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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
怪《かい》の章

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與座の霊視 後編

 読経をやめた静寂の中、賴成は、刀に付いた清重ときよ坊の血を見ながら、どうしようもない不安に駆られていた。 なにか一つ、手順を間違えたような、そんな感覚。


 仇鼠(きゅうそ)は、飢えた鼠に人柱の肉を与え、人の味を教えこみ、経を唱えながら、人柱諸共殺害することで、成就する呪詛のはずだった。 どこにも不備はない……はずなのに、湧き上がる不安と焦燥感。


「どうじゃ?」


「うまくいったのか?」


「高島殿! これで呪術は成功したのか?」


 賴成の不安をよそに、三人の男達が、矢継ぎ早に問いを発する。 ここまでやって、呪詛が失敗となると、清重は無駄死にとなってしまう。 賴成の額に汗が伝った。


 ふっ


 不意に松明が消えた。


 妙だな。 風もないのに……


 そう思い、辺りを見回した賴成の動きが止まる。


 清重の遺体の前に、白い人影があった。


 何者? いや、いつの間に?


 そう思った瞬間、男達の内の一人の上半身が消えた。 次いで、残った下半身も、右脚、左脚と順に消えていく。 盛大な血飛沫を上げながら……


「ひ、ひぃいいいぃぃ!」


 まともに血飛沫を浴びた二人の男が、ほぼ同時に背を向け走り出す。


 が、その内の一人の右足が、先程の男と同様、血飛沫を上げてなくなった。


 状況が理解出来ずに、ぼんやりとそれを見ていた賴成の目に、白い人影が見えた。


 バリ


 ボリ


 子供の背丈程のソレは、白い体毛を携えた鼠の顔をした人型の化物だった。 白い面の口元を真っ赤に染めた鼠の化物。 その化物が男の足を喰らっているのだ。 その姿は醜悪そのものだった。


 賴成は確信した。


 ソレこそが仇鼠なのだと……


 だが、なぜ術者の自分達が襲われているのか? 仇鼠は、呪いの対象である役人達の元に向かうのではないのか?


 ……なぜ?


 軽い衝撃とともに賴成の左腕が消えた。


 不味い。


 遅れてやってくる痛みを堪えながら、賴成は、咄嗟にお経を唱える。 古今東西、化生の者は読経に弱い。 それが賴成の認識だった。


 ぎゅうぅ


 鼠のきよ坊が、清重を喰らっている間に発していた威嚇の鳴き声が響く。


 効いている?


 やはり読経が効いていると、少し安堵した賴成の目に、鬼のような形相で賴成を睨みつける仇鼠の赤い目が見えた。


 ……それが、賴成が最期に見た光景となった。


 ◇ ◇ ◇


 昼頃に到着した景宗は驚愕した。 ようやく買い物が終わり、帰ってきたというのに、集落の至る所に血溜まりが出来、ところどころに食い散らかされたような人の身体の一部が転がっていたからだ。


「一体……なに……が?」


 嫌な予感を覚え、購入した品を放り出した景宗は、御館様の住む洞穴へと走る。


 洞穴の中は、もぬけの殻だった。


「御館様!」


 大声を張り上げても、返事はなかった。 静寂の中、景宗の荒い息と激しい鼓動だけが響いているように感じた。


 ジャリ


 不意に音が響いた。


「誰か! 誰かいるのか?」


「ひぃ、ひぃいい」


 物陰に隠れるように、同じ家臣の男が蹲っているのが見えた。


「おい! 一体、何があった?」


 景宗は怯える男の肩を揺すりながら問い掛けた。


「た、竹内殿?」


「そうだ。 竹内だ。 一体何があった? 御館様はどうした? この集落の有様はなんだ?」


「そ、それが……」


 男は、源氏の役人が集落に来たこと、御館様が連れ去られたこと、高島ら四人で仇鼠という呪術を行ったこと、そして、その果てに生まれた化物が、自分達と集落を襲った事を語った。


 それを聞いた景宗の胸に強い後悔が走った。


 買い出しで集落を離れてしまったこと。

 調子に乗って、呪法を語ってしまったこと。

 そして、その呪法を()()()()形で伝えたこと。


「……御館様は?」


「集落の一番南にある小屋に……役人達と……」


「そうか……」


 そう言って、立ち上がる景宗に、男が慌ててしがみつく。


「竹内殿! まだ……化物が彷徨いておるやもしれん。 一人で行くのは危険じゃ! ……それに……わしを一人にしないでくれっ!」


「……しかし、御館様の安否を確認せねば……。 それに……きよ坊もなんとかしてやらんと……」


「きよ坊? ……あ、あの化物は、きよ坊なんか? だが、きよ坊は、なぜ故、術を施したわしらを襲うのじゃ?」


「……仇鼠は、本来、執着が弱く、呪霊としては弱いはずの鼠に人の念と魂を融合させることで、強力な呪霊を作り上げる術だ。 今、集落を襲っているのは、きよ……清重と、鼠のきよ坊が混ざり合った強力な呪霊だ……」


 そこまで言って、景宗は表情を崩す。


 そう、かつて、鼠が大量に発生するような劣悪な環境下で、手伝いもろくに出来ないような、幼い子供を多く抱えた貧しい集落が生み出した忌まわしき呪法。 それが仇鼠だった。


「……すまない。 私が不完全な呪法を語ったばかりに……」


「……不完全? ……な……にを……」


「 私だけでなく、呪に携わる者は、みな、己の弟子以外に呪法を語る際、真似されぬよう、不完全な方法を語るようにしておるのだ……。 今回の術に足りなかったのは、呪の対象を教え込む事……」


「…………」


「今のきよ坊は……呪の対象がないまま、暴走しておるのだ。 このままでは、目に付く者、全てを喰らい尽くす事になるだろう」


「……つまり……竹内殿……お主が……不完全な……嘘の呪法を語ったせいで……。 ……貴様が……貴様の……貴様ぁぁあああぁぁあ」


 男は泣きながら、景宗の胸ぐらを掴んだ。


「……すまぬ。 償いならば、いくらでもしよう。 だが、その前に……この状況をなんとかしないと……。 ……ところで高島殿は?」


「……わからぬ。 わしは逃げるのに必死で……他の者がどうなったのかまでは……」


「そうか……。 わかった……。 とにかく、まずは御館様の無事を確認しなければ……」


「……わしも……行こう。 一人でいるのは耐えられぬ……」


 こうして、二人は御館様の囚われている小屋へと向かった。 道中の血溜まりと散乱した肉片は、きよ坊の猛威を如実に物語っていた。


 小屋に入ると、悪臭とともに凄惨な光景が広がっていた。


「……御館様?」


 呼びかけても、誰も返事をしない。 それもそうだう。 小屋の中は、そこにたどり着くまでに目にした光景とまったく同様の、食い荒らされた肉片と血溜まりしかなかったのだから……


「くふ……くっはっは」


 小屋の隅から、笑い声が響いた。


「無駄じゃ! みんな……みんな……化物に喰われたわ」


 薄暗い小屋の隅で、なにかがもぞりと動き、立ち上がる。 それは片腕を失った高島 賴成であった。


「弥生も……役人も……余所者の主も……みんなじゃ! みんな、死んだわ」


 そう言いながら、血塗れの顔に涙を流しながら、高笑いする高島 賴成。


「はっはっは……ざまぁみろ! 役人共め! 天罰じゃ! 天罰が下されたのじゃ! はっはっははは……くっぐ……ふぅう、だが、何故、なんで弥生まで……ぐ……くぅ」


 高島は、言いたい事を言った後、泣き崩れた。 景宗と共に来た男が、高島に駆け寄った。


「……手遅れ……だったか……」


 それを見た景宗は、一人小屋を後にした。 御館様が亡くなったとなれば、あとは暴走するきよ坊をなんとかする、それだけが、景宗の目的となった。


 小屋を出ると、少し離れた草むらに蹲る白い人影が見えた。


 バリ


 ボリ


 グチャ


 白い体毛に包まれた化物が何かを貪り食っていた。


「……きよ坊……」


 景宗の声に、化物の動きが止まった。


「……た……けう……ち……さま?」


 大好きだった景宗の呼び掛けにきよ坊が反応を示した。 その反応に景宗は、驚きと共に希望を見出す。


「そうだ! 竹内だ! 私の事がわかるか?」


「……たけ……う……ち……さま。 おい……ら、キィキィ」


 確かに、混ざっている。 ……が、辛うじて清重の意識が残っている。 景宗は、そう判断した。


「清重! このままでは、鼠のきよ坊と完全に混ざってしまう。 いいか? これ以上、人を喰らうのをやめるのだ! 己の姿を思い出せ!」


 すると、白い体毛に包まれた鼠の顔を持った子供が、少しずつ、人の姿を取り戻し始める。


(いいぞ。 もともと、鼠の霊は執着が弱い……。 このまま、人の姿を思い出させる事が出来れば……)


「キィ……でも……おいら……おなかが……キィ」


「そうか……。 ひもじいのだな? だが、そのひもじさは、鼠のきよ坊の気持ちだ。 お前の気持ちではないのではないか? それに、このままでは、集落の者達、みな喰らうことになってしまうぞ? そして、いずれは他所から来た陰陽師に滅ぼされてしまうのだぞ? それでいいのか?」


「キィキィ……ほろ……ぼされ……るの……やだ」


 きよ坊は、清重の顔と白い体毛に包まれた身体を持った形に変化する。 しかし、その顔は、鼻や唇など、ところどころが欠損し、右目も潰れた凄惨なものとなっていた。


(……なんと、むごい……)


「そうであろう? ならば、ここは一旦、やめにしよう! お前は、清重だ! そうだ! また字を教えてやるぞ? 狩りの仕方も教えてやろう。 また、みんなで楽しく暮らそう!」


「……た……けう……ち……様……」


 このまま、清重ときよ坊を分離して成仏させる。 それが景宗の狙いであり、希望だった。 きよ坊は、化物の姿から清重の姿へと徐々に変化し始めていた。 このまま、会話を進めれば……上手くいくかもしれない。 そう確信した。


「竹内殿……」


 しかし、その景宗の狙いは、脆く崩れて去ってしまう。 先程、血塗れで号泣していた高島 賴成と家臣の一人が、連れ立って小屋から出てきたのだ。


「……それは、……きよ坊?」


「化物……。 弥生を……弥生を返せぇ!」


 隻腕の高島が、男を振り解き、きよ坊に向かって石を投げた。


「あぁあぁぁぁあああぁぁぁぁあ」


 頭を抱えて、苦しみ始めるきよ坊。 高島に責められた事で、男達の手で、無惨に殺された事を思い出してしまったのだ。 わずかに残っていた清重の意識を、きよ坊の飢餓感と怨嗟が塗り替えてゆく。 その顔は、清重ときよ坊の顔が交互に移り変わり……やがて、元の白い鼠の……きよ坊の顔に戻った……


「ぎゅうぅぅ」


「清重! 大丈夫だ! 気をしっかりと持て!」


「ぎゅうぅぅ ぎゅうぅぅ」


(だめ……か……。 ならば……)


「清重! ひもじいか!? だが、もう人を襲うのはやめろっ! そうだ、今後は私が、お前に喰らっていい者の名を……」


 景宗は、そこで言葉を切る。 自分の後ろにいる高島 賴成、そして、同姓同名の高島 賴成か脳裏に浮かんだ。


「……名と出身地を伝よう。 私から、名と出身地を聞いた者なら、存分に喰らってよいぞ! だから、どうしても我慢出来なくなったら、私のところに……来い! それまでは、誰にも気付かれぬよう、姿を消しておけ! そうすれば、お前が他の者に滅ぼされる事はないだろう」


 それは、景宗のエゴだった。


 自分の伝えた不完全な呪法で化物にされてしまった清重を、これ以上、傷付けたくなかったのだ。 潔く滅してやれればいいが、自分の力では、苦しませてしまうだけで、滅することができない……。

 それならば、このまま無差別に人を襲い、いつかやってくる誰とも知れない陰陽師に滅ぼされるよりも、定期的に餌を与える事で、その存在を少しでも、長引かせてやりたい。


 そんなエゴだった。


「ぎゅうぅぅ ぎゅうぅぅ」


「大丈夫だ。 まだ物足りないと言うのなら……」


 景宗は、そう言って、己の左腕を上に伸ばす。


「今は、私の左腕で我慢せい! そして、そのまま姿を隠すがよい!」


「……た……う……ちさ……ま」


 きよ坊は、景宗の名を呼び、そして……消えた。 景宗の左腕を喰らって……


 左腕を失った景宗に二人の男が駆け寄る。


「大丈夫か? 今、止血を……」


「すまぬ。 高島殿! 高島殿は、生き残った者を集めてくだされ! もう脅威は去ったと……。 そして……今後の……きよ坊……の話をせねば……」


 景宗は、生き残った者達に語った。


 きよ坊が役人達に痛ぶられ、呪霊にされてしまったこと。


 景宗は、きよ坊を抑えるために、名と出身地による"縛り"を設けたことを説明し、脅威が去った事を告げた。

さらに、今後、何者かに名と出身地を聞かれても、決して答えてはいけないと、そして、それを子々孫々まで語り継ぐよう、強く言い聞かせた。 集落の者が、きよ坊に喰われぬように……

 最後に、この先、この集落に害する者達が現れたら、きよ坊に喰わせることを人々に約束した。


 景宗は、事実と虚構を織り交ぜながら、生き残った者達の前で、清重の愛した集落の復興を誓った。

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