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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
閑話

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それぞれのそれから

 ●六道 仁真のそれから


「え~と、枝豆と大根サラダ、焼き鳥の盛り合わせを一つずつと、この至福の皮串ってのを、五人前、あとなんか欲しいもんあるか?」


「いや、とりま、そんなもんでええんちゃう?」


 チェーン経営の居酒屋で、六道の声が響く。 向かいには、與座 尊。 虚忘退治から数日後、二人は、テーブルを挟んで向かい合っていた。


「いやぁ、まさか、六道のおっちゃんの方から、誘われるとか、想像もしてへんかったから、だいぶビックリやわぁ」


 生ビールのジョッキを片手に與座が笑う。


「悪かったな、急に誘って……。 まぁ、タケルも飲める年齢だし、こういうのもいいだろう? ところで、その喋り方……、もう出身地がどうとか、気にしなくていいんだから、……どうにかならないのか?」


 六道もまた、生ビールを口に運びながら笑う。


「あぁ、前も言うたけど、これ……もう癖になってもうてん。 せやから……」


「お待たせしましたぁ。 枝豆になりまぁす」


「あ、おおきに」


 気だるそうな店員の声に会話を遮られた二人が無言でテーブルに料理が置かれていくのを見る。


「ごゆっくりぃ」


 料理を運び終わった店員が、これまた気だるそうに挨拶をして、その場を去っていく。


「そっちこそ、どうなん? また、霊能活動……再開するん?」


「あぁ、そのことで、話を聞きたくてな」


 そこで、六道は枝豆をつまみながら、ビールをグビグビっと飲む。


「げふっ。 実は、今日の昼間、お前んとこの経営企画部? って奴が来てな……」


「え? なに? スカウトされたん? ほな、『山』の法師やるっちゅうこと?」


「いやいや、厳密には、下請け扱いだがな」


「どうゆうこと?」


「……なんか、この先、その『山』ってとこが忙しくなるとかで、よかったら民間の立場で、妖退治とかの仕事を請け負って貰えないか? って話だったんだ」


 その言葉で、與座は、御前会議から戻ってきた時の佐藤の言葉を思い出す。


「あぁ、そういえば、そんな事言うてたな。 こっから忙しくなるから、緊急性の低いもんは請けんでええって言われたわ。 んでもって、緊急性の高いやつも、可能なら民間に委託するとかせんとか……」


「……まぁ、それだな」


「多分やけど、来年の節分にでっかいイベントがあるんよ。 そのせいやと思うわ」


「ん? いや、……俺が聞いたのは、来年の五月くらいまでって話だったぞ?」


「……そうなん? なんかあるんやろか?」


 與座は、自分の知らない情報があることに気付き、怪訝な顔付きになる……が、すぐに気を取り直す。 重要なことなら、そのうち降りてくるだろう……と。


「……で、受けるん?」


「お待たせしましたぁ。 至福の皮串五人前と大根サラダと焼き鳥盛り合わせでぇす」


「あ、おおきに」


 話の腰を折られた與座と六道は、テーブルに料理が置かれるのを無言で見詰める。


「あ、お姉さん、生……お前も飲むか?」


「あ、もらうわ」


「え……と、生二つ」


「はい。 以上ですね? では、ごゆっくりぃ」


「……案件にもよるが、都合が合えば受けようかと思ってる。 一応、能力に合わせた案件をチョイスするって話だったしな……」


「……やめた方がええんちゃう?」


「……どうした? 何かあるのか?」


 與座は、至福の皮串に手を伸ばし、六道を見据えたまま口にした。


「うまっ! なんやこれ」


「至福の皮串は、ここの看板メニューだからな。 ……で、どうしてやめた方がいいんだ?」


「生二つでぇす」


「あ、おおきに」


 気だるそうな店員の声が響き、二人は空のジョッキを差し出す。 店員は、差し出された空のジョッキを手に取ると、いつものセリフを口にした。


「では、ごゆっくりぃ」


「霊とか妖って……最近、あのデーハーアロハのせいで、価値観ぶっ壊れてしまいそうやけど、本来、怖いもんやん。 『山』(うち)の法師かて、毎回、命懸けや。 もう、そんなんは、ええんちゃう?」


「……なんだ? 心配してくれてるのか?」


 六道が、にこやかに話す。


「大丈夫だ。 これでも昔は、いろいろ修羅場を潜ってきてたしな」


「……知っとる。 『山』入ってわかったんやけど……、六道のおっちゃん、妖を退治できる数少ない民間の一人やったみたいやしな」


「……わかってるなら、いいじゃないか」


「……せやかて……ま、心配は心配やん……」


 六道は、一瞬、目を丸くした後、ニヤニヤしながら、ビールを飲む。


「まぁ、なんだ……もし、自分に息子がいて、一緒に飲むってなると、こんな感じなんだろうな……。 もっと贅沢を言えば、瓶ビールをグラスに注ぎあえたら、より、それっぽいんだろうが……」


 六道は、串を手に、感慨深そうに與座を見詰める。


「はん。 しゃあないやんか。 生の方が楽やし、美味しく感じるんやから。 瓶ビールで一緒に飲みたい言うんなら、おっちゃんちで飲む時に頼むわ」


「……こりゃ、本格的に健一に嫉妬されそうだ」


 六道は笑いながら、心底、美味しそうにビールを喉に流し込んだ。




 ●立川 明美のそれから


 専業主婦に平日も休日もない。 なんせ家族の世話に、平日も休日もないのだから。


 立川 明美の休日は、いつもより遅めの7時に起床するところから始まった。 立川家は、夫の立川 正良(まさよし)と明美の二人暮らし。 子供はなく、正良の給料のみで、日々の生活をやりくりしていた。 ただ、最近は明美の霊能者としての活動により、懐はだいぶ暖まっていた。


 明美は、隣で寝ている旦那の正良を起こさぬように、そっとベッドから抜け出すと、リビングのモップ掛けを始めた。 一通り、掃除を終え、新聞を取りに外へ出ると、郵便受けに一羽のカラスが止まっていた。 そのカラスをよく見ると、足が三本あり、その内の一本を立川に向かって、差し出していた。


「あら〜」


 明美は、そう言いながら、差し出されていた足に括り付けられていた手紙を受け取る。 その瞬間、三本足のカラスは、煙のように消え失せた。


 …………


「明美さん、おはようございます」


 部屋に戻り手紙を読んでいると、正良が二階の寝室から階段を降りてきた。


「おはようございます、 正良さん。 テーブルにフレンチトーストあるから、食べていてくださいね」


「ん? 何を読んでるんだい?」


 明美が、何かを読んでいる事に気付いた正良は、冷蔵庫から牛乳を取り出しながら訊ねた。


「うん。 立川 明美は、『店仕舞い』みたい」


「……そっか。 そろそろ一年だっけ?」


「えぇ、そうね。 最初、節約霊能主婦になって、メディアに露出しろってきた時は、随分とビックリしたもんだったわ」


「……じゃあ、このフレンチトーストも食べ納めかな。 じゃあ、日が変わるまでに、立川 明美および立川家の痕跡は消しておくから……。 残金の振り込みの方、お願いいたします」


「そうね。 じゃあ、今晩はモヤシ料理パーティーでもしようかしら?」


 明美は、スマホを弄りながら笑顔で話す。


「はい、残金は、いつもの口座に振り込むよう依頼しておいたから……」


「ありがとうございます。 これで、しばらくお別れですかね?」


「そうとも限らないわよ? ほら」


 明美はそう言うと、一枚のメモを正良に手渡す。


 …………


 メモを読み終えた正良は、笑いを堪えきれずに吹き出した。


「節約霊能主婦の次は、中流家庭のありふれた女子大生ってか? 差が激しいねぇ」


「そう? ま、こんなもんよ。 ところで、あなた、……口調が素に戻ってるわよ? ……で、いつまでに用意できそう?」


「これは、失礼いたしました。 金額に折り合いがつけば、三日後には……。 それまで、立川 明美はサービスで残しておきますね」


「さすが、老舗ね」


「……各種情報を取り扱い、最適な小道具を用意し、最適な役者を配置することで、舞台を整える。 それが私共、『山村座(やまむらざ)』の仕事でございますゆえ……」


 正良は、大袈裟な身振りで、仰々しく言い回した。


「山村……」


「どうしましたか? 山村の名になにか?」


「いえね、こないだ仕事で、『山』(うち)の呪術部の人と会って、その人が山村姓だったもんだから……」


「あぁ、それは陰陽師の家系の方の山村でしょうね。 平安時代に陰陽博士と呼ばれた陰陽師の姓が、確か山村だったと思いますので、その系譜の方かと……。 ご存知の通り、私共は、歴史の闇に葬られた江戸の四座目が起源でございますから……」


 江戸時代、中村座・市村座・森田座・山村座の四座あった芝居小屋は、江戸四座と呼ばれていた。 だが、そのうちの『山村座』は、江島生島事件により、取り潰され、江戸三座となった。


 取り潰された『山村座』のメンバーは、他の三座へと吸収されたが、一部の者達は、裏稼業へと手を染めた。 それが現在の『山村座』の基となっている。 『山村座』は、依頼によって、戸籍、身分証などの『小道具』の他に、家族、親族、友人などの集団を構成する『役者』を派遣し、各種情報の収集から提供まで……依頼人の望んだ形で、町や施設、イベントなどの『舞台』に溶け込ませることを生業としている。


『山』の諜報部は、その『山村座』を使って、立川 明美という実際には存在しない節約霊能主婦を、さも実在するかのように造り上げていた。


「ちなみに次の期間は?」


「遅くとも五月までだから、……およそ半年ってとこね」


 それを聞いた正良は、手帳にサラサラと何かを書き込むと、そのページを破って、明美へと手渡す。


「こちら、お見積になります。 御家族は、祖母、父、母、ご本人様の四人家族。 父親は、大手企業に務めるも、なかなか出世できないサラリーマン。 母親は、お菓子作りが趣味の専業主婦。 脚の不自由な祖母と一緒に暮らすために、バリアフリーの家に一家て引っ越してきた…….という設定で、戸籍と(がら)をご用意させていただきます。 ご本人様の方は、いつもの通り、そちらでご用意いただくよう、お願いいたします。 ご本人様の確認が取れ次第、身分証の方を作成いたしますので、身分証だけは少し遅れますこと、ご了承ください。 ちなみに身分証は、学生証になりますが、免許証も欲しい場合は、追加オプションとなります」


「ん。 免許はいいわ。 ……じゃ、前金として、見積の30%を振り込むよう依頼しておくわ」


「ありがとうございます。 あ、……あと……老婆心ながら、申し上げますと……」


「なに? なんか歯切れが悪いわね」


「え……と、今回の立川 明美のキャラですが……」


「立川 明美がとうしたの? はっきり、言いなさいよ」


「えぇ、その……主婦というよりは、その……単なる大阪のおばちゃんでしたので、次のキャラ造りはもう少し熟考する事をお勧めいたします」


「え? 関西弁なんか使ってなかったわよ?」


「……でしたら、関西弁を使わない大阪のおばちゃんだったかと……」


「は?」


「え?」


 見詰め合う二人の間に微妙な空気が漂う。


「……わかったわ。 ま、そこは伸び代として受け取っておきましょう」


 言い難いことを口にした正良は、溜息をつきながら話す明美の反応に、ようやくホッと胸を撫で下ろす。


「ところで……差し支えなければ、今後の進め方の参考に、教えていただけませんか? 次の任務の概要を……」


「……差し支えるわ。 ……まっでも、仕方ないわね。 次は……『巨魚(フート)虜囚(りょしゅう)』の(ふところ)への潜入……ってとこね」


 明美は、微笑みを顔に貼り付けたまま、静かにそう言った。

江島生島事件

江戸時代中期、大奥御年寄の江島が、歌舞伎役者の生島新五郎らと酒宴を行った事を切っ掛けに、多くの関係者が処罰されることとなった一大事件。 この事件により、山村座は廃座となり、生島新五郎、および山村座座元、五代目山村長太夫は、それぞれ流罪となった。



次回から新章になります。

いつも『いいね』ありがとうございます。

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