青木君との情報交換
「はぁ? お前なに考えてんだ!?」
部屋中に角田の怒声が響く。
「知る人ぞ知る、ぼったくり霊能者集団? そいつぁ、大いに結構! ただし、あくまでネタとしてだっ! そんなただのネタでしかない奴の口車に乗ってどうすんだっ!!」
頭を垂れる青木に、角田が容赦なく唾を飛ばす。 最初こそ、何事かと動きを止めて、角田を見た周りの同僚達が何事もなかったかのように、各々の仕事に戻っていく。
あれ? 話が違う……
青木は、腑に落ちない気持ちで角田の説教と向かい合っていた。 柊との出演交渉の末、青木は、棚から牡丹餅と言える結果を得る事ができた。 手に入れたのは、有名、無名を含めた複数の霊能者を一同に集めた企画。 中でも目玉は、そのギャラを出すと言ってきた『山』という組織だった。
柊の部屋を後にし、帰りの新幹線でググってみると、大っぴらに『山』について出てくることはなかったが、都市伝説などから、その片鱗は窺い知ることができた。 その謎組織の法師まで、参加してくれるとなると、その企画は、間違いなくドリーム企画と言えた。
それを意気揚々と報告した結果がこの始末である。 青木は納得がいかなかった。 しかも、『山』の名前を出せば通る……確かに與座と呼ばれる細目のインチキ関西弁は、そう言っていたはずだった。 彼は、喋り方だけじゃなく、その存在までインチキだったのか? 青木は、心の中で首を傾げながら、考えていた。
「メディアなんて、利用したがる奴はゴマンといるんだ。 いちいち、そんな奴らに付き合うバカがどこにいんだっ! あぁん? 大河内 修蓮? 六道 仁真? 聞いた事もねぇわっ!」
「いや……大河内 修蓮先生は、かなり有名な霊能者でして……」
「知らねぇよ! 視聴者は知ってんのか?って話だ! 一般の方々は、ご・ぞ・ん・じ ですかっ!?って話だ! バカがっ! お前、いっぺん死んできた方がいいんじゃねぇのか!?」
今日も今日とて、パワハラ日和だなぁ
青木は、そんな事を考えながら、頭を垂れていた。 時が飛んでしまえばいいのに……と。
「あ? ちょっと待て!」
デスクの上に置いてある角田のスマホが鳴っていた。 角田が珍しく説教を中断する。 普段は、説教中に電話が鳴ろうと、無視して説教を続ける、あの角田が、である。 興味の湧いた青木が表示画面をこっそり覗くと、奥田常務と表示されていた。
「はい。 角田です。 ……あ、これはどうも……もちろんです。 えぇ? あ、はい………………『山』……ですか?それは、もうもちろんです。 はい。 ……承知いたしました。 はい、……お任せください。 はい、では失礼いたします」
スマホを置いた角田が青木を睨む。
「……おい! 一体なんなんだ? その『山』ってのは……」
角田は、怒りを抑えながら、静かに囁く。 青木が返事に困っていると、角田は溜息を吐いた。
「はぁ、……常務から、もし、『山』ってとこから企画が持ち込まれたら、全面的に協力するように言われた……」
角田は、忌々しそうに吐き捨てたあと、デスクに向き直ると、青木の方を見ないまま続けた。
「……好きにしろ」
その言葉で、ようやく解放された青木は、與座から受け取った、企画書の体をなしていない企画書モドキを、自分達のフォーマットに合った形に修正する作業に没頭した。
◇ ◇ ◇
「と、いうわけで、無事に企画が通ったんだよ」
スマホの向こうで、青木君が生き生きと話す。 彼は、僕より年上ということもあり、二人きりの時などは、かなりフランクに話し掛けてくれる。 まぁ、青木君も結局はモブなので、気が合うのだろう。
「それは、おめでとうございます」
「ありがとう。 でも、これで、一ノ瀬君も霊能者デビューだね。 いや、これからは柊さんと同じように『さん』付けか、『先生』呼びしないとダメかな?」
「いやいや、これまで通りでいいんだけど……っていうか、本当に僕なんかがTVデビューしちゃって、いいのかな?」
あの時は、勢いに流されてしまったが、冷静に考えると、僕のような霊感が少し強いだけの一般人が、そんな大それたことになっていいのだろうか? と、かなり不安になってきたのだ。
「大丈夫、大丈夫! 使えなかったら、大幅にカットするだけだし、憑依霊だって追い出せるくらいの実力はある訳だし」
青木君が、僕の不安を明るく笑い飛ばす。
「ところで、一ノ瀬君。 いや、ホラーチャンネルのボヤージさん、『六道 仁真』って、聞いた事あった?」
青木君は、あれからいろいろ調べてみたが、六道 仁真だけが分からなかったと溜息を吐く。 わざわざボヤージの名前を出すということは、オカルトマニアとして、何か知らないか? と言いたいのだろう。
「いや、実は僕も、六道 仁真は聞いた事ないんだよねぇ。 昔、TVにバンバン出てた六道 真念ならわかるんだけど……」
「あぁ、いたよねぇ。 俺がまだ小学生の頃だったから、かれこれ15、6年くらい前だったかな? って、一ノ瀬君、そん時4歳くらいじゃない? なんで知ってんの?」
僕は、ホラーチャンネルを立ち上げるにあたって、オカルト系の動画を見まくった事を説明した。 その中に、だいぶ昔の映像も紛れ込んでいたため、『戦う和尚』こと六道 真念の存在を知るに至ったのだ。
「やっぱり、関係者なのかな?」
僕が思いつきを口にすると、スマホ越しに青木君が唸る。
「ん~、調べた感じ、息子って歳でもなさそうだし、そもそも六道 仁真は霊能活動なんてしてない、ただの寺の住職って感じなんだよね」
青木君が、まるで芸能活動みたいな言い方をする。
「でも、あの與座が、わざわざ出演者に選んでるってことは、ただの住職って感じでもなさそうなんだよなぁ。 あ、そうだ! ラ・ムー美樹本は? 」
「あぁ、ラ・ムー美樹本ね。 『プラーナ』って団体の代表で、自らをレムリア大陸の最後の指導者『ラ・ムー』の生まれ変わりだって主張してるみたい。 プラーナ自体は、ラ・ムー美樹本と同じようにレムリア人を前世に持つ人で構成されてるって設定になってるね」
「あぁ、なんかそんな事言ってたなぁ……」
キキとの出会いが、はるか昔に思える。 思わず、キキを見ると、不思議そうに小首を傾げている。
「規模は、新興宗教の割に大きくて、信者数は公称6万人ってなってるみたい。 まぁ、こういうのは、実際より多く言うことの方が多いから、実際は1万人いかないんじゃないかな?」
その数にビックリしてしまう。 以前、HPを見た時は、もっと規模の小さい事務所くらいの印象だったのだが、立派な新興宗教だった。
「なんか若者を中心に集まってるって感じかな? 基本的には、各地でセミナーを開いたり、除霊とかをやってるみたいだね。 この辺は、一ノ瀬君から聞いた話の通りだったよ。 ちなみにラ・ムー美樹本本人は、メディアに全然出てこないから、本当に出てくれたら、すごい事だとは思うけどね」
「與座次第だね。 じゃあ、立川 明美は?」
「立川 明美は、他局でよく出てる、主婦ってのを売りにしてる霊能者だね」
立川 明美は、半年ほど前から、青木君のとことは別の局を中心に活動している霊能主婦だった。
スーパーで、「なんか良くないものが憑いてますよ?」と言って、声を掛けて助けた相手が、とある局のお偉いさんの奥さんだった。 そんなキッカケで、そのお偉いさんの局の番組によく出るようになったという経緯があるそうだ。
番組では、主に心霊動画や心霊写真の解説、心霊スポットの除霊などをやっている。 僕も見た事はあるが、なんか地味で、普通(?)の霊能者って感じの人だったと思う。
「やっぱり、気になるのは、『山』の法師だよ。 一ノ瀬君、何か知らない?」
「いや、僕もそんなに詳しくないし……。 『山』で知ってるのは與座と、桐生っていう女の子くらいなんだよね……」
「ちなみに桐生って子は、どんなんだったの?」
「日本刀持ってる、ショートカットのキツそうな子だったよ」
胸は小さめだったという情報は、敢えて伏せておいた。
「日本刀かぁ……。 マンガやアニメみたいで映えるは、映えるんだけど……銃刀法とか大丈夫かなぁ。 最近は、この業界もコンプライアンス、コンプライアンスってうるさいからね」
「あぁ、『この後、スタッフが美味しくいただきました』的な?」
「それそれ」
青木君が、スマホの向こうで、そう言いながら笑う。本当にスタッフが美味しくいただいてるのだろうか? 聞いてみたい気持ちが湧いてくるが、聞かない方がいい気がしたので遠慮しておく。
「まぁ、当日来るのが、桐生さんとは限らないし、今心配してもしょうがないよ」
そう言って、青木君を慰めた後、とりとめのない会話をし、僕達は情報交換(主に情報を貰ってばかりだったが……)を終えたのだった。




