與座の交渉
「六道さん、お客さん来てますよぉ。 なんか山から来たって言えばわかるって言ってますけど……」
事務の小林さんに声を掛けられ、私は溜息を吐いた。 昨日、電話で今日伺うと言っていた男だろう。
「わかりました。 応接室に通しておいてください」
正直、会いたくはない。……が、ここで逃げても、また来るだろう。 昨日の電話で、それだけの意志を感じた。 ここは、嫌でも、直接会って、キッパリと断らなくては……。 そう思い、小林さんに指示を出す。
◇ ◇ ◇
「TVの企画で、複数の霊能者を集めて、妖退治をしよう思うとりますねん。 で、ぜひ、六道さんにも参加して欲しい思いまして、連絡させてもろうたっちゅう訳ですわ」
電話越しに、胡散臭い喋り方で、胡散臭い内容を話す男に嫌悪感を覚えた。
「そういう事でしたら、お断りさせていただきます。 当寺院では、そういった業務は請け負っておりませんので……」
そう言って、電話機の子機の通話切ボタンを押そうとして……手が止まる。
「……もう16年やな」
その言葉に、慌てて子機を耳に押し当てる。
「……な」
「明日、必ず伺うわ」
電話の声は、それまでの軽い話し方と打って変わり、強く低い声で、そう言った。
「あ、自分、『山』から来たって言いますんで、そん時はよろしくですわ」
呆気に取られていると、先程の声が嘘だったかのような軽い調子で、一方的に告げられた後、電話が切れた。
もう16年。
相手は確かにそう言った。 電話を切った後も、その言葉が頭の中をグルグルと回っていた。
◇ ◇ ◇
昨日のやり取りを思い出しながら、応接室に向かう。 そこに座っていたのは、黒髪でイヤーマフをした、細い目の若い男だった。 その見覚えのある顔立ちを見て、思わず身体が強ばる。
「け……健一」
上擦った声が漏れる。
「ちゃうちゃう。 親父は、とっくに死んどるわ。 知っとるくせに、何言うとんねん」
応接室の上座で、小林さんの出したコーヒーカップの中のスプーンをカチャカチャと掻き混ぜながら、細い目の男がケラケラ笑う。
「今は、仁真って名乗っとるんやね。 最初、わからんかったわ」
「き……君は……タ」
「あぁ、名前は言わんでええわ。 あんたも名前と出身地、口に出されるんは、抵抗あるやろ? 俺かてそうや」
「あ、あぁ」
ようやく、声を捻り出した私は、なんとか応接室の一人用のソファに身体を預ける。
「……大きく……なったね……」
「まぁ、あれから16年やからね」
「.……」
言葉が続かない。
「……やっぱり……恨んでるんだよな? 私を……」
ひどく居心地の悪い沈黙の中、しつこくコーヒーを掻き回すカチャカチャとした音だけが響く。
「……その……健一の事は……本当に……」
「あぁ、大丈夫大丈夫。 全然、恨んどりゃせんよ。 あれは、まぁ、しゃあなかったんちゃう? ……俺が恨んどるんは、虚忘だけや」
「!」
その言葉に、慌てて周りを見回してしまう。
「大丈夫やて。 別に名前言うたかて、呼ばれた思ってやってくるような奴ちゃうし」
「……しかし……」
「今日は、その虚忘を退治するための話をしに来たんや」
カチャカチャ
コーヒーをスプーンで掻き混ぜる音だけが、部屋に響く。
「ムリだ……。 私には……ムリだ」
16年前の恐怖が蘇り、背中を嫌な汗がつたう。 16年前の出来事は、ずっと私を縛りつけていた。 何かに没頭して、頭から離れる事はあっても、必ず後で忘れていたことを思い出してしまう。 そして、思い出す度に、忘れられない事を自覚してしまう……
「別に、あんたにアイツを退治して欲しいとは言うてへんよ。 ただ、協力して欲しいっちゅう話や」
「それが……電話で言ってた妖退治って奴か……」
「せや」
ズズズ
コーヒーを啜る音が響く。
「……悪いが……やはり、ムリだ」
「……あぁ、言い忘れとったけど、俺、今は『山』っていう妖退治を請け負う会社? 団体? まぁ、どっちでもいいけど、そういうとこで働いてんねや」
『山』
とこかて聞いた事があるような……ないような……
「でな? 対妖に関しては、とんでもなくチートな奴を見つけてん」
話が見えてこない。
「で、そいつに虚忘ぶつけることになってんけどな。 ……うちのトップが言うんよ。 そいつ一人じゃ無理やって……」
なるほど……。 それに協力しろ……と、彼はそう言いたいのだろう。
「……私に手伝えるとは……とても思えないんだが……」
「指定されとるんは、あんただけやのうて、他にも数人おんねん」
「申し訳ないが、数いれば、どうにかなるような奴だとは思えん。 君もわかるだろ?」
「まぁ、正直、そこは同意やな……。 数集めるんは、集めりゃなんとかなるんか、それともただの悪ふざけかは……、ようわからん。 あの性格上、後者の可能性が高いんは確かやけども……。 それでも、あの虚忘を倒すチャンスには違いないんや」
「……」
「……あんた、俺に恨まれとる思う程、16年前の事、負い目に感じとるんやろ? せやったら、この件に協力して、貸し借りなし。 ご破算っちゅうのはどないや?」
「……」
「……頼むわ」
正直、目の前の青年の懇願を引き受けてやりたい気持ちはある。 負い目があるのも確かだ。 が、それ以上に恐怖の方が強い。 誰だって、自分がかわいい。 訳の分からないTVの企画とやらで、自分の命を危険に晒すわけにはいかない。
……しかし、実際、上手く立ち回る事が出来れば、生き残れる可能性はかなりある。 理由はわからないが、奴がこちらに危害を加えるためには、名前と出身地が必要だということはわかっているのだから……。 だが……
私は、結論を出せないまま、堂々巡りの考えが、頭の中でがぐるぐると回る。 結局、私の口から出た言葉は、結論の先送り、単なる時間稼ぎが目的の言葉だけだった。
「……ところで、……その胡散臭い喋り方……どうにかならんのか?」
「……しゃあないやろ。 あいつは、周りの会話から、名前と出身地を当てにきよる。 今は、母方の姓に変えさせてもろたけど、一度は、名前を知られとる。 前の名前でも条件が適用される可能性や周りの認識している名前でも適用される可能性も考慮すると、出身地だけは死守せんと。 そもそも出身地の範囲も、ようわからんし……、こんくらいの防衛線は張らせてもらわんと……。 まぁ、正直、今じゃ癖になってんねんけどな?」
ケラケラ笑いながら話す、その言葉に、思わず溜息が溢れる。 奴の特性も、なにも分からないのは、16年前から何も変わっていない。 こんなんで奴を倒せるなんて、とても思えない。
だが、この青年は、父だけでなく、祖母までも奴に喰われ、自分も名前を知られ……。 この16年、私の抱く恐怖なんかより、はるかに強い恐怖と向き合ってきたはずなのだ。 きっと、自分が生き残るために、打てる手を全て打ってきたのだろう。 『山』とかいう訳の分からない組織に所属してるのも、もしかすると奴を打ち倒すためだったのかもしれない。
縛られているのは、何も私だけじゃない。
この目の前の青年も、ずっと縛られてきたのだろう。 こんな胡散臭い喋り方が癖になる程に……
私よりもはるか年下の彼が……
息子ほどの年齢の彼が……
「……わかった。 ……今回……限りだ。 正直、私が手を貸したとしても、どうにかなるとは思えんが……。 今回だけ、……手を……貸そう」
「ほんまか!?」
「……詳細が決まったら、また連絡しなさい。 ……私に出来る事なら、出来る限りのことはすると、約束しよう」
「……助かるわ。 ほな、俺は、他にも交渉せんとあかん奴らがおるんで、ここでお暇させてもらうわ」
そう言って、残りのコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「あ、あと、俺、猫舌やから、次からアイスコーヒーにしたってって、おばちゃんに言っといてな」
私は、その言葉に半ば呆れながら、慌てるように出ていく彼を見送った。 彼を見送った後、事務仕事をしている小林さんに声を掛ける。
「しばらく本堂にいますが、余程の用がない限り、声を掛けるのは御遠慮願いたい」
快く承諾してくれる小林さんの返事を聞いた後、本堂に向かった。
仏像に向かって正座した後、息を大きく吐く。 奴を倒すためのヒントは何かなかったかと、忌まわしい16年前の出来事を改めて思い出そうとする。
六道 真念だった頃の事を……




