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ストレんじねス。 〜チートなアイツの怪異事件簿〜  作者: スネオメガネ
鬼《もの》の章

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Re: Shall We dance

「ごめんな? 君に殺される訳にはいかないんだ。 なんせ、先約があるんでね」


 僕は、近付いてくる陰にそう声を掛けると、前に手を伸ばし、キキのお札を掴んだ。


 そして……、一気に……そのお札を剥がした。


 その瞬間、身体全身が疼いた気がした。 よく漫画とかでいうズクンッていう奴だ。


 ?


 なんだろう?と思った僕の疑問は、お札を持っている自分の手を見る事で解消できた。 その手は急速に赤い斑点が出てきていたのだ。 見ているうちに斑点は広がり、遂には手が真っ赤になり、斑点として見えなくなっていった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛〜」


 キキの叫びが聞こえ、……止んだ。


 そんなキキを心配そうに見ていると、キキがこちらを心配そうに上目遣いで見てきた。 そして、僕の手に触れようと手を伸ばしてきたが、躊躇ったように自分自身のその手を握りしめた。


 そうか。 もう『さわれません』の札の効果がないから、触れようと思えば、触れられるのだ。 ならば、なぜ遠慮なんてしてるのだろう。


 僕は、札を持っている手と逆の手を伸ばし、キキの握られた拳にそっと触れた。


「ぐっ……!」


 触れた瞬間、真っ赤だった手の所々から血が噴き出し始めた。 おそらく、血が噴き出ているのは、手だけではないのだろう。 激痛は全身に走っていた。


「……大丈夫。 大丈夫だから……」


 僕は、キキが心配しないよう精一杯の笑顔を作った。 初めて触れたキキの手は、とても冷たかった。


 それを見たキキは、唇を噛んで首を振った。 その眉は八の字になり、困っているような、でも嬉しそうな不思議な表情だった。 そして、キキは一度俯いた後、ゆっくりと立ち上がり始めた。


「クククッ、なんだい? ご主人様がやられて、怒ったのかい?」


 耳障りな女の声が響く。


「でもね、あたいの怒りはそんなもんじゃないんだよ。 あたいはね、貧しくても、愛しい旦那と結婚して、これから幸せになれると思っていた時に、訳わかんない連中に攫われたのさ」


 陰が饒舌に語り始めた。 キキはそれを聴きながら、首をコキコキと鳴らしていた。


「攫われたあたいは、……たくさんの男達の慰め者にされて……、それでも子を孕んで……、産んだら旦那の元に返してくれるって言葉を信じながら、辛抱してた……。 ……そして、つわりが来て妊娠した事を知った……」


 キキが、その場で跳躍を始めた。 陰のポッカリと空いた眼窩から血が大量に流れ始めた。


「ククッ、笑い話よね。 誰の子かもわからない子だってのに、あたいにとっては自由の象徴になっちまったんだから……。 ようやく、もうすぐ産まれるって時に、自由になれるって時に……、男達があたいの前に持ってきたのは旦那の首だった。 男達は、呆然としているあたいの腹を裂いて、あたいの子を目の前で切り刻み始めたのさ。 なんでそんな事をするのかを説明しながらね……」


 キキは、両掌をワキワキしながら見ていた。


「そんな事をした男達も、そんな事を男達にさせる程、追い込んだ世の中も、あたいがこんな目にあっているっていうのに、のうのうと暮らしている無関係な奴らも……、苦労して産んだ実の子さえも……、みんな死んでしまえ! って思ったわ……。 あんたにわかる? あたいのこの気持ちが……っ! 400年間、憎らしいやら愛おしいやら、自分でも訳がわかんない気持ちで、あの子の側に寄り添っていた、あたいのこの気持ちがっ!」


 陰が叫んだ。 周囲の空気がビリビリと震えた気がした。 叫ぶや否や、陰は一気にキキに駆け寄り、その爪を振るった。 キキは無防備にその爪を喰らい、再び吹っ飛んでいった。 箱の置いてあったテーブルを壊しながら……。


「キキっ!」


 思わず叫ぶが、キキは何事もないようにムクリと立ち上がった。


「ギッギギ……」


 嫌な笑い声が聞こえた。 それは僕のトラウマを刺激し、背筋に悪寒を走らせる。 ……キキの笑い声だった。


 立ち上がったキキの口元に一筋の血が見えた。 陰でも血がでるのか……。 僕は、そんなキキの姿に見惚れながら、そんな事を考えていた。


 キキは、テーブルや箱の欠けらを陰に投げ付けた。 陰は、それを避けるでもなく、無視して笑みを浮かべている。 ペシペシと木片が陰に当たっては床に落ちていく。 中には陰まで辿り着かずに落ちていく木片もあった。 キキの投げる仕草は大変可愛らしく、僕はほっこりとした気分で見ていたが、攻撃手段としてはどうなのだろうか? まだ札が取れて、間もないせいで本調子になれないのだろうか?


 僕は、全身に走る激痛に耐えながら、そんな事を考えていた。


「そんなんでどうにかなる訳ないじゃないか……。 やはり、人に使役されている陰は、程度が低い……」


「ギギッ……ギッ」


 再び、陰が爪を掲げ、キキに飛び掛かろうと構え、……一気にキキに詰め寄った。 1ステップでキキの所まで詰め寄る姿に僕は息を飲んだ。


 ブォン。


 大振りに振り下ろされた爪は、大きな風切音を放った。 キキが一歩後ろに引いたからだ。 そのままキキは、空振りした陰に向かって、回し蹴りを放った。


 ブォン。


 再び、起こる風切音。 陰もまた大きくバックステップし、キキの回し蹴りもまた空振りに終わったのだ。 風圧で箱やテーブルの木片が舞い上がり、中段に放たれた蹴りのせいで、メイド服のスカートも舞い上がっていた。


 二人の陰のまるで踊るような攻防に僕は息を飲んだ。 僕は、あの時、初めて與座と会った時の事を思い出していた。 あの時のキキは、髪もボサボサで、みすぼらしいボロを着ていたっけ……。 自然と僕の顔に笑みが溢れる。


「ギッギギ……」


 攻撃を避けられたキキが笑った。


 次の瞬間、キキが視界から消えた。 物凄い速さで陰の後ろに回り込んでいたのだ。 だが、陰はバックステップした時の体勢のまま動かなかった。


 陰は、苦悶の表情のまま微動だにしない。


「ギギギッ、結界よ。 どう? 身動きの取れない状態で、後ろを取られた気分は?」


 キキが心底楽しそうに笑いながら口を開いた。 その表情に僕はゾクゾクしてしまった。 よく見れば、陰の周りに落ちている木片が淡い光を放っていた。


「……陰のくせ……に、対妖(たいあやかし)の術を使うの……かい?」


「……400年? 陰になって、たかだか400年の小娘が私に歯向かおうなんて……」


 次の瞬間、陰の胸からキキの手が生えたように見えた。


 キキの手が、陰の後ろから胸を貫いたのだ。


「……これで……解……ほ……」


 何かを呟いた陰の身体がボロボロと崩れていった。 その崩れた身体は、黒い粒子のようになっていき、……やがて霧散した。


「……1000年早いわ」


 キキは霧散していく黒い粒子を見ながら、少し悲しげな表情で、そう呟いた。


 ◇  ◇  ◇


 陰が消えた。


 次は僕の番だ。 お札が取れて自由になったキキは、僕を殺して、どこかへと消えていくのだろう。 全身の激痛に耐えながら、僕は死を覚悟した。


 キキは、ゆっくりと僕に近寄ってきた。 メイド服で歩み寄る、その姿はとても美しかった。


 キキは、倒れている僕の頭の近くで立ち止まり、ゆっくりとしゃがんだ。 終わりの時が訪れたのだ。 僕は、死を覚悟して目を閉じた。


「……付けて」


 その言葉に思わず目を開けると、キキは僕の持っているお札を指差していた。


「私じゃ、それに触らないから……」


「……いいの?」


 キキの意外な言葉に思わず聞き返してしまう。 キキは、少し困った顔をして、ゆっくりと頷いた。


「ぐっ!」


 僕は、全身の疼くような激痛と背中の焼けるような痛みに耐えながら、立ち膝の体勢を取って、そのまま、お札を持っていない方の腕で、しゃがんでいるキキを抱き寄せた。 キキは何も言わずに、僕に抱き寄せられてくれた。


「ぐっくぅ!」


 キキに触れた瞬間、疼くような痛みが激しさを増した。


 震える手を無理やり動かして、キキのおでこにお札を貼った。


 ……瞬間、抱き寄せていた腕とキキの間に見えない空気のクッションが出来たように、急に触れられなくなった。 そんな僕の腕を見て、キキは悲しそうに……微笑み、微かに口を動かした。


『いつか』


 そう、キキの口が動いた気がした。 僕は、それを見てそのまま、うつ伏せで倒れた。 とにかく疲れたのだ。 與座のツレの方は……、まぁ柊がなんとかするだろう。


 全身の激痛は、お札を貼る事で少し治まった。




 でも、……それ以上に……、なぜか心が痛かった…….。

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