朗報
僕、一ノ瀬 航輝は、退屈な講義を、なんとなく上の空で受けていた。 キキは、どこが面白いのか、時折、頷きながら、お経のように眠気を誘ってくる教授の話を夢中になって聞いていた。 最後に、レポートの課題が出され、期限が来週って事で、僕は一気に憂鬱な気分になった。
「あ、臨太郎! 今日、柊んとこに行こうぜぇ!」
ようやく終わった講義に開放感を覚えながら、僕は、カバンに教科書などをしまっている臨太郎に話し掛けた。
「わりっ! 今日、この後、セミナーがあって……」
セミナー?
「なんのセミナー? 僕も出た方がいいかな?」
臨太郎は、一瞬、しまった! というような顔をした。
「いや、航輝は出ない方がいいかな……。 大したのじゃないし、……そもそも大学のやつじゃないし……」
なにやら、歯切れが悪く聞こえた。 出なくてもいい、じゃなくて、出ない方がいい……なんだ……。 じゃあ、なんでお前は出るんだよぉ……
「また、誘ってくれよ!」
臨太郎は、そう言うと、まるで逃げるように、慌てて部屋を出ていった。 取り残された僕は、ぼんやりと、本当にぼんやりと、なんか最近避けられてる? などと、思ったのだった。
その後、僕はキキと二人で、自分の足元を見ながら、柊の部屋へと向かった。 臨太郎とのやり取りについて、考えながら……
ピンポーン
柊の部屋に到着し、チャイムを鳴らす。 が、返事はない。 こんな精神状態で、柊まで留守となると、本当に救われない気持ちになってしまう。 諦めきれない僕は、思わずドアのノブに手を掛けた。
ガチャ。
普通に開いた。
「だからぁ、俺、霊視とか出来ないから、番組として成立しないだろ?」
「そこは、上手いことやりますって。 だから、俺を助けると思って、なんとかお願いしますって」
部屋の中から、話し声が聞こえる。 柊と……青木君? どうやら、青木君が、柊相手に番組の出演交渉をしているようだった。 前、断ったと言っていたが、まだ諦めてなかったようだ。
「お邪魔しま~す」
僕は、意を決して、部屋へと足を踏み入れる。 キキが、やたら慎重そうに、その後に続く。
「お、航輝じゃん。 大学の講義終わったのか? お、そうだ、お前からも言ってやってくれよ。ブルーツ・リーの奴が、しつこいんだよ……」
部屋に入った僕に、柊が普通に話しかけてくる。 さっきまで、臨太郎の塩対応に泣きそうだった僕の心に、灯りが灯った気がした。
「いや、俺だって、あの本の捕食場面見てるから、……正直、怖くって、あんまり頼みたくはないんですよ? でも、角田さん……えっと、うちのプロデューサーなんですけどね、……しつこいんですよ」
どうやら、青木君は、柊の持つ本がトラウマになっているようだった。
「一回だけでいいんで、ぜひ、お願いしますよ」
「いや、一回ったって、先っぽだけだから、みたいに言われても……」
柊が、珍しくゲンナリしながら呟く。 ……下ネタじゃねぇ~かっ!
「そもそも、肝心の依頼がねぇし、一体全体、どんな感じの企画にすんだよ?」
「とりあえず、手頃な心霊スポットに、河合先生と出掛けてもらえば、なんとかなるんじゃないですか?」
「いや、ムリだし! インチキ霊能者と霊感ゼロ男が、心霊スポットって、誰トク企画だよっ!?」
確かに、柊じゃなくても、番組が成立しないであろう事が容易に予想出来てしまう。 横を見ると、キキも強く頷いている。
「それが成功しようが、失敗しようが、全部、角田さんの責任です。 俺は、柊さんを引っ張り出せたってだけで、ミッションコンプリート! これ以上、角田さんからネチネチ言われずに済むんです。 ね? 俺トクでしょ?」
「そんなん、言われて、よっしゃ、喜んで! なんて言う奴いると思う!?」
「……いないんですか?」
「いねぇ~よ!!」
いつの間にか、柊と青木君は、随分と仲良くなったようで、軽くジェラってしまう。 ふと、隣を見ると、同じように波に乗り遅れたキキが、神妙な表情をしている。 まぁ、お札で、表情は読み取れないんだけどね。
「確かに、柊の言う通り、企画として成立するのが難しそうだよね。 こちらとしては、せっかく出るんだったら、宣伝効果出したい訳だし……。 なんか、いいネタとかないの? 悪霊が出て困ってる人とか……。 なんなら、修蓮さんに紹介してもらう案件を追うドキュメンタリー的なものにするとか……」
このままだと、空気にされてしまうと判断した僕は、思い切って、会話に割って入ってみる。 すまん、キキ。 僕は君を置いて、この波に乗らせてもらうよ。
「それだっ! さすが! 持つべきものは、航輝だぜ!」
「でも、角田さん的には、河合先生とセットでっていうのが、必須みたいで…….」
う~む、確かに胡散臭いアロハ一人だと、番組的には弱いのか……。 かと言って、以前までの霊を信じていなかった頃の河合 美子ならともかく、今の和泉さんLoveの河合 美子が協力するというのは、……ないような気もするし……
「確かに、可愛すぎる霊能者とセットじゃないと、キツいのかぁ……。 なかなか、悩ましい……」
「せやなぁ、普通に考えたら、ちと難易度高めやなぁ」
腕を組んで悩んでいると、どこからともなく、同意の声が聞こえてきた。
「でしょ?」
思わず、返事をする。
ん?
あれ?
いつの間にか、エセ関西弁こと、與座が部屋の中にいた。
「與座!?」
「ん? あぁ、せやで。 與座さんやで……って、一ノ瀬……簡単に名前呼ばんといてくれる?」
「おい、エセ! 何勝手に他人の家あがってんだよ」
「まぁまぁ。 そんな事より、話は聞かせてもろうたで」
柊の苦情を、華麗にスルーして、與座が笑う。
「だいぶお困りのようやんな? そんな君らに朗報や! 俺が、とっておきの企画をプレゼントしようやないか」
なんだってぇ~っ!!
驚く僕達をよそに、與座が細い目をさらに細めて、不敵に笑った。




