追憶の一般道
マイクロバスは、予定通り、道福寺を目指して、進み始めた。 ここまでは、順調や。 ただ、この先、どうなるんか、検討もつかへん。
與座は、進み始めたマイクロバスの窓から流れていく景色を見ながら、深いため息を吐きつつ、物思いに耽った。 流れる景色は、幼い頃に何度も見たはずの祖母の家へと続く道のはずだが、16年という歳月は、與座から、懐かしく思う感慨すらも奪っていた。
あぁ、こんなとこにマクドできたんや。
あれ? この川は、昔、簗があって、夏休みに鮎の掴み取りしたとこちゃったっけ? なんや、昔は砂利ばっかの河原やったのに……いつのまにやら、こない綺麗に舗装されてもうたんや……
変わってしまった風景は、與座に16年という歳月の重さを再認識させた。
ラ・ムー美樹本と交渉決裂、いや、正確に言えば、交渉のテーブルにすら、つかせてもらえなかった時は、どうなるものかと思ったが、なんとかここまでやれた。 與座は、見覚えのない、懐かしいはずの景色を見ながら、数日前の事を思い出していた。
◇ ◇ ◇
「與座さんですね。 代表から伺ってます」
「は?」
ダメ元のアポなしで『プラーナ』の受付に訪れた際に、若干、化粧の濃い受付嬢に言われた言葉に、與座は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「えぇ、今日、與座という方が、代表を訪ねてくると伺っておりました」
どないなってん?
ラ・ムー美樹本への番組出演の交渉のため、何度も『プラーナ』へ電話したが、取りつく島もなく、すべて没交渉だった。 仕方なく、ダメ元アポなしの突貫を行った訳だが、まさかの受付嬢の言葉。 與座は、探るように受付嬢の顔を見詰める。
いや、ちゃう。 アポなしの来客には、全部、こう答えるようマニュアル化されとるだけや。
そう考えると、なるほど、新興宗教の教祖として、来客を未来視していましたよ。 それがなにか? といった演出は、一定以上の効果があるのだろう。 そう思えた。
「代表から、與座様に言付けを預かっております。 ここで、読み上げても、よろしいでしょうか?」
言付け?
きっと、当たり障りのない内容だろうが、正直、未来視の演出にしては、冗長過ぎる気がする。 そこは個人差なのかもしれない……
「ほな、お願いしますわ」
「はい。では読み上げます。 『申し訳ありませんが、『山』との交渉は、内容に依らず、お断りすることにしております。 お気を悪くなさらないよう、お願いいたします。 追伸、卑弥呼様によろしくお伝えください』との事です」
にこやかに話す受付嬢の言葉に、思わず、與座の頬が引き攣る。
「お帰りは、あちらです」
受付嬢は、濃い化粧をニヤリと歪ませて、出口を手の平で指し示す。
與座は、返す言葉もなく、スゴスゴと『山』へ帰った。
◇ ◇ ◇
「いや、交渉出来ませんでした、じゃないだろ?」
佐藤が、與座を怒鳴りつける。
「トップダウンのミッションだぞ。 出来ませんでしたじゃないだろうに……。 それにしても……当代様の事まで知ってるのか……」
言いたいことも、佐藤の立場上、そう言わないとダメだという事もわかるが、出来ないものは出来ないのだ。 なんせ、向こうは、『山』の存在も、自分が『山』の所属だということも、ついでに言うと、当代様……卑弥呼の事も全てわかった上で、没交渉を決め込んでいるのだから……
「まぁ、いい。 一度、秘書の……壱与さんに話してみよう。 一応、代わりの……民間霊能者の候補はいるのか?」
「いやぁ、ラ・ムー美樹本が、どんな枠で選ばれとるんかわからんもんで、候補もクソもありませんわ」
「……私が報告してる間に、適当に当たりをつけて、候補者をリストアップしといてくれ」
結局、佐藤から見ても、相手の言付けの内容から、出演交渉が難しいと判断されたようだ。 代わりの霊能者を充てがうことで、なんとか企画を成立させたい、そんな指示だった。
「もしもし、営業の佐藤ですが……、はい。 えぇ。 ラ・ムー美樹本の件です。…………わかりました」
秘書への電話を掛けた佐藤の言葉が、思ったより短く終わった。
「君も一緒に来いとさ」
佐藤は、立ち上がると、椅子の背に掛けていたジャケットを羽織りながら、與座に伝える。 そのまま、二人で滅多に行った事のない本部棟の会議室へと向かった。 会議室のあるフロアに入ると、受付があったが、受付嬢は、二人の顔を確認すると会釈をして、黙って通してくれた。
「ダメじゃん! 彼を引っ張り出してもらわないと……」
会議室へ入った瞬間、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。 卑弥呼の声だ。
「なんて、うっそぴょん。 びびった? あいつは、まぁ、しゃあないわ……的な?」
会議室の中には、整った顔をイタズラっぽい笑いで歪ませた卑弥呼がいた。 相変わらずの短めのスカートにルーズソックスだった。 隣には、黒のパンツスーツに身を包んだ壱与が静かに立っていた。
「……ラ・ムー美樹本とは、お知り合いなんですか?」
佐藤が、卑弥呼に尋ねる。
「まぁ、昔のねぇ。 やっぱ、出てこんかったかぁって感じ。 まぁ、しゃあないわ……的な?」
「おひぃ様、奴を引っ張り出すのは、流石に無理があったかと思われます」
「まぁねぇ。 引っ張り出せたら、もうけもんかな?って思ってたんだけど……。 まぁ、しゃあないわ……的な?」
今日は、『しゃあないわ……的』という言葉がブームらしい。
「ま、いっか。 佐藤っちも、與座っちも座って、座って。 壱与、お願い」
卑弥呼の言葉に、秘書の壱与が素早く動き、あっという間に、会議室のテーブルに湯呑みが4つ置かれる。 卑弥呼は、湯呑みの置かれた席の一つに座り、ズズズとお茶を啜り始める。 仕方なく、席に着いた佐藤と與座を見届けた後、壱与も残った一席へと着く。
「まぁ、ミッキー美樹本に関しては、ダメで元々之助だったから、もともと数に入れてないし? 代わりの霊能者とか用意しなくていいし。 ま、しゃあないわ……的な? ってことで、そのまま進めてくれたまへよ」
……ミッキー美樹本……ラ・ムー美樹本ちゃうんかい?
「ところで、佐藤っちと與座っちは、霊視ってどうやってる?」
突然、変わる話題。 何が言いたいのか?
「霊視……ですか? 私の場合は、霊視する対象に集中することで、VHSのビデオ鑑賞の形で視ます。 早送り、巻き戻しをしながら、視たい事柄を視ていきます」
佐藤が、自分の霊視の形を語る。 DVDではなく、VHSというところに佐藤の年齢を感じる。
「佐藤っち、個室ビデオで、ダラダラするのが趣味だもんね。 家庭に居場所がないからって、仕事って偽って、個室ビデオに行くのはどうかと思うけどな」
「なっ!」
佐藤が、顔を赤くしながら絶句する。 そんな状態で、チラリと與座の方を見る。
(そないな話、部下に聞かせたくなかったやろなぁ。 正直、俺も聞きたなかったわ)
與座は、なんも聞いてませんといった表情を示す。 與座なりの優しさだった。
「俺は……白い部屋で、大婆ちゃんと対話する形や。 なんで、そないな事聞くんや」
「うんうん。 それぞれにしっかりと、自分なりの霊視ってのを確立してるようで、よかった、よかった。 で、本題だけど……対象を霊視しても、何も見えない時はどうする?」
佐藤も、與座も、自分の力を過信する訳ではないが、今まで対象を視ようとして、視られなかった事はなかった。 故に、質問への回答が、すぐに出せなかった。
「例えば……柊 鷹斗……彼を霊視しようとしても、視れないと思うんだけど……。 同じように未来視もね……。 ほら、静香ちゃんが、延厄式の未来が視えないって言ってたっしょ?」
言われてみて、與座は、柊兄を霊視しようとした事がなかった事に気付く。
「柊 鷹斗って、霊感ゼロっしょ? 霊視って、人や物に宿る記憶を視るわけじゃん? つっても、直接、記憶なんて視れるわけないじゃん? 結局、私らが視てんのって、相手や物の霊力を介して、魄のデータを盗み見する行為じゃんね? 霊感ゼロってことは、霊力がない訳だから、ほら? ね? 視れないっしょ?」
よく言われる事ではあるが、霊視するためには、相手や物に同調する必要がある。 簡単に同調と言ってしまうが、では、何に調子を合わせるのか? それは、相手の霊力であったり、瘴気であったり、対象によって様々ではあるが、すべて、対象の霊的な力が放つ波長に自分の霊的な力、すなわち霊力の波長を合わせる事を同調と言っているのだ。 したがって、霊力のない柊は、まったく霊視ができない。 逆も然り。 霊力のない柊の事を霊視する事もできないという訳なのだ。
「……けど、あんたは視れるんやろ? 何がちゃう?」
その質問に、卑弥呼の口元が緩む。
「いい質問だね、明智君。 相手を霊視しても視れないって時は……ピースの欠けたパズルと同じなのだよ……」
人差し指を立てながら、若干、声を低くして卑弥呼が言う。 小芝居が始まったのだ。
「…………明智君ちゃうわ」
與座としては、小芝居に付き合う気はない。
「ま、これ以上言うと、ヒント出し過ぎな気がするから、あとは自分で考えてみてみてみてみてよ」
「……せやから『みて』が、多いっちゅうねん」
「ふふふ、與座っちは、いいね。 物怖じしないで、ちゃんとツッコミを入れてくれる。 チョベリグだよ。 チョベリグ」
卑弥呼は、心底、楽しそうに親指を立てながら微笑んだ。
「……このタイミングで、それを言うっちゅう事は、虚忘を倒すのに、必要な考え方っちゅうわけやんな?」
與座の言葉を聞いた卑弥呼が、楽しそうな表情で、ズズズとお茶を啜る。
「おまけに勘もいい。 この先、延厄式以上に面倒な案件があるから、しっかりと成長して貰わんとね……みたいな? じゃ、うちらは、もうちょっとお茶飲んでから行くから、君らは、もう行っていいよ。 アデュ~」
「お帰りは、あちらです」
壱与が、いつかの化粧の濃い受付嬢とまったく同じ口調と同じにこやかな表情で、会議室の扉を手の平で指し示す。 言いたいことを言い終えた卑弥呼は、こちらへの興味を失ったように、ズズズと茶を啜っている。
それにしても……壱与ってやつ……笑顔が全然、似合わんわ。
そんな事を思いながら、與座は、佐藤と共に会議室を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
あのコギャルの言うことが、正しい言うなら、虚忘の奴は、霊視できひん可能性があるっちゅうこっちゃな……
六道のおっちゃんの攻撃は、ことごとくすり抜けよったし、霊視もできひんってなったら、ホンマ、ワケわからんやっちゃで……。 ホンマ勝てるんかいな?
與座は、そう思いながら、柊をチラ見する。
呑気に一ノ瀬とケータイゲームに興じる柊。 與座の視線に気付いたのか、お札を貼ったメイド姿の巫女が、二人の間から、こちらをじっと見ている。 自分の左耳を奪った、憎いはずの陰。 軽く、会釈してくるあたりに小賢しさを感じる。
蛇道は蛇。 最悪、この巫女をぶつける事も、ありかもしれへんな……
そんな事を考えながら、與座は、視線を窓の外の風景に戻した。 祖母の家の近くにある洞穴のある丘(小山)が見えてきた。 地元民は、あまり行かないと聞かされていたもので、かつては防空壕にも使われたと聞いていた。 それが見えたということは、あと僅かの距離で道福寺ということだ。 與座は、ひそかに気を引き締めた。




