霊視を終えたその後で
ふと我に返ると、再び白い部屋にいた。 目の前には、曾祖母がいつものように座っていた。
なんやったんや……今の……
今までにない体験をした與座は、自分の頬に涙が伝っていることに気付き、慌てて手で拭った。
今までの曾祖母との問答とは、まったく違った体験だった。 対象の過去の映像……こんなものを見られるようになるとは思いもしなかった。 おそらくだが、きよ坊の姿をしたゲートの霊視と、先程、曾祖母との問答、それらが合わさり、情報がすべて揃った事で、先程の形になったのだろう。 曾祖母との問答という霊視の最中に視る、過去の映像という霊視……なかなか不思議な気分にさせられた。
「多角的に視る……大事な事やってんな……。けど……」
毎回、こんなモノを視せられては、参ってしまう。 たまに、やたらと対象に感情移入する民間の霊能者を見た事はあったが、ようやく、その気持ちが分かった気がした。 これは確かに堪える……。 自分が今まで客観的に視てこれたのは、曾祖母との面談という形を取ってきたためだと、今更ながらに痛感した。
「はぁ、虚忘やのうて、きよ坊やったんやな……」
竹内が陰陽道を齧っていたこと、落人狩りが集落にやってきたこと、いくつもの偶然が重なり、幼い子供と一匹の鼠の命と引き換えに誕生した、強力な呪霊。 それが虚忘の正体だった。
平家と縁のある者達が落人となり、各地に散り、隠れ住み、さまざまな集落を作っていったことは有名な話だ。 まさか、祖母、絹代の住んでいた土地も、そんな土地の一つだったとは、夢にも思わなかった。
「ま、それはそれや!」
與座は、気持ちを入れ替えるために自分の両頬を挟み込むように叩いた。
「大婆ちゃん、きよ坊を異界から引きずり出すんは……名前と出身地を言うしかあらへんっちゅうことか?」
「……きよ坊は、信頼する竹内との会話を制約とし、名と出身地を聞かねば、姿を現さないという"縛り"を自ら、受け入れおった。 そのため、その名と出身地を聞き出す手段として、自らの姿をしたゲートにより、聞いて回るという"妖術"を用いるようになったのじゃ。 ……つまり、きよ坊を引きずり出すためには、名と出身地か必要ということじゃ」
欲しい答えはわかった。 だが、その方法では、リスクが大きすぎる。 なにせ、與座は目の前で父親が喰われる様を見ているのだ。 過去の映像でも、父親が喰われた時も、きよ坊は、目にも止まらぬ速さで、襲いかかる。
「あの巫女もそやったけど、本気の妖のスピードは反則やで……。 なんか弱点はないんかい……」
與座は、今得ている情報を整理する。
お経を嫌がるんはわかった。 自分が絶命した時のトラウマっちゅうやつやろ。 他に奴が嫌がったんは……せや、山村さんの猫鬼や。 あん式神が出よった時、確かにゲートの動きが止まりよった。 まぁ、もともとが鼠やからな……。 あとは……竹内の言うことは、聞くっちゅうことやけど……、もうおらへんしなぁ……
ちゅうことは、……お経はNGや。 ほな、猫鬼はどないやろ? 作戦に組み込めるんちゃうか?
…………
「やっぱ、もっかい聞いとくけど……きよ坊を異界から引きずり出すんは、名前と出身地を言う以外でないっちゅうことでええんや な?」
「ない!」
……即答。 ほな……あの方法しかあらへんよな……
「……大婆ちゃん、おおきにな。 そろそろ戻るわ……」
與座は、後ろ髪を引かれるような思いを抱きながら、現実に戻るよう気持ちを切り替えた。 途端に、薄くなっていく大婆ちゃん。 いつもの部屋からの出方だった。
◇ ◇ ◇
白い部屋が消えると、そこは先程までいたはずの本堂の中だった。 腕時計を確認すると、霊視を始めてから10分程経っていた。 白い部屋での体験する長い時間は、いつも現実では一瞬だった。 それが10分ともなると、今までにない程、長い時間を白い部屋で過ごした事となる。
そら、糖分欲しくもなるわな……
そんな事を考えながら、周りを見回して、異様な光景を目にする。
「おばちゃん、そっちのポテチちょっと取って」
「……名前……は、なんで……すか?」
先程のメンバーが、集まって、お菓子パーティを開いていたのだ。 ゾンビのような姿をした、虚忘……いや、きよ坊を完全に無視して……
「……たか……しま……たける……くんですか?」
「あ、こっちもちょっと欲しいかも……」
柊のポテチおねだりに続いて、河合 美子が口を開く。
「……たかし……まくんの……生ま……れは……どこですか?」
「じゃ、こっちでポテチ、キープしたら袋渡すから待ってて」
上手く状況が飲み込めない……
「……ちょい待ち! 誰か……状況を説明してくれへん?」
「ん? あ、戻ったか」
先程、おばちゃんから取ってもらったポテチの袋から、広げたティッシュの上にガサガサとポテチを流しながら、柊兄が平常運転の声で反応する。
「いやな、エセが霊視してる間、暇だなぁって、ちょっと小腹空いたなぁってなってな。 おばちゃんに飴ちゃん貰おうとしたら、もうないってなってなぁ」
パリ
ポテチを齧る音が、本堂に響き渡る。 柊は、河合 美子にポテチの袋を渡しながら、続けた。
「で、代わりにお菓子ならあるって言うんだよ。 いやいや、流石にピクニックじゃないよって言ったんだけど……、ま、この通り、困ったおばちゃんだよ」
柊が、おばちゃんの持っている大きめのカバンを指さして、やれやれとでも言いたげに言葉を紡ぐ。
「いやいや、アロハちゃん! あの妖は、名前とか聞いてくるだけだから、問題ないって……。 せっかくだから、皆で食べようって言ったのは、アロハちゃんじゃん」
柊の言葉に、心外だと喚き始めるおばちゃん。
なんやの……この人ら……
ふと見ると、六道のおっさんも和泉のおっちゃんも、バツが悪そうに、落花生を口に入れている。 彼らの前には、落花生の殻がいくつも置かれていた。
「……妖を前にして……、肝が据わっとるどこらやあらへんがな」
與座がそう言いながら、一人分空いたスペースに腰を下ろす。
「ま、最後かもしれへんからな……。 こういうのも悪ないかもやな」
「……たか……しま……たける……」
與座は、ボソッと誰に言うでもない小さな独り言を、呟きながら、中央に置いてあるポッキーに手を伸ばした。
「で、なにかわかったのか?」
「あぁ、今から説明するわ。 その前に、チョコ系食べさせてや」
ポッキーを両手で持ち、ダブルポッキーを口に入れる與座。 その後に柊がキープしたポテチを頬張り、再度、ポッキーを口に運ぶ。 甘いとしょっぱいのコラボを一通り堪能した後、與座は霊視で視た内容を語った。
一人のきよ坊と一匹のきよ坊の物語。
使われた呪詛『仇鼠』
そして、竹内が課した制約。
…………
「なるほど……、虚忘ではなく、きよ坊が正解だったのか……」
六道が苦い顔で呟く。
「仇鼠……呪術系の家系で育ったが、聞いた事がないなぁ。 効率の悪さから、完全に廃れた呪術なのかもしれないね」
山村が、顎を撫でながら、神妙に呟く。
「ほんでな……。 こっからが本題やねんけど……奴を異界から引きずり出すんは、名前と出身地を言うしかなさそうなんよ」
「……」
「で、……俺が……自分の名前と出身地を口にするんで、後は、出てきたきよ坊を皆で、なんとかしてほしいんよ」
その言葉に、六道が取り乱しながら、反論をする。
「危険過ぎる! あの時……君の父親が喰われた時、白い鼠の妖なんて、まったく見えなかったんだぞ! 目にも止まらぬ速さで、出てきたら止める間もなく、命を落とす事になるぞ!」
「……せやろな。 せやから、天パ、そこで猫鬼の出番や。 奴は、猫鬼出したところで、動きが止まりよった。 覚えてるやろ? 俺が襲われとる間に、猫鬼を出せば、こん面子なら喰われる前に倒せるかもしれへん」
與座は、自らを囮にして、きよ坊を倒してくれ、と。 そう言ったのだ。
「待て! 君はまだ若い! その役は私がやる!」
與座の言葉に六道が反応する。
「いや、俺がやる。 そもそも俺には攻撃手段があらへんし、それに……親父の仇でもある。 あと……きよ坊の過去を視たからかな? なんか、どうにかしてなんとかしてやりたいねん。 せやから……頼むわ」
與座は、いつになく真剣に周りを見回した。
「……気に入らないな。 その案は却下だ!」
柊は、ポテチを触った指を舐めながら、よっこらせと立ち上がって、與座を見下ろした。
「あ? こんな時に……、ふざけとる場合ちゃうぞ?」
「その、自分が犠牲になります的な感じが、全然、ダメ!」
「せやけど、他に方法があらへん。 誰かを囮にする言うんなら……、名前を半分知られとる俺が適任や。 それとも、なにか? 他に方法があるんか!?」
「あるさ」
「なにを……言うとんねん!」
柊は、半ば激昂する與座の言葉を無視して、そのまま、虚忘とかけ離れた位置を指さした。
「虚忘! よく聞け! 俺は、柊! 柊 鷹斗! 間山市出身の妖狩りだ!」




