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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
怪《かい》の章

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特撮シシシ

 ペタリ


 ペタリ


 誰もが押し黙った静寂の中、何者かが、境内の石畳を裸足で歩くような音が響く。


 ごくり。


 誰かの喉が鳴る音が響いた。 その音の発生源は僕ではない。 なぜなら、僕は唾を飲むこともできないほど、身動き取れずにいるからだ。 キキが、そんな僕を庇うように前に出る。


 御札を貼った状態では、最弱のくせに……


 境内に、薄暗くなった中に、より濃く深い人型の闇が見えた。


 あれが……虚忘……


 闇は少しずつ近付いてくる。 誰も言葉を発さない。


 ペタリ


 ペタリ


 本堂の明かりに照らされ、闇の全貌が明らかになる。


 うっ。


 僕は思わず顔を顰める。


 虚忘の姿は、昔やったゾンビを倒しまくるシューティングゲームから出てきたかのような姿だった。 薄汚れ、黒く見えるボロ布を纏い、無表情でユラユラと近付いてくる。


 散切り頭の少年に見えるソレは、ところどころ、肉が抉れ、右目も潰れていた。 唇も鼻も欠損しており、歯が剥き出しになっている顔は、まさしくゾンビそのものだった。


「噛み千切れ……。 影麻呂(かげまろ)……」


 不意に山村の気だるそうな低い声が響く。


 その声で、金縛りが解けたように、動けるようになった僕に見えたのは、少し前にいる山村の影が長く伸び、虚忘に向かっている場面だった。


 まるで、特撮ドラマのように、素早く、長く伸びていく影。 地を這うように伸びていた影の先端が浮き始め、虚忘を包み込んだ。 その光景 、目がおかしくなったのかと錯覚するような絵面だった。


 ペタリ


 にも関わらず、虚忘は、大きく包み込んでいた影をすり抜け、何事もなかったかのように、歩みを進めていた。


 シシシシシシ


「……やっぱ、ダメか……」


 山村の声が聞こえてくると同時に、影が縮んで、元の位置に戻ってくる。


「犬神をけしかけてみたんだが……、まるで手応えがないみたいだ」


 やれやれ、と言いたげな山村の声に応えるように、クゥ~ンと弱々しい犬の声が聞こえた。 姿を視認できる距離になった途端、躊躇なく先制攻撃する辺り、流石、『山』の法師と言える。 ……が、なんとなくだが、この人……緊迫感がまったくないように見える。


 いや、待て待て! 犬神!?


 僕の知識が確かなら、犬神ってのは、ものすごく残酷な方法で犬を殺す事で、その霊を使役する呪詛だったはずだ。 この人……実は、ものすごく残酷だったりする?


「た……たかしま……たける……くんは、……いません……か?」


 ビュン


 続いて、六道が五鈷杵を投げる音が響く。


 五鈷杵も、先程聞いた通り、虚忘の身体をすり抜けていった。


「……ま、一応、念の為にやってみたんだが……」


 シシシシシシ


 六道の失望したような声が響く。 山村の気のない感じの声とは、まるで対照的だ。


「……私にも、はっきり見えるのに」


 どうやら、修行中の河合 美子にも、虚忘の姿は、はっきり視えているようだ。 六道の五鈷杵がすり抜けたのを視て、驚いているようだ。 ちなみに、僕も驚いている。


「あかん。 やっぱり、霊視もできひん。 なぁ、作務衣のおっちゃん! そっちはどうや?」


「……ダメだ。 俺には何も視えない。 ……力になれず、申し訳ない」


 與座の呼び掛けに和泉さんが嘆く。


「……まぁ、せやろな。 そら、しゃあないわ。 ほんなら……アロハ……、アレ煙でなんとかならへんのん?」


 與座が、小声で柊に話し掛ける声が聞こえた。


「は? なに?」


「は?ってなんやねん。 兄さんの煙でアイツを捕まえられへんの?って話やんか!?」


 與座が、イラついているように早口で捲し立てる。 微妙に会話が噛み合っていない気がする。


「だから、アイツってどいつよ?」


「こんな時に……ふざけんなや」


 與座が怒りを露わにするが、柊は霊感がないから、あの虚忘の姿が見えてないのかもしれない。


「ひ……アロハ、虚忘が来てるんだよ……。さっさとメガ……」


 メガネを掛けてよ、と言おうとした僕の言葉が止まる。 柊は、赤い本を脇に挟み、とっくにメガネを掛けていたのだ。 あの、柊メガネというダサいネーミングの青いレンズのメガネを……


「……なんも見えないんだけど、本当に来てるのか? 虚忘ってやつ」


「……なんでやねんっ!」


 こんな時に、柊メガネの調子が悪くなるなんて……。


 ……最悪だ。


「た……かしま……たける……くんの……生まれは……どこ……です……か?」


 シシシシシシ


「あらあら、困ったわねぇ。 とりあえず、効かないかもだけど、私も何かしないとね」


 言いながら、おばちゃんが素早く、印を結び始める。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」


 バババッといくつもの印を結びながら唱えた後、二本指を立て、四縦五横の格子状に線を空中に描き出す。 驚くことに、その格子は、空中で輝きを放って見えた。 最後におばちゃんが、二本指を虚忘へ向けると、輝く格子が虚忘に向かって、真っ直ぐ飛んで行った。


「おぉ、九字切りじゃん」


 山村が感心しながら、呟く。


 九字切りと言えば、魔除けとか厄除けとか言われ、忍者の結ぶ印の元になったという護身法で、四縦五横も芦屋道満という有名な陰陽師を表すものの一つとして知られているものだ。 まさか、それが、光って飛んでいくとは……

 さっきから、特撮を見ている気分になる。 おばちゃんは、TVによく出ているようだが、こんな事やってるとこは一度も見た事なかった。 ってか、おばちゃん、こんな事できたんだ……


 輝く格子は、虚忘をすり抜けて、そのまま消えていった。


「さ……とう……さん……です……か?」


「大したことのない妖なら、これで消えるはずなんだけど……。 ま、やっぱりダメねえ」


 おばちゃんが、残念そうに呟く。


 山村も六道もおばちゃんもダメ、柊も役立たずとなると、どうすればいいのだろう?


「とりあえず、あの辺にいるってのが本当なら、一回、煙掛けてみっか……」


 柊が、いつの間にか、取り出した煙管を吸い始めた。


「ひ……アロハ! あの辺にいるよ」


 僕は、虚忘のいる方角を柊へ伝える。


「か……とう……さん……ですか?」


 ふぅぅっと、吐き出された煙は、そのまま虚忘へと向かい、そのまますり抜けて、虚忘の遥か後方で霧散する。


 これもダメか……


 シシシシシシ


「……暴き出せ。 シラタキ!」


 再び、山村の声が響くと、山村の影から白い猫が、ゆっくりと出てきた。 白猫は、ピンと立てた尻尾が二本あり、普通の猫ではない事が、容易に想像がつく。 本当、さっきから特撮の世界にいるようだ。


 白い猫は、影から出てくると、辺りを見回すと、後ろ足で耳を掻き始める。 その際にチリンチリンと音が聞こえた事で、鈴の付いた首輪をしている事がわかった。


 その音を聞いた虚忘の歩みが止まる。 このメンバーの攻撃の中で、初めて虚忘が反応を見せた気がした。


 これは、期待できるかも?


 そう思ったのも束の間、白猫は、耳を掻き終わったあと、くあ、と欠伸をした後、そのまま、影の中へ消えていった。


「…………」


 皆も一瞬、期待したのか、本堂に静寂が訪れる。


「……申し訳ない。 なにしろ、気まぐれな奴で……」


 山村が、天パの頭をポリポリと掻きながら、申し訳なさそうに呟く。


 シシシシシシ


「あかん。 やっぱ、コイツには、なんか秘密があるんや……。 それがわからんと、なんもできひんやん……」


 與座が、悔しそうに吐き捨てる。


「たかしま……たけるくん……どこで……生まれ……た?」


 一瞬、歩みを止めていた虚忘が、再び、歩き始める。


 ペタリ


 ペタリ


 打つ手がない。 悔しいのは、この場で何も出来ていないのは、僕と河合 美子だけということだ。 結果は出ていないが、みんな、アイツをなんとかしようと手を打っているというのに……


「……キキ、もし、ここで君の御札を取ったら、アイツをなんとか出来る?」


 僕は、縋るようにキキに問いかける。 その言葉を聞いて、僕を庇うように立っていたキキが、振り向いて、首を横に振る。


 キキにも、どうにもできないという事か……。 一体、どうすれば、アイツを退治出来るのだろう……


 キキは、首を横に振った後、さらに続けて、何かしらのジェスチャーを始める。


 虚忘を指差し、目の前で手を振る。


「……ないない?」


 コクコクと頷くキキ。


 ないない? ん? ないない?


 つまり!


 ……どういうことだ?

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