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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
陰《おん》の章

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修蓮さん

 その日、久し振りに夢を見た。


 夢の中の僕は暗闇の中にいた。

 こんなもんさ……と諦める気持ちと、都合のいい時にだけ寄ってきて、都合が悪くなると簡単に裏切る民草への止めどない怒り。 それらがせめぎあって、暴れ回りたい衝動に駆られる。 急に光が見えた。 暗闇の中を彷徨っていた僕は、迷わずその光に手を伸ばした……ところで、目が覚めた。


 ……起きた時は、最悪の気分だった。 その夢が、何を意味しているかはわからないが、とにかく嫌な気分になる夢だった。 バリバリと左腕を掻き、右胸をポリポリと掻く。 左腕の掻いた部分に血が滲む。 ……右胸? 僕は、慌てて自分の右半身を確認して叫びたくなる。 赤いブツブツが、右半身にまで侵食していたのだ。


 和泉に用意してもらった居住エリアの一室で悶々としていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。 和泉だった。 朝食を持って来てくれたらしい。 朝食は、バタートーストとサラダとゆで卵にコーヒーだった。 どこかのモーニングみたいだ。 修蓮さんは、明日の朝帰ってくるらしいので、今日一日は施設内で自由にしていいという事だった。 はぁ、と返事をすると、和泉は頷いて部屋を去ろうと立ち上がった。 そして、ドアノブに手を掛けて、その動きを止める。


「……なぜ、自分だけがこんな目に……」


 和泉が放った、その言葉が胸に刺さった。 それは僕が感じている事、そのものだったから。 まぁ、なぜってのは、心霊スポットで変な事をしてしまったからなのだが……。


「……自分も昔、そう思ってました」


 和泉が、相変わらずの暗い声で語り出した。 和泉は、幼い頃、いわゆる狐憑きだったと言う。 両親も困り果ていろんな所に相談し、……引っかかってしまった。 オカルトを喰いものにするインチキ霊能者に……。 結果、効果のない落書きのようなお(ふだ)を、そこらに売っていそうなお守りを、怪しい壺を……、高額で売りつけられた。 和泉家は借金塗れになり、家庭は崩壊しかけた。

 ……そんな時に修蓮さんがやってきたと言う。 修蓮さんは、両親と共に借金の整理を行い、この施設で和泉を預かって、長い年月を掛けて、憑いていた悪霊を払ってくれたのだと言う。

 和泉は、その恩返しのため、そして自分と同じような境遇の人を助けたいと、修蓮さんの弟子となり、右腕として働いているそうだ。 ファーストインパクトの通り、苦労人のようだった。 これからは、ちゃんと心の中でも和泉さんと呼ぼう……。


「本当の悪意ってのは、理不尽な物だから……、そんなものに……簡単に負けてはいけない。 精一杯、抗わなくては……」


 そう言った和泉さんの目は、とても綺麗に見えた。


 その後、僕は畑仕事を手伝ったり、施設に住んでいる子供達と公園で遊んだり、他の住人達と話をして過ごした。

 苦しんでいるのは、僕だけじゃないのだ。 そして、そんな人達に慕われている修蓮さんに早く会いたいと思いながら、その日を過ごした。


 翌朝、爆音で目が覚めた。 若干、苛立ちながら、何事かと窓を見ると、真っ赤なスーパーカー(フェラーリとかランボルギーニとか、とにかくとても高そうな車だ。 詳しくないので、よくわからないが……)が、敷地内に入って来たようだった。 和泉さんが、その車に走り寄っていくのが見えた。 お客さんだろうか? そう思って、再び布団に入る。 微睡んでいると、チャイムが鳴った。 和泉さんだった。 修蓮さんが戻ってきたので、道場で会いたいという話だった。


 和泉さんについて道場に行くと、お坊さんが正座して待っていた。


「先生。 連れて参りました」


 和泉さんに先生と呼ばれたお坊さんは、こちらを見てニッコリと微笑んだ。


「初めまして、貴方が航ちゃんね。 臨ちゃんから聞いてた通り、優しそうな子ね。 私は、大河内(おおこうち) 修蓮と申します」


 そう言って、ペコリと礼をした。 お坊さんの姿だったので男性だと思っていたら、思いっきり声が女性だった。 かなりびっくりしたが、慌てて自己紹介して礼をした。 修蓮さんは、いわゆる尼僧(にそう)だったようだ。


 修蓮さんは僕をニコニコしながら見ていたが、しばらくして口を開いた。


「ちょっと不快かもしれないけど、我慢してね」


 と言いながら、懐からタバコを取り出して、吸い始めた。 道場は禁煙じゃないのか? しかし、喫煙者ってのは、お客さんがいてもタバコを我慢できないのだろうか? と黙って見ていると、修蓮さんは、煙をふぅっと僕に吹き掛けてきた。 まるで、前会った柊のようだった。


「……それ、前にも他の人にやられましたが、何か意味があるんですか?」


「あらあら、ちゃんとわかってる人がいるのね」


 修蓮さんは、感心したように笑い、一吸いしただけのタバコを携帯灰皿で揉み消した。


「そうねぇ、もし狐に化かされてるかもって思ったら、どうすればいいかわかる?」


 修蓮さんが、イタズラっぽい顔で問いかけてくる。 僕の質問には答えてくれないのだろうか? 狐という単語を聞いて、思わず道場の脇に立って待機している和泉さんを見てしまうが、質問の答えはわからないままだ。


「……水を飲む…….とかですかね?」


「なかなか、いい線いってるわよ」


 修蓮さんが楽しそうに笑う。


「……眉に唾を塗るのよ。 眉唾の語源になっているから、分かりやすいでしょ? でも、もう一つあるの。 それはね、煙管を吸う事なの。 今で言うとタバコね。 共通するのは、怪しい出来事に出会ったら、『まず落ち着け!』って事かしら? でも、落ち着く方法なんて他にもあるわよね。 航ちゃんの言う『水を飲む』ってのもそう。 でも、眉に唾を塗るっていうのと、煙管を吸うってのだけが口伝(くでん)として残った。 なんでかわかる?」


 まるで禅問答のようだ。


「それはね、妖とか霊とか本物に出会ってしまった時、落ち着くだけじゃダメだったからなの。 よく、ケガした時にツバ塗っておけば治るとか言うでしょ? 唾には浄化作用があるから、眉、正確には睫毛(まつげ)なんだけど、に塗る事で、幻覚に惑わされなくなるの。 煙管もね。 線香や煙管の煙は、よくないモノの出す瘴気を浄化する作用があるから、道で持っててもおかしくない煙管を吸って、瘴気を払うって考え方になったの。 結局、本物に出会った時にも効果があった二つが口伝として生き残ったってのが正解ね」


 そして、僕の身体には、かなり強い瘴気が纏わり付いているらしく、それを少しでも弱めるために煙を吹き掛けたという事だった。 コロコロと笑いながら、説明する修蓮さんは、正直、お婆さんだが、とてもチャーミングに見えた。 チャーミー婆さんだ。


「さて、まずは航ちゃんの口から、ちゃんと聞かないとね。 どうして、こんな状態になってしまっているかを……」


 僕は、旧八又トンネルでの出来事を詳細に語った。 反省の言葉と共に……。


「……航ちゃんがやったのは、寝ている人の耳元で爆竹を鳴らしたようなものなのね。 そんな事されたら、優しい航ちゃんでも怒っちゃうでしょ?」


 確かに……。 そういえば、今朝、高そうなスーパーカー(?)の排気音らしき爆音で起こされた事を思い出した。 あの時はイラついた。 ……あれ? 他のお客さんが来てたんじゃないのか?


「じゃ、反省してるみたいだから、早速、その子と対話してみましょうか? ここだと、結界が効いちゃってるから、私のお(うち)に行きましょ」


「あの、……他にもお客さんが来てるんじゃないんですか? 僕は、その後でもいいんですが……」


 修蓮さんと和泉さんが顔を見合わせる。 なんのことだ? と。 僕が朝見た真っ赤なスーパーカーの話をすると……。


「あら? 起こしちゃった? あれ、私のお気に入りの車なの。 ランボルギーニのアヴェンタドールっていうモデルで…………なんやらかんやら…………ヴェネーノがどうのこうの…………カウンタックがうんぬんかんぬん……」


 なんやら、よくわからない車の話が、ひたすら続いた。 助けを求めて和泉さんを見ると、苦い顔をしながら首を振っている。 どうやら地雷だったようだ……。


……ってか、あの車、婆さんのかよ!?

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