当代様の持ち込み企画
「……」
三枚目のフリップボードを見た瞬間、與座の雰囲気が変わる。
そのフリップボードの中心には、『妖』の文字と、與座にとって見覚えのある妖の名前が書かれていた。 その周りには、柊 鷹斗、大河内 修蓮の他に見知らぬ名前を含め、八名の人物名が配置されていた。
「……ここまで来ると、もう笑えへんわ……」
「よ、與座君? どうした? 」
いつも飄々とした態度の與座が、珍しく殺気立ち、その変化に佐藤が慌てる。
「あれあれ? ひょっとして怒ってる? 細い目ぇが、より細なって、のうなってしもてるやん? お目目どこいってもうたん? 超ウケるんですけど」
卑弥呼が、與座を覗きながら、與座によく似たイントネーションで煽りを入れる。 それに反応するように與座の拳がギュッと握らているのを、佐藤は見逃さなかった。
「……一体、どういうつもりや?」
與座は、一度大きく息を吸い込むと、ため息まじりに吐き出した後、努めて冷静に卑弥呼を見た。
「あれ? 意外と冷静じゃん。 ふうん。 ま、いっか。 壱与」
「はい、おひぃ様。 要は、この妖退治を複数の霊能者で行い、その中に柊 鷹斗を組み込む事で、TV番組的にも、呪術部による『赤の書』所有者の実力確認的にも成立させる。 と、まぁ、こういう訳でございます」
「そ、題して、『ドキッ! 霊能者だらけの妖退治 ~ポロリもあるよ?~』」
卑弥呼のセリフに合わせて、壱与がフリップボードを捲る。 ボードには、毒々しくも、色鮮やかな文字で、卑弥呼の言う、ふざけたタイトルが書かれていた。
「……ポロリはあらへんやろ?」
「そう? 場合によっては、首ポロリもあるかもよ?」
あまりにも物騒なポロリに佐藤の頬が引き攣る。
「……ないわ」
「そうね。 首ポロリもないかもね。 あるとしたらガブリだったわ……みたいな?」
そう返しながら、卑弥呼が肩を竦めてみせる。
「……そもそも、なんでこないな大掛かりな事せなあかんのや?」
「まぁね、本来、適当な案件を柊 鷹斗に振ってヨシなんだけどさぁ……。 ま、こっちにも都合ってのがあるってことよ、的な? 動向を探っときたい奴もいるし……みたいな? まぁ、何より與座っち、君だよ、君。 君も……そろそろ……乗り越えないとね……。 TVの話は……、単なるサービス? みたいな?」
「……」
「ほら! そんな目しない! いつもの飄々とした雰囲気を思いだしなよ?って感じ?」
「與座君、さっきから……話が見えないんだが……。 一体、何があるっていうんだ?」
完全に蚊帳の外にいた佐藤が口を挟む。
「部長には……関係あらへん」
與座は、そう冷たく呟くと、一度、フリップボードを睨みつけた後、卑弥呼と壱与を睨む。
「こないなふざけたボードがあるっちゅう事は、月例会議の流れも含めて、全部、お見通しやったっちゅう事か……?」
「ん? まぁ、そら腐っても卑弥呼だし?」
「おひぃ様、おひぃ様は、腐ってなどいません。 言葉の選択を誤っておられます。 チョイスミスです。 略してチョイミスです。 でも、そんなポンコツなところも素敵です」
「あちゃぁ、超罪だわ」
お馴染みの額ペチッと舌出しスタイル。
「……視えとんのか? アイツを……倒せる未来が……」
「さぁ? ま、普通なら難しいんじゃない? 少なくとも、柊 鷹斗一人じゃムリっしょ」
意味深な微笑みを浮かべる卑弥呼。 それでも、『山』のトップが持ち込む企画なら、何かしらの勝算があるのだろう……一人、完全に置き去りにされた佐藤は、そう考えながら、二人のやり取りを見ていた。
少なくとも、柊 鷹斗一人ではムリ。 その言葉は、このメンバーでなら倒せる、と暗に語っているように、與座には思えた。
「まぁ、そんなこんなで、これこれそれで、当然、引き受けてくれるよね? この企画のプロデュース」
「……プロデュース?」
「そ、案は出すけど、実現させるのは與座っちってこと。 当然だけど、出演者の交渉を含めて、TV局への企画の持ち込みから段取りまで、與座っちの仕事だよ? もちろん、出演者へのギャラはうち持ちでいいから。 佐藤っち、予算を算出して、特命業務として、経理に申請してねん。 あ、でも、ロケ代とかはTV局に出させてよね。 要は、出演者や妖退治にかかる費用は出してもいいけど、VTR制作にかかる費用は、向こう持ちってことで。」
「わかりました。 予算を算出して、特命枠で落とさせていただきます」
卑弥呼の言葉に、佐藤が素早く反応する。 それを見て、與座は頭をガシガシと掻きながら、溜息をつく。
「……デリケートな部分に土足で踏み込まれて、正直、はらわた煮えくり返っとるし、腑に落ちん事もかなりあるけど、……まぁ、上司命令なら、しゃあない……。 受けたるわ」
「そうこなくちゃ……みたいな? 壱与!」
「はい、おひぃ様!」
壱与は、勢いよく返事をすると、駕籠に頭を突っ込み、紙の束を取り出す。
「フリップボードの内容をまとめたものになります」
そう言いながら、紙の束を佐藤と與座に手渡す。 そこには、討伐対象の妖の名前や、霊能者達の氏名、電話番号などの個人情報が書かれたリストなど、今回の企画の内容が書かれていた。
「……なぁ、これがあれば、あんなふざけたフリップボードいらへんかったんちゃうん?」
「こら! せっかく、烏丸っちが作ってくれたんだから、そういう事言わない!」
與座は、フリップボード作成が、生産部長の烏丸だと聞いて、一枚目の芦屋部長のギャフンを思い出す。 一体、どんな気持ちで、その製作に挑んだというのか……。 與座は、目眩を覚える。
「なぁ、この、呪術部から派遣される奴……、"山村 人成"ってなっとるけど、間違いないんか?」
「ん? 山村っち? まぁ、テカテカポマード眼帯おじさんが、選ぶとしたら、十中八九、山村っちになるよね?」
山村 人成……数年前まで退魔部に所属しており、当時、新設される部隊の隊長候補になった男だった。 結果、隊長には、柊 隼斗が就任し、山村は、その後しばらくして退魔部から、呪術部に異動になった。 今では主任の役職だったはずだ。 噂では、隊長争いに敗けた際に、柊 隼斗の下には就けないと、自ら異動願いを出したと言われている。
(柊 隼斗の兄の実力を見極める役目に、柊 隼斗を恨んでいるかもしれない山村……。 絶対、ダメ出しするヤツやん……)
「大丈夫ですよ。 先程も申し上げた通り、私情で結果を捻じ曲げるようなことの無いよう手を打ってますから」
まるで、與座の懸念を読んだかのように、壱与が声を掛ける。
「なに? そんな事心配してんの? そのための、この企画でもあるんだから、多分、大丈夫じゃない? って感じ」
「山村主任が、手も足も出ないような妖を柊 鷹斗が華麗に打ち倒す。 そのための妖をチョイスしております。 加えて、『山』とは無関係とは言え、証人も兼ねて、複数の霊能者を集めております」
「証人言うたかて、修蓮の婆さんや一ノ瀬は、柊兄の身内みたいなもんやし、河合 美子かて、修蓮の婆さんに弟子入りしとんのやったら、身内にカウントされるやろ? 芦屋のおっさんが、それを盾に難癖つけてきても、おかしないやろ?」
「與座主任の懸念ももっともですが、その他の方の意見をすへて蔑ろにして難癖つけることは、難しいかと思われます」
「そっ! 満場一致で、『柊 鷹斗、サイコー』的な評価になるようがんばってみてみてみてよ」
「……ハードル高いわっ! あと、『みて』が多いぃわっ!」
「まぁまぁ、そういう訳なんで、残りの3名にはしっかりと出演してもらえるよう交渉してね? できるよね? その歳で営業主任張れるくらい優秀なんだから」
「……やったるわ」
「そうこなくちゃ!」
「おひぃ様、そろそろ次の予定の時間になります」
「ん。 もっと、與座っち達とおしゃべりしたかったんだけど、ホント残念……みたいな?」
そう言うと、卑弥呼は円卓によじ登り、四つん這いて駕籠へと戻る。
(……パンツ丸見えやないかぃ!)
「ん」
簾を降ろした卑弥呼の声で、壱与が部屋の外へと声を掛ける。 その合図で数人の男達が入室し、卑弥呼の入った駕籠を担ぐ。
「それでは、佐藤営業部長、與座主任、よろしくお願いいたします」
先程までの茶番が、嘘だったかのように、凛とした壱与の言葉で、男達が駕籠を部屋の外へと運び出していき、最後に改めて、佐藤と與座に丁寧なお辞儀をして、壱与も部屋を出ていった。
「……なんか……すごかったな……」
閉じられた扉を見ながら、佐藤が呆気に取られた様子で呟く。
「ま、まぁ、私達も……行こうか?」
そう言って、佐藤が扉を開ける。
「……虚忘」
どこか遠くを見ながら呟いた與座の言葉は、部屋を出ようとしていた佐藤の耳には届かなかった。




