それぞれの準備
結局、虚忘という妖を倒すための突破口は、誰からも出ないまま、各々が準備をする事になった。 とは言え、僕に出来る準備などない。 柊も同様のようだ。
「柊なら、なんとかなるんだよな?」
「さぁ、実際、やってみないとわかんないなぁ。 結局、本の奴の攻撃が効くかどうかって話になってくるからなぁ」
スマホを弄りながら、気のない返事。 今日も柊は通常運転だ。
和泉さんはと言うと、荷物の中から、何枚かの御札を出したり、塩やお酒を出している。
「実際、俺に出来る事も少ないんだよなぁ」
意外や、こちらも気のない返事だ。
「御札も効かないと言われたばっかりだしなぁ。 残念ながら、こいつらも、同じ起爆札なんだよ。 そもそも、俺は霊視は得意だが、よ……タケルには敵わんし、やれる事は多くないんだ。 先生も柊がいるからと、許可してくれたようなもんだしな」
苦笑しながら、ぼやく和泉さん。
六道は、少し離れたところで、錫杖と五鈷杵を磨いている。 こちらもダメ元なのだろう。 おばちゃんは、特にやることもないようで、僕と同じように、他の人の準備を見ている。 もちろん、同じく準備のしようのない河合 美子も一緒だ。 キキも合わせて、4人の流浪の民がそこにいた。
「あらあら、大変。 なんとなくだけど、虚忘ってのが出てきても、昔のろ……坊主さんとおんなじ結果になっちゃいそうねぇ。 え? あたし? あたしも基本、除霊がメインなもんだから、こういう妖退治って言うと、何していいか、わからないのよぉ。 飴ちゃんいる?」
「……私もです」
河合 美子が、バツが悪そうに、便乗する。 この人もこの人で、大変だなぁ。
境内を見ると、山村が本堂へと続く、木造の階段で携帯灰皿を片手に、タバコを吸っている。
「天パさんは、準備しないんですか?」
「ん? あぁ、モブ君か。 そうだねぇ。 実は特にする事ないんだよねぇ」
こちらも気のない返事をしながら、遠くを見ている。
「まぁ、準備たって、ここに来る前にある程度してるしねぇ」
そう言いながら、スーツの内ポケットから、御札を数枚取り出す。 御札……大人気だな……
「攻撃が効かないってのは、なんらかのカラクリかあるんだろうけど……、実際、見てみないと、だしなぁ」
ふぅと煙を吐き出しながら、ぼやく。
「ところで、君……。 その陰、今後どうすんの?」
山村が、タバコでキキを指しながら、訊ねてくる。
「どうするって、どういうことですか?」
「ずっと、そのままって訳にはいかないだろ? 君の身になにかあったり、アロハ君になにかあったら、野良になっちゃうじゃん?」
山村が、よっこらせと立ち上がりながら、僕を見てくる。 意外と鋭い目付きだった。
「その御札の効力で弱っているうちに、消しといた方が無難じゃね?」
子々孫々まで、代々、引き継いでいくつもりなら、別だけど……と、言いながら、タバコの煙を吐き出す。
「ま、すぐじゃなくてもいいけど、考えといた方がいいよ」
言いながら、携帯灰皿にタバコを押し付ける山村。
今まで、そんな事考えたこともなかった。 なんとなくだけど、こんな日々がずっと続いていくものだと思っていた。
「……ちなみに、野良になっちゃったら、どうなるんです?」
「そりゃ、いずれ御札の効力が切れたり、誰か視える奴が、うっかり御札を剥がしちゃったりして、この国を脅かすくらいの悪霊に逆戻りだよねぇ。 そん時に対処できる実力のある奴がいればいいけど……」
そこで、一度、言葉を切って、キキを見る。 どことなく、居心地の悪そうなキキが、僕の後ろに隠れる。
「正直、その陰……かなり、ヤバいでしょ?」
新しいタバコに火をつけながら、気だるそうに言う。
「……」
僕は、何も言えずに、黙りこくる事しかできなかった。
「すいません、一度、マイクテストしたいんで、集まってもらっていいですかぁ?」
気まずい沈黙を破ってくれたのは、青木君だった。
今回は、Bluetoothのピンマイクをつけて、撮影するらしい。 照明の方は、本堂にオレンジの弱めの照明が設置され、境内には、目立たないように白色光の照明が設置されていた。 それらのケーブルはすべて、車から降ろされた、小型の発電機につながれていた。 雰囲気を出しつつ、鮮明に撮るには、こんな感じがいいだろうとロケハン(ロケーション・ハンティング)で、当たりを付けていたらしい。
マイクは、マイクテストが終わると、渾名が書かれたマスキングテープを貼った状態で音声さんに回収された。 ロケ弁を食べ終わった後に再びセッティングするとの事だった。
一通りの調整が終わったところで、なんだかんだ17時を回っており、青木君達スタッフはロケ弁の受け取りへと向かった。 途中でコンビニで買い出ししてくれるらしく、ソフトドリンクなどのリクエストがないか聞かれた。 僕は、カロリーゼロの炭酸飲料ならなんでもいいとリクエストをしておいた。
そして、僕らは、再び、自由時間となった。
再び手持ち無沙汰になった僕は、今さらながら、緊張が高まっていくのを感じていた。 硬くなっている僕をリラックスさせようとしているのか、キキが奇妙な小躍りを見せてくれる。
思わず、ほっこりしたのも束の間、今度は、山村の言葉が思い出され、思わず俯いてしまう。 その様子を見て、キキが大丈夫?と、顔を覗き込んでくる。 正直、今は一人になりたい気分だった。
その時だった。
シシシシシシ
奇妙な音が辺りに響いた。 背中に冷たいものが流れる。
慌てて、外を見ると、本堂の入口から、夕暮れ時の外の景色が目に入った。 秋の夕暮れは、日が落ちるのが早く、すでに外は薄暗くなり、鈴虫の声が辺りに響いていた。
気のせいだったのだろうか?
そう楽天的に思考を切り替えながら、他のメンバーの様子を見ると、皆も僕同様、緊張感の走る表情で、周りを見回している。 ただ一人、與座だけを除いて。
與座は、慌てた様子で、懐から御守りを取り出していた。 それを見た僕は、思わず目を疑う。
御守りは、真っ黒になり、與座が懐から取り出した弾みで、ボロボロと崩れていくのが見えたから……
シシシシシシ
まだ、夕方だというのに……。
いや、夕方だからか?
魔に逢う時と書いて、逢魔時、大きな禍わざわいを蒙る時と書いて、大禍時。 いわゆる、黄昏時である。
「……来おったで」
與座が、いつになく真剣な表情で……つぶやく。
現れたのだ……。
……虚忘が。




