決着
「虚忘! よく聞け! 俺は、柊! 柊 鷹斗! 間山市出身の妖狩りだ!」
虚忘の姿を視る事が出来ない柊が、虚忘から数メートル離れた位置を指さして、堂々と言い放った。
「な!?」
その場でお菓子を広げて、楽しげにしていたメンバーが驚きの声を上げる。 そりゃそーだ。 こんな不意打ち。
ゲートから出てきたところを叩こうにも、みんな座ってお菓子を頬張っているんだから、こんなタイミングで妖がでてきても、対応のしようがない。
シシシシシシ
柊の言葉に虚忘が反応する。
「なん……でやねん」
與座が、驚いた顔をして、弱々しいツッコミを入れる。 すべては、もう手遅れだ……そんな声だった。
ボッ
なにかが風を切る音が響く。 六道さんが言っていた、虚忘が人を喰らう時の音に違いない。
…………
……が、なにも起きない。
ボッ
続いて、同じ音が響く。
……が、やはり、なにも起きない。
「え?」
「あれ?」
慌てて立ち上がっていた山村とおばちゃんが、不思議そうな声を上げる。
「な……にも……起きない?」
六道も立ちながら、不安そうに呟く。 その声におばちゃんが反応する。
「いや……虚忘は出てきているはずだわ。 その証拠に妖が目にも止まらぬ速さで動く時の……風切り音は響いているもの……」
先程まで、座っていた全員が、今は立ち上がって、不思議そうな、訳が分からないような、そんな複雑な表情をしていた。
「あ、……あそこ!」
僕は、本堂の隅を指さす。 その声に全員の視線が一点に集まる。 そこには、白い鼠の怪人……と言っていいのだろうか? 鼠の顔をした人型の化け物が佇んでいた。 きっと、あれが與座の言っていた虚忘の本体なんだろう。 可哀想に……状況が飲み込めないのか、小首を傾げている。
與座は、俯いたまま、震えていた。
「くっふ……せやった。 こいつ……チートやったわ」
顔を上げた與座は、腹を抱えながら、大笑いを始めた。
「……どうゆうこと? アレ……私にも視えるんだけど……なにが起きてるの? 名前と出身地言ったら、食べられるんじゃないの?」
状況が掴めない河合 美子が、こっそり僕に話し掛けてくる。
「ん~、たぶんだけど、柊が名前と出身地を口にした事で、虚忘の本体が柊を喰おうとしたんだけど、なぜか喰えない? みたいな感じですかね?」
僕は、わかる範囲で、河合 美子に状況の説明をする。
「? だから、なんで食べられないの?」
「霊感がゼロだから……らしいですよ?」
「霊感……。 そんなの私だって、全然ないわよ」
「いや、アイドルちゃん……あいつのは、レベルがちゃうんよ。 ただ霊感が低いだけやのうて、完全にゼロなんや。 せやから、見えへんし、聞こえへんし、触られへんっちゅうこっちゃ。 当然、喰われもせんとか……マジ、チートやで」
笑いすぎて、涙を浮かべた與座が、河合 美子に補足説明をする。
「信じられん……。 話には聞いていたが、本当にこんな……」
山村が、自分の頬っぺをつねりながら、驚愕の声を上げる。
「あれが……柊なんや」
なぜか、誇らしげに言う與座。
キィ?
虚忘の本体は、未だに状況が掴めずに、小首を傾げている。
ボッ
再び、聞こえる風切り音。
今度は、先程の場所から柊を繋いだ対角の位置に現れて、やはり小首を傾げている。
ぎゅうぅぅうう
何度、食べようとしても食べられないからか、今度は威嚇を始めた。
「そろそろ……終わりにしようか。 おい! どうした虚忘! 俺を喰うんじゃないのか?」
いつの間にか、メガネを掛けて、煙管を手にしていた柊が、虚忘をまっすぐ見据えながら、濃い煙を吐き出す。
ぎゅう!
ボッ
短い威嚇音の後、風切り音が響く。 次の瞬間、柊の後ろに煙に囚われた虚忘の姿があった。 虚忘は、煙の網に囚われながら、必死にもがいていた。 煙は、その虚忘の動きに合わせて、伸縮を繰り返しながらも、しっかりと虚忘を捕まえていた。
ぎゅうぅぅぅう
「エセ! お前がトドメを刺せよ」
全員が呆気に取られている中、柊が與座に言い放った。
「は? ムリに決まってるやろ? 俺には、妖を滅することはできひん」
「そこの坊主か作務衣から符を貰えばいいだろ?」
「そない言うたかて……」
ぎゅうぅぅううぅ
與座が、恋する乙女のようにモジモジしている間も、虚忘は煙の網の中で暴れていた。
「あ!」
なんとなく暴れる虚忘を見ていた僕は、白い網を形成している煙の筋が一本が破れている事に気付いた。
「誰でもいいから、早くトドメをを刺さないと! 網が破れちゃう!」
慌てた僕の声に、與座の目の色が変わった。
「ほな……坊主のおっちゃん! 一緒に……一緒にやってくれへんか?」
與座の提案に、自信のなさそうな六道の顔が曇る。 そして、何度も與座と虚忘を交互に見たあと、一度俯いた。
「……わかった。 一緒に……健一の仇を取ろう」
顔を上げると、六道はハッキリとそう答えた。
ぎゅうぅぅううううううぅ
二人は見つめ合い、同時に頷くと、六道は数枚の札を與座に手渡した。
「使い方はわかるな?」
「あぁ、大丈夫や。 しっかりと覚えとるわ。 丸めて投げるんやろ?」
その言葉を聞いた六道は、微笑みながら頷くと錫杖を構えた。
「合図したら、あいつの胸を目掛けて投げろ!」
「了解や」
そんなやり取りをしている間にも、虚忘はもがき続け、網を形成している煙も数本破れ、網の中から虚忘の腕が飛び出していた。 全員、二人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた。
ぎゅうぎゅうぅううぅ
「今だ!」
六道の合図で、與座が丸めた御札を数個投げつけた。
ボムン!ボンボン!
虚忘の胸の辺りで激しく響く爆発音。 と同時に、飛びかかった六道の錫杖が、飛び出ている虚忘の腕を叩く。
ぎゃう
爆発に巻き込まれ、ちぎれ掛けていた虚忘の腕が完全に千切れた。
「破っ!」
六道は、腕を叩いた錫杖を激しく回し、そのまま虚忘の足を薙ぎ払った。
ぎゃわっ!
短い鳴き声を上げた虚忘が、バランスを崩し、床に倒れ込む。 六道は、そのまま倒れている虚忘の赤い目に向かって、錫杖の柄を突き刺した。
ぎゃん!
虚忘は、錫杖に刺されたまま、床に押さえつけられ、ジタバタともがく。
「タケル! 錫杖を抑えてくれ!」
六道の声に與座が素早く錫杖を持ち、もがき暴れる虚忘を錫杖で抑える。 六道は、與座に錫杖を任せ、両手て印を組み、お経を読み上げ始める。
「え? お経はダメなんじゃ……」
僕は呟きかけた言葉を飲み込んだ。六道のお経で、虚忘の身体から、うっすらと煙が上がり始めたのだ。
「あれは……呪言」
それを見た山村が、ボソリと呟く。
「呪言?」
「あぁ、稀にいるんだよ。 声に力を乗せられる人間ってのが……。 そういう人間が放つ言葉を呪言っていうんだ。 呪ってのは、呪いだと思われがちだが、この場合の呪は呪いだね。 声に呪いを乗せて、妖を攻撃しているんだ……。 ろく……坊主さんは、呪言使いだったのか……」
僕が、解説の山村から説明を聞いている間も、虚忘の身体は、煙を上げ続け、僕らは、その身体が透き通り始めるのを見ていた。
虚忘を錫杖で押さえつけている與座も、お経を読み上げている六道も……いつの間にか、涙を浮かべていた。
キィ
キィ……キィ……
キ……ィ……
「あぁ、そうや……言い忘れとったわ。 俺は……高島 尊、改め……與座、……與座 尊や。 ほなな、きよ坊……」
虚忘の身体がかなり薄くなったのを見計らい、與座はそう言いながら、虚忘に刺さっていた錫杖を横に薙ぎ払った。
その瞬間、虚忘は柊の吐き出した煙とともに霧散した。
あり……が……とう……
キィ……キィ……
それを見届けた後、六道はその場で膝を着いた。
「……健一……16年……かかっちまったが……、取ったぞ……お前の仇……。 お前の……息子と一緒に……。 くっ……」
「親父……大婆ちゃん……俺……とうとう……やったったで……」
それぞれの想いを口にしながら涙を流す二人を見て、柊は、満足そうに笑いながら赤い本を仕舞った。




