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クリームソーダの男

 一人取り残された僕は、慌てて着替えを詰めた。 左腕が酷い見た目になっていたので、夏だが長袖のシャツを数枚入れた。 そして、しっかりと鍵を掛けて、部屋から逃げた所で、臨太郎に電話を掛けた。 寝床を確保するためだ。


 結局、その日も臨太郎の部屋に泊めてもらう事になった。 臨太郎も、だいぶ心配してくれているようだった。 翌日は、個人で活動してるっぽい人と待ち合わせで、その次の日は、ちゃんとしたサイトっぽい所と会う約束をしている。 その二つには、臨太郎も同席してくれる事になった。 だが、100万払う覚悟を持ってしても、除霊不可能だった事を考えると、残りの二つがいくら請求してくるかわからないが、期待薄のような気がした。

 唯一、期待できそうなのが、臨太郎の紹介してくれる人だろう。 その人は、県内の田舎の方に住んでいて、たくさんのお弟子さんがいるくらいの、すごい霊能者という事だった。 4日後に会ってくれる事になっている。 そこでダメなら、僕達には打つ手がなくなってしまう。


 なんで、あんな企画をやろうと思ってしまったのか……。 今更ながら、後悔が溢れる。 いつもの笑顔で、なんとかなると言ってくれる臨太郎の優しさが暖かかった。 僕が女だったらイチコロだ。 残念ながら僕は男なので、コロリとはいかなかったが……。


 次の日、赤い斑点は左半身全体に広がっていた。 腕を掻きながら、焦燥感だけが募る。 そんな気持ちのまま、臨太郎と一緒に駅前のロータリーに向かった。


 ブブブ。


 メールが届く。 内容を確認すると、待ち合わせをしている相手から、場所の変更のお知らせだった。 ロータリーではなく、駅近の喫茶店の奥から二つ目の席にいるから、そちらに来てくれ、という内容のメールだった。


 喫茶店に着いて、奥から二つ目の席を見て、力が抜ける。 ヤ○ザ風の次は、チンピラ風かよ!? 茶髪の無造作ヘアで、薄い黄色地に竹が描かれたアロハを着た男が、クリームソーダの前に座っていた。 年的には、僕達より少し上くらいだろうか?


「お?……連絡くれた一ノ瀬って奴?」


 臨太郎と二人で席の前に立つと、相手が話しかけてきた。 僕達は黙って頷く。


「二人で来るとは聞いてなかったけど……、まぁいいか。 俺は、(ひいらぎ)。 柊 鷹斗(たかと)。 一応、除霊? みたいな事を仕事にしようと思ってる。 ……まぁ、座りなよ」


 見た目の雰囲気通り、かなり馴れ馴れしい感じで話しかけてくる。 僕達は顔を見合わせ、柊と名乗る男の向かいに並んで座って、アイスコーヒーを頼んだ。


「いやぁ、よかったよ。 初めての依頼者が、君らみたいな年の近い奴らで。 俺、敬語苦手だからさ。 で、どっちが一ノ瀬? どんな状況なん?」


 なんだろう? この想像の斜め下を軽快に走っていく感じは……。 『初めての依頼者』、『仕事にしようと思ってる』、『どっちが一ノ瀬?』、これらのキーワードから、導き出せる答えは一つ。 まったく期待できないだろうという事だ。


「…….霊能者なのに、どちらが憑かれているかくらいわからないんですか?」


 臨太郎が、言いたい事を代わりに言ってくれる。 あんた男前やで。


「ああ、俺、霊感とかないから、そういうのわかんねぇや」


 柊が悪びれることなく言い放つ。


「……本当に除霊できるんですか?」


 思わず、聞いてしまう。


「まぁ、霊感なくても、そういうのは出来るよ。 じゃなかったら仕事にしようと思わねぇし。 で、どっちが一ノ瀬なん?」


 思わず臨太郎と顔を見合わせてしまう。 臨太郎も訝しげな顔をしている。 おそらく、彼もまったく期待できないという結論に達しているのだろう。 だが、このままでは話が進まない事も事実だ。 僕は仕方なく、名乗り出る。


「ふぅん、じゃ、航輝って呼ぶわ。 で、そっちは?」


「……友人の鹿山臨太郎です」


「おぉ、すげぇ渋い名前だなぁ。 じゃ、臨太郎って呼ぶわ。 で、何がどうなって、どんなんに憑かれてんの?」


 僕は、旧八又トンネルでの出来事、その時から時々現れるアレ、そして昨日の近藤の話をした。 柊は、興味なさそうに、すでにソーダだけとなったクリームソーダを啜りながら聞いていた。 話している最中、室温が下がった気がして、アレが来たのかと周りを見回したが、気のせいだったようだ。


「デラシネねぇ……。 聞いたことねぇなぁ。 そのおっさん、モグリじゃね?」


 最終的には無理だったとは言え、僕のために除霊しようとしてくれた近藤の事を悪く言われて、正直、ムッとしてしまう。 デラシネは、業界用語と言っていた。 それを知らないあんたの方がモグリじゃね? と言いたくなる。 ……言わないけど。

 そして、いつのまに取り出したのか、赤い本を手で弄んでいる柊が続ける。


「旧八又トンネルねぇ……。 そこって、他にどんな話があんの? いつぐらいから心霊スポットって言われてるかわかる?」


 僕は、可能な限り彼の質問に答えた。 一通り、聴き終えた彼は、欠伸をしながら呟いた。


「ま、いっかぁ。 じゃ、とりあえず成功報酬で30万ってとこでどう?」


 30万? 100万でも無理だったのに本当に大丈夫か? でも、成功報酬という言葉に魅力を感じる。 ダメ元でお願いするのも手のように思える。 臨太郎を見ると、彼も同じ事を考えているようで、こちらを見て頷いた。


「オッケー、じゃ、契約成立って事で。 ちなみに、今、ソイツここにいるの?」


「……いえ」


 僕は、落胆しながら首を振った。 今、霊がいるかどうかもわからない奴が除霊なんてできるとは思えなかった。 今回もダメか……。 なかば諦めたところで、柊が口を開く。


「じゃ、あとはソイツが来たら、サクッと退治して終わりだな。 ……ところで、君ら『モンスター・ストラテジー』ってゲーム知ってる?」


 突然、話が変わる。 なんなんだ? こいつは? 僕は、臨太郎と顔を見合わせた後、素直に答える。


「モンスト? 知ってますけど……」


 それを聞いた柊は、ニヤッと笑った。


「俺、今、やってるイベントのキャラ集めてんのよね。 ってことで、一緒にやんね?」


 思わず脱力してしまう。


 それから、僕らは臨太郎を含めて、連絡先を交換して、一緒にモンストをやり始めた。 途中で、色々と雑談をしながら進めた結果、僕らは柊と呼び捨てで呼ぶようになり(下の名前で呼ばれるのは、あまり好きではないらしい)、だいぶ打ち解ける結果となった。 そう考えるとモンストは偉大だ。 モンストは正義だ。 先程までは、胡散臭いチンピラだった男が、いつの間にか胡散臭い悪友のような感じになっている。


 昼を過ぎた辺りで、三人のゲーム内のスタミナが尽き、柊が腹が減ったから帰ると言い出した。 そして、どこから取り出したかわからないが、A4サイズの紙に筆で、さらさらと何とかを書いて僕に押し付けた。


 そこには、『さわるな!』と書いてあった。 なんじゃこりゃ? と柊の方を見ると、これまたいつの間に取り出したかわからない煙管(きせる)を燻らせていた。 なかなか年季の入った物に見える。 お前はどこの傾奇者だ!? と突っ込みを入れたくなる。


「まぁ、お守りみたいなもんだな。 ()れるなって意味と霊障の(さわ)るなっていう二重の意味が入ってるから、折りたたんで持ってな。 寄るなって書いちゃうと、寄ってこなくなっちゃって退治できないから、まぁ、これで我慢しな。 じゃ、また連絡するわぁ」


 と言って、煙管の煙を吹きかけてきた。 なんの嫌がらせ? 煙草の臭いが纏わりつき、ケホケホと咽せていると、柊は立ち上がって、何かあったら連絡するように、と去って行った。


 結局、なんだったのか……。 除霊も何もしないまま、嵐のように柊は去って行った。 後に残されたのは、呆気に取られた僕らと、テーブルに置かれた伝票だけだった。

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