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ラ・ムー美樹本、まじパねぇ!

 「なぁ、どう思う?」


 柊が去った後、臨太郎が話しかけてきた。 柊は悪い奴じゃなかったが、アレを退治するのは難しそうに思える。 僕は改めて、『さわるな!』と書かれたA4用紙を見る。 汚い字が空気を読まずに居座っていて、思わず笑みが溢れる。 だが、不思議と安心感が湧いてくる。


「ま、成功報酬なんだし、やるだけやってもらうさ」


 僕は、そう答えて伝票を取った。 2日も泊めてもらったのだ。 ここくらいは払おうじゃないか。


「いや、そんなドヤ顔で伝票持たれても……」


 臨太郎が苦笑するのを盛大に無視して、その場の会計を済ます。


 その後、二人でカラオケに行き、歌いまくった。 ストレスが溜まっていたので、ちょうど良かった。 誘ってくれた臨太郎に感謝だ。 明日は、小さめだがちゃんとしたサイトのあった所の人と会うことになっている。 待ち合わせは、定番のロータリーだ。

 今日は久しぶりに自分の部屋で寝る事にしよう。 そう思えたのは、変なお守りによる安心感のおかげだった。


 次の日の目覚めは、ここ最近では最高だった。 昨日より、左半身は痒くないし、毎日少しずつ広がっていた赤いブツブツの進行も止まったようだった。 赤みも少し薄らいでいるように見えた。 僕は、柊にもらったA4用紙を見る。


「まさか……な」


 お守りの効果なのか、カラオケによるストレス発散効果なのかはわからないが、素晴らしい朝だった。 しかも昨日は、一度もアレと遭遇しなかったのだ。 このままいなくなってくれれば、言うことはないのだが……。


 臨太郎と合流して、牛丼屋で昼食を取る。 そのまま、待ち合わせ場所のロータリーへと向かう。 明後日には臨太郎の紹介してくれる本命霊能者に会う事になっている。 だから、今回も昨日と同じで、繋ぎというか、ダメ元というか、まぁ、あまり期待していない。


 そう思って待っていると、駅から出てきた人達の中から、女性が一人こちらにやってきた。 そして、こちらを一瞥した後、スマホを取り出して弄りだした。


 ブブブ。


 僕のメールが鳴る。中を確認すると相手から、今駅に着きました、とメールが来ていた。 僕は、意を決して、女性に声を掛ける。 生まれてこのかた、ナンパなどした事がないこの僕がだ。 自慢じゃないが、駅で知らない女性に話しかけるなど初めての事だ。


「あの……、もしかして『プラーナ』の方ですか?」


 勇気をは絞って話しかけると、女性は驚いたような顔をして、頭を下げた。


「申し訳ありません。 二人でいらっしゃるとは思いませんでしたので気付きませんでした……」


「いえいえ、こちらこそ連絡もしないで付き添いを連れてきてしまって、すいませんでした」


 女性は、申し遅れましたと言いながら、クリスティーヌ滝本(たきもと)と名乗った。 軽くパーマのかかったゆるふわな髪は、肩くらいまでの長さで、目鼻立ちのはっきりした顔付きにナチュラルメイク。 いわゆる美人さんだ。 タイトなスーツと鞄という出で立ちで、霊能者と言うよりキャリアウーマンのような印象だった。 後から一人やってくるので、近くの喫茶店、……柊と昨日モンストをやっていた店に入ろうと提案してきた。 承諾すると、クリスティーヌ滝本は、後から来る者にとメールを打ち込んでいた。


 ◇  ◇  ◇


「だいたいのお話は、代表のラ・ムー美樹本(みきもと)より承っています」


 喫茶店に入って注文が終わると、彼女が口を開く。 ラ・ムー美樹本とは、彼女が所属する『プラーナ』という事務所の代表の名前らしい。 『プラーナ』は、ある共通の前世の記憶に覚醒した者達で構成された事務所で、各地でセミナーやら除霊やらをやっているらしい。

 その共通の前世というのが、太古、レムリア大陸に暮らしていたレムリア人なのだと言う。 そこからは、レムリア大陸がどうだとか、インディゴチルドレンがどうだとか、日本人はレムリアの前世を持った者が多いだとか、僕にとってはどうでもいい話をかなりの熱で語りだした。 そんなことより、早く除霊してほしいのだが……。


 そして、美樹本が言うには、同胞の魂が貶められようとしている、と。 要は、僕が憑かれたのは、彼らと同じレムリア人の前世を持っているからで、悪霊達にとっては、ものすごい御馳走なのだとか……。 スマホから送った申請フォームだけで、一度も会わないで、そこまでわかってしまう美樹本には、正直、懐疑心しか湧いてこない。 ちなみに、ここでも特にデラシネという言葉は出てこなかった。 途中、臨太郎の様子を伺うと半分寝ているようだった。


「お、いたいた」


 そうこうするうちに、男性の声がした。 見ると、ノータイ、黒スーツの金髪のイケメンが立っていた。 まるでホストのようだ。


「彼も『プラーナ』のメンバーです」


「どうも、ナドゥ桐山(きりやま)でっす」


 クリスティーヌ滝本こと、クリちゃんがイケメンホストを紹介してくる。


「持ってきていただけましたか?」


 クリちゃんの言葉に、イケメンホストが笑いながら答える。


「いやぁ、美樹本さんがコレも持ってけって言うから、なんでかな? って思ったら、依頼人が二人だったって訳ね」


「……という事は、彼も?」


「……みたいだね。 本来の持ち主に会えて嬉しいのか、二つともすっごい波動をビンビン出してるよ」


 イケメンホストが、ニッと笑いながら、アタッシュケースから高級そうな木箱を二つ取り出した。 芝居掛かった物言いが鼻に付く。 そして、こっちは君で、こっちは君ね、と言いながら、僕と臨太郎の前に置く。


 開けるよう促されて、木箱を開けると大きめのクリスタルが入っていた。 無骨な感じの、そのクリスタルは原石に近いのか、所々キズが入っているように見える。 臨太郎の方を確認すると、そちらも同じようなクリスタルが入っていた。


「正直、僕らに悪霊を払う力はない。 奴らは、追い払っても追い払っても、君の魂に惹かれてやってくるからね。 だから、憑かれている本人が払い除けるしかないんだ。 そのために力を貸してくれるのが、このクリスタル。 レムリアンシードクリスタルだ。 ここんところにバーコードみたいな模様が入ってるだろ? これが本物の証だよ」


 彼の話だと、臨太郎もレムリア人の前世を持った者で、予定外の参加にも関わらず、美樹本なる代表が、さも知っていたかのように、臨太郎用のクリスタルも用意したという事だった。 美樹本さん、まじパねぇ! とイケメンホストが興奮しているが、絶対、クリちゃんが、店に入る前のメールで臨太郎の存在を知らせただろ!? っと言いたかった。 言わなかったが……。


 要は、このクリスタルを僕達二人に売りつけようという事なのだろう。 値段は、僕の方が28万円で、臨太郎のが25万円なのだそうだ。 ぼったくりにも程がある! ……ような気がする。 バーコードのような模様にしたって、ヤスリでキズを入れただけのようにしか見えない。


「……いりません! もうお守りならありますから」


 クリちゃんがローンの説明を始めたところで、遮るように言って、柊から貰ったA4用紙を見せる。 するとイケメンホストが手を伸ばし、それをひったくる。 あまりにも素早い動きにちょっと引く。


「ちょっと見せてね」


 普通、先にお断りを入れてから奪うだろ!? いや、違う。 普通、奪わねぇだろ!? イケメンホストが折り畳まれたA4用紙を広げて、表から裏からとジロジロと舐め回すように見て……笑った。


「君、これ誰から貰ったか知らないけど、騙されてるよ?」


 まぁ、そう言いたい気持ちはよくわかる。 だが、それを貰ってから、調子がいいのは確かなのだ。 気のせいかもしれないが……。 イケメンホストは、馬鹿にしたかのように笑った後、その紙を……容赦なく破った。


「あっ!」


 瞬間、空気が確かに変わった気がしたのだ。 先程より、室温が下がったのだ。 ヤバい! ……アレが来る。 逃げなければ! テーブルに手を付いて立ち上がる。 左半身が焼けるように痛い。 特に痛みを感じる左手首を見ると、赤いブツブツから血が吹き出てきている。


 ふと左手首からテーブルの中央へと目が移る。 そこには黒い丸が見えた。 ……なんだ? 黒丸はどんどん大きくなり、盛り上がっていく。 なんだろう?目が離せない……。

 その黒い丸が人の髪の毛だと気付くのに、随分と掛かった。 気付いたとほぼ同時に黄色い紙が見えてくる。 あの、お(ふだ)だ……。 アレがテーブルからゆっくりと生えてくる。 なんて斬新な登場の仕方だ。 今までは普通に出てきてたよね? そして、いつものように髪とお札の隙間から、大きく開かれた目が見える。 目が合ったところでソレの目が歪んだ。 ……直感的に笑ったのだと理解できた。


 顔が全部出たところで、ソレがグリンと顔の向きを変える。 クリちゃんとイケメンホストの方を向いたのだ。 思わず、二人の様子を見ると、二人とも物凄い形相で、震えながら椅子にへばりついている。 美男美女が台無しだなw。 なんとなく胸がすく思いがして、ザマァ感が半端ない。 そして、ソレは、イケメンホストの方へと進んだ。


「ギギ……ありが……とう……」


 ソレは確かに喋った。 前より、スムーズに喋っている気がする。 そして、そのままイケメンホストに抱きついた。 途端にイケメンホストの顔に赤い湿疹のようなものが浮かび上がる。


「あぁぁああぁぁあ!」


 イケメンホストの叫びで、我に帰った僕は、臨太郎を押しながら叫んだ。


「おい! 逃げるぞっ!」


 それを聞いた臨太郎が慌てて、荷物を掴み通路に踊り出る。 壁側に座っていたクリちゃんは、通路側のイケメンホストのせいで逃げる事が出来ないようだった。 逃げようとしている僕らを見て、何か喚いているが、……知ったことか!


 僕らは、ドタドタと転びそうになりなから走って、その店を飛び出した。

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