臨時御前会議
「……という訳でありまして、呪術部より、山村主任にご参加していただき、赤の書所有者の実力を確認してまいりました。 マルタイは、『虚忘』と呼ばれる妖で、等級としては特妖級となります」
営業部長の佐藤は、薄暗い会議室で、虚忘退治の顛末について説明をしていた。 会議室には、佐藤の声と、数少ない参加者が手元の資料を捲る音が時折、響くだけだった。
前回の月例会議の議題であった、延厄式に赤の書所有者を参加させるか否か、それを決めるために、開かれた臨時の月例会議での事だ。 今回の月例会議に與座の姿はなく、いつも通り、各部門の部長と進行役の壱与、そして、いつもの駕籠に入った当代の卑弥呼のみで開催されていた。
「……與座主任の見解によりますと、今回のケースも、赤の書所有者の力が大きく、やはり、延厄式に参加させ、除厄を進めるのが妥当だ……との事です。 ……以上となります」
佐藤は、一通りの報告を終えると、大きく息を吐きながら、チラリと駕籠を見た。
「佐藤営業部長、ありがとうございました。 では、続いて、芦屋呪術部長、お願いいたします」
壱与の言葉を合図に、佐藤は自席へと戻り、代わりに芦屋がゆっくりと立ち上がった。 芦屋は、そのまま、無事な方の左眼のみで周りを見回した後、咳払いを一つして、話し始めた。
「あ〜、なんだ……結論としては、やはり赤の書所有者の延厄式への参加は認められない……ってとこだな」
(さぁ、どう出る?)
再び、周りを見回した芦屋は、先日の山村とのやり取りを思い出していた。
◇ ◇ ◇
「……配員表ですか?」
夜中に、マウスとキーボードを相棒に、モニターと睨み合いをしていた芦屋に、不意に声が掛けられる。
「……人成か……。 突発で"抜き"が三件入ってな……。 人員の再調整ってわけだ……」
「相変わらず、忙しそうですね……」
「そらそうだ。 妬み嫉みなんざ、人類が集団で行動するようになった時から、ずっと付き合ってる感情だ。 おかげさまで、"抜き"も"刺し"も、大繁盛ってな……」
芦屋は、山村の方を見ることなく、左眼をやたらと瞬かせながら、モニターを注視したまま、続ける。
「配員なんて、わざわざ親父殿が自らやんなくても、他の奴に振ればいいでしょ? 退魔部の安倍部長なんて、配員やってるところなんか、一度も見たことなかったですよ?」
「安倍は、良くも悪くもスター様だからな……。 こんな裏方仕事なんざ、死んでもしねぇだろうよ。 だが、呪術部で、部員の能力と力量を一番把握してるのは俺だからな。 ……モニター上じゃ、ただの記号だが、この采配一つで、あいつらの生死が別れんだ。 ウチのエース、呪殺王子を始めとする癖の強い奴らにゃ、任せれんねぇよ」
「……アイツを呪殺王子なんて呼んでんの親父殿ぐらいのもんですよ……。 とにかく……早いとこ、後進を育ててくださいよ」
「だから、お前を引張ったんだろ? 退魔部にゃ、こっちからチャチャいれられねぇもんだから、異動願いを出してもらう形になっちまったけどよ……。 悪かったな。 おかげで、変な噂される羽目になっちまって……」
「柊 隼斗を恨んでるって噂ですか? 気にしてませんよ。 親父殿の言う通り、呪術部の方が、適性が合ってるんですから、声を掛けてもらって、感謝してますよ。 それにしても、理不尽ですよね。 退魔部より、呪術部の方が、仕事量も稼ぎも生存率も高いのに、いつも評価されるのは退魔部の方なんだから……」
「はん! 所詮こっちは『裏山』だからな。 ……それにしても、皮肉なもんだぜ。 呪術しかねぇって、ガムシャラにスキルを磨いて、必死に働いて……成果を出せば出すほど、認められれば認められるほど……そのスキルを使う機会ってのは、どんどん減らされてくってんだからよ……。 ……と、よし、これで、なんとかなんだろ……」
芦屋は、作業をひと段落させると、ファイルを上書きし、会話を始めてから、初めて山村の方を見る。
「さて、例の話は喫煙所で聞かせてもらおうか?」
喫煙所に移動した芦屋は、最初の煙をゆっくりと大きく吸い込むと、ふぅ〜と、わざとらしいくらいの音を立てて吐き出した。
「……で、どうだったんだ? 当代の赤の書所有者って奴は」
「えぇ、アレはバケモンですね」
山村の迷いのない答えを聞いて、芦屋は左眼を大きく見開いた。
「お前が、そう言うってこたぁ、相当だな」
「はっきり言って、規格外ですよ、あんなの……。柊 隼斗を初めて見た時も規格外だと思いましたが、兄の方を見てしまったら、弟の方は、全然可愛く見えますね」
山村は、ボリボリと天然パーマの頭を掻きながら答えた。
「……そうか。 ってことは、除厄の可能性は十分あるって事か……」
「……まぁ、柊兄一人なら負けることはないでしょうね。 ただ……」
「……随分、含みを持たせるじゃねぇか。 負けることはないって……負けねぇけど、勝てるかどうかはわかんねぇって聞こえるぜ? なんかあんのか?」
「そうですね……。懸念点が一つあります。 それは―――」
…………
「……なるほど。 確かにそいつぁ、致命的だな」
芦屋は山村の話を聞いて、煙草をもみ消すと、顎に手を当てて考え込む。
「だが、逆に言うと、そいつさえなんとかできれば、柊兄ってのは、神をも倒せるって事だな……。 ……わかった。 次の月例会議では、赤の書所有者参加の方向で話を進めよう」
「……意外ですね。 今回の提案には、なにがなんでも反対するかと思ってましたよ」
「んなわけねぇだろ? 目の上のたんこぶが、一つ潰せるってんなら、俺ぁ、陰だろうが悪魔だろうが、……赤の書所有者だろうが、一緒に踊ってやるさ」
そこまで言うと、芦屋は新しい煙草を咥え、火を付けた。
「俺が、最初、反対してたのは、しょうもねぇ思い付きで、周りを巻き込んで、多くの犠牲者を出すのが嫌だったってだけさ。 お前が実際に見て、イケるかもしれねぇって踏んだんなら、十分、張る価値はあるだろうよ」
そう言って、芦屋は煙を吐き出す。
「……ただ、アレだな。 そのまんま、OKですよってんじゃ、ちょいと癪だな……。 それに、ダメ出しした時の連中の反応も見てみたいとこだしな……」
「……また……そういう……。 そんなんだから、周りから誤解されて、人望がないんですよ。 ただでさえ、強面で、誤解されやすいんですから……。 まったく……」
「はっ! 人望? んなもんは、犬にでも喰わせとけ」
芦屋は、そう言いながら、豪快に笑った。
◇ ◇ ◇
芦屋の言葉で静まり返った会議室に、壱与の声が響く。
「……芦屋呪術部長におかれましては、今回の提案は認められない。 呪術部から人員は出せない……そういう事でよろしいでしょうか?」
「……あぁ、今回、トドメを刺したのは六道とかいう民間だし、妖の縛りを暴いたのは営業の與座主任って話だからな。 今回の柊 鷹斗の功績は特になかった……というのが、俺の意見だ」
「なるほど……。 よくわかりました。 ……ところで、ここに諜報部から提出された報告書がございます。 今から、その一部を読み上げさせていただきます」
壱与の言葉に、その場にいた各部門の部長達の顔色が変わる。 それもそのはず、『山』には、経営企画部、経理部、営業部、生産部、退魔部、呪術部の六部門しか存在しないはずだったのだから。
「ちょ、諜報部!?」
芦屋の声が裏返る。
「あぁ、ご存知ないのも無理はありません。 諜報部は、その性質上、私と当代様の二人しか知りえない部門になりますので……。 では、読み上げます」
・ 今回の虚忘退治において、柊 鷹斗の役割は
極めて重要だった。
・ 柊 鷹斗の特異性は、赤の書所有者という点ではなく、
まったく霊力がないという点にある。
・ 仮に、延厄式にて、柊 鷹斗と『荒覇吐』が対峙した場合、
少なくとも彼が『荒覇吐』の神通力にて害されることは
ないと思われる。
「……細かい部分は割愛しますが、要約すると、以上の内容となります。 芦屋呪術部長、以上を加味しまして、なんとか譲歩していただけないでしょうか?」
壱与が、深く頭を下げる。
「待った! ちよっと待った! 霊力がまったくない? そんな事って本当にありえるのかい?」
芦屋が反応するより前に、安倍が慌てたように口を挟んだ。
「……約600年前、似たようなケースがあったと、過去の文献より明らかになっております。 当時の資料では、規格外の霊力を持った人物の、その双子の片割れにおきまして、まったく霊感が……霊力がなかった……と記述されておりました」
壱与は一度、言葉を区切り、周りを見回した。
「……本当に……そんな事が……」
壱与は、安倍の呟きを無視して続けた。
「その文献は、少々、創作めいた部分があるため、どこまで真実かは分かりませんが……、今回のケースと酷似した状況だったと言えます。 ……霊力がない。 言い換えれば、陰や妖、精に関するすべてにおいて、『見えない』、『聞こえない』、『触れない』……故に『触られない』……」
「……実に……興味深い」
壱与の言葉に、熱に浮かされたように烏丸が、ボソリと呟く。
「霊力のない者が関わる未来は、はっきりと視えなくなるものです。 松井経営企画部長の未来視で、延厄式の未来が視えないということは、柊 鷹斗が延厄式に関わる事の証明とも言えます」
壱与は、そう言いながら、まっすぐに芦屋を見据えた。
「……あの、すいません。 諜報……諜報部と言うのは、今まで聞いたこともなかったのですが……いや、その名称からも我々にも知らされていなかった理由ってのは想像出来るんですが……」
佐藤が、言葉を選びながら、おずおずと口を挟む。
「……その……何故……今、その存在を公にされたのでしょうか……?」
その質問に、壱与は、佐藤を黙って見詰めた。
「佐藤営業部長の想像通り、諜報部は内部に関しても、秘密裏に調査を行います。 今、敢えて、諜報部の存在を口にしたのは、皆々様方の調査が既に終わっていること、そして、……以前より示唆しておりました『巨魚の虜囚』との決戦が近いという理由からでございます。 もちろん、この事は口外無用でございます。 この場を出たら、その存在はお忘れいただく事を推奨します。 もし、諜報部の存在を他の者に漏らした場合は、各部門の長だとしても……」
そこで、壱与は微笑みを称えながら、改めて会議室を見渡す。 そのゾッとするような氷の微笑に、佐藤の顔が引き攣る。
「これ以上は、……言わぬが花……というものですね」
会議室のメンバーを見回していた壱与の視線が、芦屋のところで止まる。
「では、改めて……芦屋呪術部長、どうか譲歩していただけないでしょうか?」
改めて問われた芦屋は、一度、他の部長達を見やった後、肩を竦めた。
「……わあったよ。 わかった、わかりましたよ。 赤の書所有者、柊 鷹斗の参加を認めればいいんだろ? ったく、参ったぜ」
芦屋は、一度言葉を区切り、壱与を真っ直ぐに見詰めた。
「ただし、条件がある。 おっと、また条件だとかしつこ過ぎ、とか思わねぇでくれよ? こいつぁ、作戦の成否に関わる話なんで、絶対条件って奴だ。 そいつぁ一一一」
………………
「……なるほど。 確かにそれは、作戦の成否に関わりますね。 承知いたしました。 烏丸生産部長、特命案件用の予算を使って、ご対応をお願いいたします」
「……了解。 あ〜、佐藤君、近いうちに柊 鷹斗を、俺んとこに連れてきてくれ」
「……わかりました」
「さて、……楽しくなってきたぞ」
烏丸は、そう言って、心底、楽しそうに笑みを浮かべた。
怪の章 完
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
第5章完です。
閑話を挟んで新章に入る予定です。
これからもよろしくお願いします。




