與座の霊視 前編
そこは、小さいながらも平和な集落だった。
元々は、居場所をなくした人間が自然と集まってできた集落だった。 当然、当初は田畑も上手く作れず、多くの者が野垂れ死んでいった。 だが、ある者が、その集落にある洞穴に居を構えた事を契機に、そこは変わっていった。
そこに住み着いた者は、元は位の高い者だったのだろう。 数人の家臣を引き連れていた。 彼は、洞穴に住む事、そして、そこに自分達が住んでいることを秘密にするという約束で、食料や金銭などの支援を行った。 本人は病弱ということで、滅多に姿を見せなかったが、彼を御館様と呼ぶ家臣達は、積極的に集落の者達と良好な関係を築いていった。
彼らには知識があった。
彼らは、田の作り方、水路の引き方、畑の作り方や作物の育て方など、多くの知識を、集落の者達に惜しげも無く授けた。
その結果、数年で、その集落は平和で居心地のよいものになった。 それは、1100年代後半の事だった。
「お、きよ坊! 今日も竹内様のとこに行くんか?」
「ああ、今日も字を教わりに行ってくる」
「なら、うちにある大根と人参を、竹内様に持っていってくれ」
「あいよ」
「あと、今日も昼から畑仕事の手伝いを頼むわ」
「あいよ」
そこに、清重という名の幼子がいた。 字はない。 歳の頃は、十程の子で、七つの頃に母を亡くし、以来、一人で、その集落に住んでいる子だった。 母を亡くした当初は、集落の者達が引き取ろうとしたが、母と暮らした小屋を出たくないという事で、一人で暮らす事となった。 が、集落の者達は皆、清重の事を"きよ坊"と呼び、親のように接していた。
洞穴に住んでいる御館様の家臣達も同様で、清重に対して、あれこれと面倒を見ていた。清重は、特に家臣の一人である竹内 景宗に懐いており、その日も景宗に文字を教わりに行く道中であった。
竹内 景宗は、武芸に秀でていたが、それだけではなく、博識でもあった。 田畑などの農作業の知識の他に、獣にも詳しく、狩りについても多くの知識を持っていた。 さらには陰陽道に通じており、風水や呪いにも詳しかった。
「お、来たか、きよ坊」
景宗は、集落と洞穴の中間程の位置に、小屋を立て、そこに暮らしていた。景宗は、清重を見ると、笑顔で迎え入れた。
「文字もいいが、今日は、珍しいモノを見せてやろう」
景宗は、土間に逆さに置いてある竹かごを指さした。
「昨日、お前が帰った後にな、高島殿が持ってきてくれたのだ」
そう言いながら、竹かごの隙間から中を見るように促す。
「高島殿?」
「あぁ、うちの高島殿の方だ」
偶然ではあったが、その集落には、高島 賴成という名前の人間が二人いた。 一人は、集落の長的な立場の者で、もう一人は、御館様の家臣の一人だった。
「へぇ、高島様が……なんだろう?」
清重がかごの中を覗くと、かごの中には、痩せた白い体毛で赤い目をした野ネズミが入っていた。
「すごい! え? なんで白いの?」
「はは、かなり稀ではあるが、色のないネズミが生まれて来ることがあるんだよ。 そういうのは、自然では目立つので、すぐに他の獣に喰われてしまうがな……」
同じ御館様に仕える家臣の賴成が、狩りの最中に見つけて、珍しいので捕まえてきたという事だった。
「お前に見せてやりたいと言ってな、持ってきてくれたのだ」
笑いながら、どうだ? 飼ってみるか? と尋ねてくる景宗の言葉に、清重は顔を曇らす。 自分だけが喰うのもやっとだと言うのに、ネズミを飼うなど、到底、ムリだと思った。
「なぁに、ここで飼えばいい。 放してやつても、この色じゃ、きっと長生き出来ないだろうしな」
その言葉に、清重の顔に笑みが溢れる。
「じゃ、こいつの名前は、"きよ坊"にする」
「はは、きよ坊が、きよ坊を飼うかよ」
「だって、おいらは清重だもん。 きよ坊はこいつに譲ってやるんだ。 そうすれば、みんな、おいらのことを坊呼ばわりしなくなるだろ?」
「そうかそうか! でもな、お前が十一になるまでは、今のまま、きよ坊と呼ばせてもらうからな」
景宗は、そう言って、大笑いしていた。
その日から、清重は、きよ坊を可愛がり、きよ坊も清重に随分と懐いていた。
そんなある日の事だった。
「都まで、買い出しに行くことになった。 しばらく留守にするので、ちゃんときよ坊の面倒を見るのだぞ?」
景宗が集落を離れる事となった。
「あいよ」
清重は、笑顔で見送った。
数日後、物騒な連中が集落を訪れた。
「この辺りに、平家に縁のある者が逃げ延びてきたという噂を聞いた。 我らは、征夷大将軍の命により、その者を探しにきたのだ。 しばらく、ここに滞在する故、食事、酒、女を用意せよ」
「そんな、お役人様! 我らとて、決して余裕がある訳では……」
長として、話を聞いていた高島 賴成の隣で、一緒に跪いていた若者が不服の異を唱えようと立ち上がった所で、言葉が途切れる。
いつの間にやら抜かれていた役人の刀に、べっとりと血糊が付いていた。
高島は、隣の若者が喉を掻っ切られ、倒れていくのを見た。
「なんだ? 不服か? 安心せい。 我らは、任務が終われば出ていく故。 ……二度は言わぬ。 せいぜい、我らを精一もてなすが良い」
その日の夜、役人達は、集落の者達から、奪った食料と酒で宴会を行い、集落の若い娘の体を弄んだ。 翌日、娘は、冷たい身体となって帰ってきた。 娘の死体は、首が締められた跡と、無数の傷により、前夜の役人達の扱いの酷さを物語っていた。
「なんと、むごい……」
「おう、お主、高島とか言うたな? ここは、なかなかいい所ではないか? 飯も酒も美味いし、女子も悪くない。 我らとしても、まだしばらく落人が見つからない方が、長く滞在できるのでありがたいのぉ。 では、高島とやら、今夜も頼むぞ。 あと、このゴミはさっさと片付けておけ!」
役人達は、そう言って、物言わぬ娘の身体を足蹴にしながら、下卑た笑いを浮かべた。
高島は、悔しさを押し殺し、その晩も、同じように役人達に食事と酒と集落の若い娘を提供した。 役人達は、盛大に飲み食いし、娘の身体を弄び、結果、娘は心を失った。
「お役人様、恐れながら申し上げます。 昨日の分で、ここの酒が尽きました。 食料もあと僅かとなります。 どうか、この辺でご勘弁願えないでしょうか?」
「なに? ダメだダメだ! まだ落人が見つかっておらぬではないか? 酒が尽きた? 食料が尽きそう? なら、隣の村に行って調達してこればよかろう」
「……しかし……、調達のための資金など……」
「金がないなら、奪ってこれば良いであろう? そうだ! 今宵は、お前も女房を連れて、参加せい。 我々が、お前の女房を可愛がってやる様を見れば、その気持ちも変わるであろう?」
高島は、歯ぎしりをした。
高島は元々、位の高い家に生まれた男であった。 女房の弥生と出会い、身分違いの想いを遂げるため、全てを捨てて、二人で、この集落に辿り着いたのだ。 その弥生を手放すなど、出来るはずもなかった。 かといって、役人に歯向かうことも出来ない。 そんな高島が辿り着いたのは……
「……お役人様、落人が見つかれば、出ていって頂けるのですね?」
「おぉ、もちろんじゃ。 なんだ? 心当たりでもあるのか?」
「お役人様の探している落人ではないやも知れませぬが、……一人、怪しい人物がおります。 その人物は……」
その日、役人達は物々しい装備の兵を引き連れて、御館様のいる洞穴へと向かった。
◇ ◇ ◇
「話が違うではありませぬか?」
大恩ある御館様を売ってまで、役人を追い出そうとしたにも関わらず、役人達はまったく出ていく気配がなかった。
「何を言っておる。 我らは任務が終われば去ると始めから言っておったではないか? 落人が見つかったのなら、次は拷問を行い、名前や後ろ盾の有無を確認して殺すまでが任務じゃ。 捜索は終わったが、これから拷問の時間じゃ。 早く我らに去って欲しくば、彼奴が早く、くたばることを祈るのだな」
「な!?」
「あぁ、そうそう。 我らも鬼ではない故、今宵の酒は諦めて、食事とお前の女房だけで我慢してやる。 あの洞穴から、酒も出てきたしな。 ただし、明日からは、また酒も振る舞えるよう、近隣の村から確保しておくように」
「おのれぇ、ふざけるな!」
ヒュン
激高して立ち上がった高島に、役人が素早く刀を抜く。
「かっ……」
役人は抜いた刀で、そのまま高島の左腕を切断した。
「無礼者がっ! ……まぁ、よい。 まだお前には、いろいろと世話をしてもらわんと行かぬし、お前の目の前で、女房を可愛がってやるという余興もあるのでな。 ……命だけは助けてやろう」
役人は、そう言いながら、刀に付いた血を払い、部下に目配せをする。 部下達は、左腕を失い、苦しむ高島の止血をし、縄で縛り、身動き出来ないようにした。
「おい! こいつの女房を連れてこい!」
役人は、下卑た笑いを浮かべながら、部下にそう命じた。




