 今日の体育だけで、随分とストレス溜まっちゃったもんなぁ。 うんうん。 わかるわかる。 でもさぁ、優治一人責めて終わりなんて、そりゃ違うよ。 なんて言うの? そう、不毛って奴だ」
和也が、大袈裟な抑揚をつけて、他の三人に言い聞かせるように語る。 その喋り方に、優治は不安を覚える。
「なに? 許してあげるの? かっちゃんは優しいなぁ」
「優しすぎっしょ?」
守の発言に、泰彦が乗っかる。
「だからさぁ、今から、優治の特訓してやろうぜ」
「そりゃ名案だわ」
「確かに?」
和也が楽しそうに言うと、貴志と守が笑いながら答える。
「ほら、立てよ」
守が楽しそうに、再び優治の椅子の脚を蹴りながら、立つように促す。
「な? 立てよ。 ……そんな、不安そうな顔すんなよ? そんなんじゃ、俺達がイジメてるみたいじゃん? 違うだろ? 俺達は、お前が次のサッカーん時に、今日みたいにならないように特訓してやろうって言ってるんだよ? ……わかるだろ? ……わかるよな? ……わかったら、さっさと立てよ! こんノロマっ!」
和也は、机から飛び降りると、貴志をどかして優治の横に立ち、乱暴に優治の前髪を掴み、引っ張りながら、笑顔で話しかける。
「わ……わかったから、離してよ」
髪を引っ張られた優治は、仕方なしに、立ち上がる。 和也は、そのまま、髪を引っ張りながら、優治を教室の後ろに連れていく。
「ほらよ」
そのまま、ランドセルを入れるロッカーに向けて、優治を突き飛ばす。
「痛い!」
「ドーン!」
ロッカーにぶつかって、痛がる優治に貴志が、両手で勢いよく優治を押した。
「!」
優治が、再び、ロッカーにぶつかる。
「おいおい! そんなんじゃ、ゴールは守れないぞ?」
和也は、そう言いながら、今度はロッカーに飛び乗り、腰をかける。
「おりゃあ~」
泰彦が、優治の真正面から喧嘩キックで、ロッカーへと突き飛ばす。
「いっ……」
くの字に身体を丸めて、背中をさする優治。 今度は、守がドロップキックをかます。 そして、そのまま教室の床に倒れる。
「いって~」
床に転がった守が、痛みに顔を歪める。 和也達は、それを見て、大笑いする。
「守、バッカじゃねぇ? そんなん、痛いに決まってんじゃん」
「くっそ~、お前のせいだぞぉ」
守は、腰を擦りながら、優治の胸倉を掴むと、そのままロッカーに突き飛ばす。 三人は、代わる代わる優治に体当たりやキックなどで、優治を痛めつける。
その光景は、ここ数ヶ月、ずっと続いている光景だった。
優治は、毎日のように、どうでも良さそうな口実で、和也をリーダーとした四人組にイジメられていた。 切っ掛けは、優治にはよくわからなかった。 それまで仲良く五人で遊んでいたというのに、ある時、突然、弄られるようになった。
最初は弄られているという感じだったが、ひょっとして、これはイジメられているのではないか? と思える程にエスカレートするまで、そう日数を要さなかった。
自分がイジメられているという事実が、悔しくて、恥ずかしくて、認めたくなくて、教師にも両親にも相談出来ないまま、ズルズルと過ごし、今では暴力を振るわれるまでに発展していた。
優治は、悔しさと痛みで、とっくに泣いていたが、それでも止めない三人を、和也は、ロッカーの上でニヤニヤしながら見ていた。
「そうだ!」
ずっと、笑いながら見ていた和也が、何かを思いついたかのように、ロッカーから飛び降りると、貴志に指示を出し、優治を羽交い締めで動けないようして、その前まで歩く。
和也は、そのまま優治の胸に付いている名札の安全ピンを外すと、守に名札を投げつけた。
「ナイスパス!」
守は、そう言いながら名札を受け取ると、奪い返そうと寄ってきた優治を引き付けたあと、泰彦に投げた。
「へい、パス!」
和也は楽しそうに、名札をパス回しし始める。
「この名札を、上手くキャッチできれば、サッカーのキーパーなんて、余裕だろ?」
優治は、フラフラしながら、時折、蹴られながら、涙を拭いながら、名札を奪おうと手を伸ばす。
「おいおい、どうした? そんなんじゃ、また大量に点を取られちゃうぞ?」
そう言いながら、貴志が投げた名札は、コントロールミスにより、誰にもキャッチされずに、ロッカーの横と壁の間の隙間に落ちてしまった。
「あ!」
「あ~ぁ、上手く取らないから……」
残念そうに呟いた和也の言葉に、他の三人が大笑いする。
優治は、床にへたり込んだ。 なんとか取らないと……そう思い、周りを見回す。 教室の前に置いてある本木の机に目が止まる。 正確に言うと、その後ろにしまってある長い定規にである。
優治は、無言で立ち上がると、大笑いしている四人を素通りして、長い定規に手を掛ける。
「お、考えたねぇ」
和也がニヤニヤしながら、それを見守る。 貴志が、そんな優治に近付こうとしたが、和也がそれを止めた。 名札を、苦労して取り出したところで、もう一度奪って、再度、隙間に落としてやろう、そんな風に考えたからだ。
長い定規を手に、教室の後ろに戻ってきた優治は、ロッカーと壁の隙間に長い定規を突っ込んだ。 そして、そのまま掻き出す。 いつの間にか、涙は止まっていた。
一回目は、対して、手応えもなく、掻き出してみたものの、ホコリとゴミが出てくるのみだった。
二回目で、定規が何かに引っかかった手応えを感じた優治は、引っかかりが外れないよう、慎重に掻き出した。
出てきたのは、名札……と、一冊のノートだった。
優治は、そのホコリに塗れた古びたノートに、嫌な気配を感じた。
「なんだ? どけよ」
和也は、定規を持って、しゃがんでいた優治を蹴り飛ばすと、出てきたノートを手に取った。
『呪いのノート』
ノートの表紙には、そう書かれていた。
和也は表紙を捲ると、鼻で笑った。
「なんだこりゃ?」
そう言って皆に見せた一ページ目には、そのノートの説明が書かれていた。
『このノートは呪いのノートだ。
次のページに呪いの文を書いた。
ぼくは、この世を呪う。
この世と、ぼくに大へんな運命を
押し付けた両親を呪う。
このノートは、その第一歩だ。
そして、これはちゅう告である。
この後のページを見た者は、
七日後に、
大へんな目にあうだろう。
うらむのなら、ぼくの両親と
自分の好奇心をうらむがいい。
5-3 クスノセ ミツキ』




