電車でGo
僕らは走った。
駅から離れたショッピングモールを目指した。 理由なんて簡単さ。 そこにたくさんの人達がいるからさ。 だが、喫茶店でも現れたのだ。 油断はできない。
ショッピングモールの中に入って、二人して息を整える。 ある程度、息が整ったところで臨太郎が口を開く。
「なぁ、……あんなんに憑かれてんの?」
黙って頷く僕に臨太郎が、マジかぁという顔をする。
「ありゃ、ヤベェな」
まったく、その通りだ。 とにかく、見た目のインパクトが絶大だ。 しかも、あのイケメンホストを見る限り、触れられたら赤いブツブツが発生すると考えて間違いないのだろう。 僕のブツブツが、この程度で済んでいるのは、触れられた事がないからなのだろう。
「臨太郎の紹介してくれる人って、明後日だっけ?」
臨太郎の紹介してくれるって人は、話に聞く限りは、『可愛すぎる霊能者』などと違って、メディアには顔を出さないが、かなりの期待が持てそうだ。 なんせお弟子さんが何人もいるという事なのだから。 だが、如何せん、忙しすぎるらしくて、すぐには会えないのが難点だ。
「あぁ、そうなんだけど……。 今日も自分の部屋に帰る?」
いや、この状況で一人で部屋で過ごすなど、怖すぎて死ねるだろ!? だが、臨太郎の言いたい事はわかる。 彼は、今まで話だけだったから僕を泊める事が出来たのだ。 どんなもんが憑いているかを知らなかったから……。 だが、今さっき見てしまった。 そう、どんなバケモンに憑かれているかを知ってしまったのだ。 ……そりゃ、もう泊めたくはないわなぁ。
「……いや、ちょっと自分の部屋じゃ……。 臨太郎の部屋は?」
まぁ、それでも聞くだけ聞いてみるがな。 だって、一人で居たくないし……。
「いや、それは勘弁」
即答かよ!? まぁ、そりゃそうだ。 ここで、嫌々泊めるって言わないからこそ、気を使わずに過ごせる友人と思えるのだから。 ……だが、それはそれ、これはこれだ。
「そこをなんとか」
僕は、臨太郎を拝む。 ネットカフェなり、ビジネスホテルなり、泊まれる所なんて、どこにでもある。 だが、僕が求めているのは、アレが来ない、もしくはアレが来ても一緒に逃げてくれる仲間がいてくれる、そんな寝床を探しているのだ。 彼女とラブホ? ……どこにそんなリア充がいる?
「やだし! ってか、自業自得! 人を巻き添えにしようとすな!」
自業自得……。 おとっつぁん、それは言わない約束でしょ? そんな感じで、野郎二人でキャッキャウフフと問答をしていると、臨太郎が急にスマホを取り出し、片手で僕を遮るようにして話し始める。 どこかから着信があったのだろう。
「あ、わざわざどうも。 ……え?いいんですか? ……そりゃ助かりますけど……。 …………じゃあ、俺も一緒に行きます。 ……そうです? わかりました。 じゃあ、一人で行かせます。 ……はい。 メールでお願いします。 ……はい。 ありがとうございました」
電話を切った臨太郎が、ふぅ〜っと息を吐いて、こちらを向いた。
「喜べ! 寝床が見つかったぞ! 修蓮さんが、今から来ていいって」
臨太郎が言うには、修蓮さんという、明後日会う約束をしている霊能者の人が、その人のお弟子さんとかが暮らしている施設みたいなとこに、今から来ていいと言ってくれたようだ。 修蓮さん自身は、別件で出張中のため不在らしいが、その施設には強力な結界が張ってあるそうで、簡単に悪いモノが来ないようにしてあるのだという。
なぜ、今になってそんな事を言い出したかというと、ついさっき、以前よりも状況が悪化したのを感じたからだという。 すげぇな修蓮さん。 なお、臨太郎は一緒に行こうと思ったらしいのだが、修蓮さんに止められたとの事だった。
しばらくすると、その施設の住所と連絡先が臨太郎にメールで送られてきた。 ここから電車で……乗換含めて2時間ってところか……。 同じ県内だというのになかなか遠い。
僕は、臨太郎に半ば強制的に駅へと連れてかれた。 駅近の、あの喫茶店の近くに行くのはかなり気が引けたが、背に腹は変えられない。 二人で周囲を警戒しながら駅へと向かった。 可哀想に臨太郎は、帰りにまたあの店の近くを通る事になる。 南無〜。 そうして、僕は修蓮さんの施設へと向かった。
まずは、乗換のために大きな駅へ向かう。 車内は、夕方近いからか、ある程度の乗客がいて、満員電車ほどではないが、座れる余裕もない、そんな微妙な状態だった。
大きな駅に着くと一気に人が降りる。 僕もその中の一人だ。 人でごった返す構内を抜けて、別の沿線のホームへと向かう。 そこから、これまた大きな駅を目指して、今度は1時間程揺られる事になる。 これは是非とも座らせていただきたいところだ。
ホームに着くと、ちょうど新快速が来た所だった。 これに乗れば、1時間も掛からない。 が、当然並んでる人も多く、座れる可能性は低い。 一本遅らせて普通電車に乗れば、確実に座れるが1時間掛かってしまう……。
僕は、その新快速を見送って、次の普通電車に乗る事にした。 特に慌てていないので、のんびり座りながらプチ旅行を楽しむ事にしたのだ。
走り出した電車の窓から、外を見ると景色が軽快に飛んで行く。 少しずつ赤みを帯びた西日が車内に侵入してくる。 周りには部活帰りの高校生だろうか? 集団で談笑している。 夏休みのはずなのに、ご苦労なこった。 隣のボックス席では、背広を着込んだ年配のサラリーマンがスマホを見ている。 皆、思い思いに電車の中で過ごしている。 こんな所にアレが来たらどうしようもないよなぁ……。 やっぱり新快速に乗っておけばよかったかなぁ、などとボンヤリと考えていた。
目的の駅に着いたら、今度はローカル線に乗り換える。 確か、この駅に着いたら、先方へ連絡を入れろと言われていたので、連絡をする。 対応してくれたのは、なんとも暗い声の男性だった。 電車が着く頃に迎えに来てくれるらしい。
僕は、各駅停車のローカル電車に乗って、終点近い目的地へと向かった。 だんだんと窓の外の景色に田舎っぽさが味付けされていく。 そして完全に『the 田舎』といった景色になったところで目的の駅に着いた。
「お待ちしておりました。 一ノ瀬さんですね」
出迎えてくれたのは、黒髪短髪で紺色の作務衣を着た中年男性だった。 和泉と名乗った、その男の顔は深くシワが刻まれ、鋭い目付きと合わせて、苦労の大きい人生を歩んでいる事をアピールしているようだった。
「車に乗ってください」
促されるまま黒いワンボックスに乗り、さらに田舎へと進んでいった。 きっと、電話に出た暗い声の持ち主は、この和泉だったのだろう。 ちなみに車内では、一切会話がなかった。
「ここです」
和泉に連れられてやってきたのは塀に囲まれた、だだっ広い場所だった。 門をくぐったすぐ右手には、公園のようなものがあり、左手にアパートのような棟が建っている。 さらに奥には、平たい建物が建っており、その正面には畑のようなものが広がっていた。
「まずは居住区へ案内しますので、荷物を持ってついてきてください」
敷地内に駐車した和泉が、アパートのような建物に案内してくれた。 そこは、修蓮さんのお弟子さんや僕のように悪霊に憑かれた人達が住んでいる居住エリアという事だった。 そこは、居住エリアの他に公園と家庭菜園用の畑、道場で構成された複合施設のようなものだと説明された。 平たい建物は、道場だったそうで、さらに奥には修蓮さんの自宅があるらしい。
道場、居住エリア、菜園、公園は結界が張ってあるが、修蓮さんの自宅は、除霊のために敢えて結界が張られていないそうなので、決して近付いてはダメだと説明を受けた。
僕は、施設の説明を受けている内に、今更ながら、すごい所に来てしまったような気持ちになり、無事に帰れるか不安になった。