黒いラジオ
ないない?
どういうことだろう?
僕は、再びキキを見る。 キキは、首を傾げながら、こちらを見ている。
ま、まずは落ち着こう。 落ち着いて考えよう。 僕はチラリと虚忘を見る。 相変わらず、ゾンビのような恐ろしげな見た目で、こちらへ歩いている。
「……いとう……さん……ですか?」
……あれ? そもそも、アイツはこっちきて、どうしようってんだ?
確か、話では、名前と出身地さえ知られなければ無害なんじゃなかったか? と言うことは、アイツがこっちに来ても、今と同じように名前と出身地を聞いてくるだけなのでは?
…………
なんだ。 焦る必要なんてないじゃないか。
僕は、カバンから飲みかけのペットボトルのお茶を出して、口を湿らせるために、一口飲むと、本堂の床に腰を下ろして、胡座をかいた。
「おいおい! 急にどないしたん?」
與座が、ビックリしながら問いかけてくる。
「いや、名前と出身地が知られてないなら、慌てる必要ないかな?って……。 とりあえず、アイツを霊視の練習台にしようかな?と思ってね」
「……すごいな、随分肝がが据わってるなぁ」
「ま、そらそうか。 そういえば、魄やら陰やらが、仰山、居るようなとこで、降霊術とかしでかしたせいで、メイド巫女に憑かれるような訳分からん奴やったもんな」
僕の答えを聞いた山村が呆れたように声を漏らし、それに與座が笑いながら答える。 若干、柊と與座以外のメンツが引いているような気がするのは、気のせいだろうか?
「ほな、俺も、一回落ち着いて、よう観察しよか?」
ただ、そのやり取りで、場の空気が柔らかくなったのを感じた。
「そうだな。 このままじゃ、どうしようもないのも確かだからな」
「そうね。 私も、もっかい霊視してみるわ。 あ、ところでみんな、飴ちゃんいる?」
「あ、ほな、2個ほど、もろぉとこうかな」
山村、おばちゃんが続き、おばちゃんの飴ちゃん発言に、與座が乗っかって、飴玉を受け取る。
えっと、まずは対象をしっかりと見据えて……。 自分の後頭部を後ろから見るようにだっけ?
僕は、和泉さんに教えてもらった霊視の基本を思い出しながら、集中する。 まずは、虚忘を。 それから、自分の視線の始点を後方にズラす。 ……ズラす。 ……ズラす。
キーン。
一瞬の耳鳴りの後、世界から音が消えた。
気が付くと、目の前に誰かの頭があった。 僕の後頭部だ。
あ、出来た。
もしかすると、僕は本番に強いのかもしれない。 いや、単なるモブ属性による能力だろうか? いつでも、なんでも、突出した才能で目立つ事もなければ、逆に落ちこぼれて目立つこともない。 要は、良くも悪くも、一切目立つことがない。 そんなモブスキルだ。
ふと、視線をズラすと、胡座をかいている僕の手元に黒いラジオがあった。
昔、分解して、二度と元に戻せなくなった、父の黒いラジオだ。
まったく身動きしない、目の前の僕を無視して、後ろから手を伸ばし、ラジオの電源を入れる。
……ザ……ザザ
途端に、雑音が響く。 そこで、僕は選局用の周波数を変えるツマミを回す。
……ザ……きょ……ザ……
……ザザ……なま……しゅっし……ザザ……
時々、聞き覚えのある誰かの声も拾いながら、目の前の虚忘と思われる局を探して、ツマミを回す。
……ザ…… ……ザザ……
一瞬の静寂。その後、ちょいと、ツマミを戻すと、再び雑音が響く。 これかな?
『 』
一切の雑音が消えるところがあった。 なるほど……霊視できないってのは、こういう事か……
『 』
でも、これって……。
「ふぅ」
僕は、現実に戻ると、再び、お茶を口に含む。
「モブ、なんかわかった?」
柊の声がする。
「うん。 なんというか……『なにもない』ってのが『ある』感じ?」
「は? なにそれ」
「いや、だから……『なにもない』ってやつが、そこに『ある』つて感じ?」
「それや!」
僕と柊の会話に突然、與座が、大きい声で割って入ってくる。 キキを見ると、コクコクと頷いている。
「そうや。 『なにもない』っちゅうんが『ある』んや」
うん。 だから、そう言ってるんだよね。
「……まさか、異界?」
與座の言葉に、山村が反応する。 って、異界ってなに?
「せや! あれはただのゲートなんや。 せやから、なんも攻撃が効かへんし、霊視も出来ひんのや!」
なるほど……つまり……どゆこと?
「稀ではあるが、妖の中には、この世界とは違うとこに潜んでいる奴がいるんだよ。 その出入口かゲート……つまり、門ってことだね」
山村が言うには、妖の中には、自分で異界を創り、そこに引き篭っている奴がいるらしい。 彼の使役する犬神の影麻呂と貓鬼のシラタキも普段は、異界にいて、山村の影をゲートにして呼び出しているとの事だった。 てか、あの猫、貓鬼って言う妖なんだ……。
だから、そういう妖を退治する時は、一度、こちらの世界に引きずり出さないといけないという事だった。 さらに厄介なのは、そういう引き篭もりに限って、"縛り"の関係で、強力なことが多いらしいのだ。
「なるほど……『ピースの欠けたパズル』……か。 欠けたピースは無視して、全体のピースを埋めていけば、全体の絵がわかるっちゅうこっちゃな……」
僕と柊が、山村の説明を聞いている間、與座はなにやらブツブツと呟いていた。
「モブ! 俺も、も一度本気の霊視してみるわ。 今度は、アイツやのうて、この土地そのものや。 そこのメイド巫女のおった旧八又トンネルんときと同じ要領や」
そう言うと、與座は、おばちゃんから貰った飴玉を二つ、いっぺんに口へ放り込んだ。
「本気の霊視やと、糖分むっちゃ使うからな。 おばちゃんに飴ちゃん、もろうといてよかったわ」
ちょっと、何を言っているのか、よくわからないが、なにやら目を輝かせている様子から、なんとか役に立ったのだろうことはわかった。
「それにしても、どうやって、その異界とやらから引きずり出すというのだろう?」
「それをこれから、彼が視てみるということでしょう」
僕の疑問に答えるように、声を発したのは、六道だった。 彼は、真っ青な顔色で、憎らしげに虚忘を見つめていた。
「あの……顔色……真っ青ですが、大丈夫ですか?」
「えぇ、なんとか……。 心配してくれて、ありがとうございます。 どうも、あの姿を見ていると、16年前の事を思い出してしまって……。 それにしても、君はすごいね。 閉塞感に満ちた場の空気を一瞬で変えてしまった……。 この場に君が呼ばれたのは、きっと、そういうところも彼に買われたからなんでしょうな」
「いやいや、僕なんて、彼……ひい……アロハのオマケですよ」
「いや、あの使役している霊も、相当なものだし……」
僕が六道と話していると、與座は飴玉を舐めながら、胡座をかいて座り、虚忘を真っ直ぐと見据えていた。 きっと、本気の霊視の準備とやらが終わったのだろう。
そして……
「視せてもらうで……。 お前の本当の姿を……」
はっきりと、そう呟いた。




