御前会議 前編
「ふぅ、ま……ここまでは、上出来やんなぁ……」
與座は、柊の部屋を出ると、ホッと息を吐きながら、独り言を呟く。
「……あとは……出演交渉やな……」
そう呟きながら、思い出すのは、数日前の御前会議での出来事だった。
『山』の月イチ定例会議、通称、御前会議。 各部門長が集まり、当代様……いわゆる『山』のトップに、各部門の状況や問題、方針に関する内容を報告する場である。 通常の会議内容に加え、時には、各部門が何かを提案したい時など、時間を貰ってプレゼンテーションする場でもある。
與座は、節分に行われる恒例行事である『延厄式』に関する提案をするため、営業部長の佐藤と共に、御前会議に出席したのだ。
薄暗くされた豪華な会議室の中、プロジェクターにより映し出されたスクリーンの対面に、厳かな雰囲気の駕籠が置かれ、その駕籠を中心に、各部門長の席が配置された円卓が置かれていた。
駕籠は、スクリーンに向かって出入口と思われる箇所が設置されており、そこには簾が掛かっていた。駕籠の中からは、簾越しにスクリーンが見えるようになっていた。
駕籠の傍らには、黒いパンツスーツを着た黒髪ロングの女性が立っていた。 その黒い女性は、会議の進行役を務めていたが、時折、駕籠に顔を寄せ、当代様の代弁者として発言する役割も兼ねている。
ちなみに、御前会議に初めて出席する與座は、円卓から離れた壁際に置かれた椅子に座り、定例報告の様子を、ひどく居心地の悪い気持ちで見ていた。
御前会議のメンバーは、さすが『山』の部門長を務めるだけあり、一人を除いて、圧倒的な存在感を纏っていた。
主に、予言や未来視に特化し、『山』の方針決定や、新人法師のスカウト・育成、民間からの案件に関する営業や法師への助言など、『山』の中枢を担う、当代様直轄の経営企画部。
部長の松井 静香は、黒いロングヘアを一つに纏めた厳しそうな見た目の老齢の女性だった。 定例の会議内容の間、凛とした姿勢で微動だにせずスクリーンに顔を向けていた。 その定例報告中、與座は松井が起きているのか寝ているのか、最後までわからなかった。
『山』で唯一、霊力と無縁の部署、経理部。 各部門の予算や経費の計上などを握っているため、霊力と無縁だからと言って、他の部門から蔑まれる事はない。
ちなみに與座が、黒ハゲ危機一髪で払うハメになった飲食代を経費で落とそうとしたが、経理部によって拒否され、枕を濡らしたのは、つい昨日の事だ。
部長の伊藤 信一は、少し小太りの、いたって普通のおじさんだった。 やたら眼鏡を弄りながら、先月の予算と実績の差異について説明する姿は、まさしくサラリーマンのそれであった。 ちなみに御前会議のメンバーの中で、唯一、圧倒的な存在感を纏っていない、癒しキャラ(與座目線的に……)だ。
そして、與座が所属する営業部。 霊視に特化した人材で構成されており、国や民間から上がってくる案件の脅威を正確に分析し、価格の決定や、担当する法師とのパイプ役を務める部門である。
部長の佐藤 典行は、各部門長の中では最年少で、それがそのまま彼の優秀さを物語っていた。 的確な判断と、適正な価格設定。 少し、民間に対して厳しいとも言われているが、彼が営業を務めた案件での法師の死亡率は、『山』の歴史上、最も低かった。 與座が現れるまでは……。
『山』の法師が使用する法具、いわゆる武器や札などの開発・製作を担当する、生産部。
部長の烏丸 幹は、『山』の典太とも呼ばれ、霊刀を打たせたら、日本一とも言われている。
彼の造る法具は、今ではかなりレアで、手に入れたければ、法師の養成学校である『丘』を首席で卒業するのが一番確実と言われている。
ちなみに、烏丸は、自分の担当部分の説明を終えた後、ずっと寝ていた。
そして、『山』の花形部門である退魔部と、その対極にあたる呪術部。
退魔部は、陰や妖など、この世ならざるモノ達を狩る法師によって構成される部門。 正に花形部門である。 部長は、安倍 拓海。 整った顔立ちの、いわゆるイケおじで、一部の熱狂的ファンからは、アベタクと呼ばれている。 法師としての腕もかなり高く、柊 隼斗が台頭してくるまでは、天才法師と言えば、安倍の事を指す言葉となっていた。
呪術部は、呪術に関する案件全般を担当しており、結界や解呪などの他に、呪を使った暗殺も請け負っている部門である。 退魔部が、日に当たる場所だとすると、呪術部は日影になる場所と言える。 『山』の闇の部分を担当するせいか、一部からは『裏山』とも呼ばれている。
部長の芦屋 道長は、退魔部部長の安倍とは同期入山の関係で、一方的に安倍をライバル視していると噂されている。 その顔に刻まれた深いシワと多くの傷跡、右目の黒い眼帯は、彼が多くの死線をくぐり抜けてきた事を如実に表していた。
だが、一際、異彩を放っているのは、やはり駕籠の中の当代様だった。
(……あかん。 ありゃバケモンやわ……)
駕籠越しにも関わらず、フィルターを掛けないと、部屋の中が見えなくなるくらいの霊力の強さに、與座は圧倒された。
(……伊藤のおっさんでも見て、癒されよ……)
曲者揃いのメンバーの中で、與座が小太り眼鏡の伊藤ばかり見てしまうのは、ムリからぬ事だったのだろう。
「では、定例報告は、以上となります。 続きまして、佐藤営業部長より、提案があるとの事ですので、引き続き、お願いいたします」
進行役の黒い女性の言葉を受け、佐藤が立ち上がる。
「はい。 営業から節分の延厄式について、ご提案がありますので、與座主任から説明させていただきます。 與座主任、お願いします」
佐藤は、そう言うと席に座り、プロジェクターの画面を手元のPCのものに切り替える。
「……はい」
壁際の椅子に座っていた與座が、面倒そうに立ち上がる。
「営業部の與座です。 よろしくお願いいたします」
………………
「という訳で、民間の『赤の書』の所有者を使って、次の延厄式を最後にしましょう。 ……と言うのが、営業部からの提案ですわ」
話し始めこそ、緊張していた與座だったが、なんとか最後まで説明を終えることが出来た。
会議室は、水をうったように静まり返っていた。 ……が、その静寂を打ち破るかのように声が響いた。 呪術部長の芦屋だった。
「おいおいおい! 正気か? 民間の……それも、よりによって『赤の書』の所有者だと? ……佐藤営業部長、これはドッキリ企画かなんかですかねぇ? ……まさか、本気じゃねぇよな?」
芦屋が佐藤を睨む。
「芦屋部長、もちろん、本気ですよ。 でないと、この場を使った提案なんて出来ませんから」
「……うちの結界師で守りを固め、呪術師と法師で事に当たる……。 その攪乱として『赤の書』の所有者を使う……か。 相手は、『神』だぞ? 本当に勝算があるのか?」
「おそらく……五分五分……ですかね? でも、安倍部長と柊法師、『赤の書』に支配されていない所有者、そして芦屋部長が鍛え上げた結界師部隊に呪術師部隊……。 これだけの要素が揃ってもダメだったら、今後永久にヤツを滅することは不可能でしょうね……」
「五分五分って……、失敗したら、この国は終わるぜ?」
「ですから、当代様に判断を仰ぎたいと、ご提案させていただいた次第です」
佐藤の言葉に、芦屋、伊藤、與座の視線が駕籠に向かう。
「では、決を取りたいと思います。 まずは……松井経営企画部長からお願いいたします」
その場のやり取りが、ひと段落するのを待っていたかのように、進行役が口を開いた。




